第47話:作家の最期
九尾が倒れ、光の粒子となって消えた。
静寂が戻った廃工場(半壊)に、残ったのは作家だけだった。
彼は瓦礫の中で、震えながらペンを握りしめていた。
「……信じられない」
作家がへたり込む。
自分の作り上げた最強の物語が、理不尽な暴力(口裂け女)によって破壊された。
彼のシナリオブックは白紙に戻った。
インク壺が割れ、黒い液体が血のように広がっている。
「物語は、予定調和じゃつまらないでしょ? 予想外の展開こそが傑作を作るのよ」
裂が作家の前に立つ。
マスクは付け直している。戦闘モードから日常モードへの切り替えだ。
殺気は消え、いつもの怠惰な雰囲気が戻っている。
「……何故だ。君は怪異だ。虚構の存在だ。何故、現実のために戦う? 人間など、君を恐れるだけの存在だろう? 君を化け物と呼ぶ連中を守って何になる!」
「アンタ、勘違いしてるわ」
裂が鋏を突きつける。
冷たい刃先が、作家の鼻先に触れる。
「私は怪異だけど、今の私は『特対課の口元裂』よ。湊くんの相棒で、カツ丼が好きで、たまにファッション誌を読む。それが私の現実」
「……現実……」
「アンタは過去の悲劇に囚われて、目の前の現実を見てなかっただけよ。物語の中に引きこもってた子供と一緒ね。現実はね、小説みたいに綺麗じゃないし、伏線回収もないし、ご都合主義もない。でもね、最高に面白いのよ」
裂が鋏を振り下ろした。
ヒュンッ!
しかし、それは作家を斬るものではなく、彼が懐に持っていた「書きかけの原稿用紙」を切り裂いた。
紙吹雪が舞う。
「え?」
「アンタの物語はこれで終わり。これからは現実を生きなさい。ペンを置いて、空でも見上げなさいよ。インク臭い部屋より、外の空気の方が美味しいわよ」
作家が呆然とする。
彼を包んでいた邪悪な気配が、霧のように晴れていく。
憑き物が落ちたような顔だ。
「……ああ……そうか……私は……ただ、悲しかっただけなのか……」
作家の目から涙が溢れた。
彼は物語の中に逃げ込んでいただけだったのだ。
妻と娘のいない、辛い現実から目を背けるために。
世界を壊せば、悲しみも消えると思ったのだ。
だが、破壊の先に救済はなかった。あったのは虚無だけだ。
本当に欲しかったのは、誰かが綴る「明日への希望」だったのかもしれない。
絶望を書き殴るだけでは、心は晴れない。
ハッピーエンドこそが、作家自身を救う唯一の処方箋だったのだ。
「……私の娘も、こんな風に笑う子だった……」
作家がポツリと漏らす。
「……ありがとう。君の物語は、私の駄作よりずっと美しかったよ」
作家の体が透け始めた。
彼自身もまた、物語に取り込まれすぎていたのだ。
物語が終われば、登場人物も舞台から去る。
彼はもう、現実の住人ではなかったのかもしれない。
「次は、ハッピーエンドを書きなさいよ。誰も死なないやつをね。私が主役なら、ギャラは弾んでよね」
「……ああ。約束する。最高の傑作にするよ。タイトルは……『口裂け女とへっぽこ刑事』なんてどうかな?」
「却下。ダサいわ」
裂の言葉を最後に、作家は光となって消滅した。
後に残されたのは、真っ白な原稿用紙だけだった。
風が吹き、白い紙が空へと舞い上がっていった。
それは、新しい物語の始まりを告げるようだった。




