第44話:九尾の狐の封印解除
クローンを一刀両断された作家は、表情を歪めた。
自分の最高傑作が、オリジナルにあっさり敗れたことが許せないようだ。
プライドを傷つけられた子供のように顔を真っ赤にしている。
「……計算外だ。なぜオリジナル如きが……ならば、これを使うしかないか。制御不能のリスクはあるが……」
彼が懐から取り出したのは、古びた巻物だった。
封印の呪符が何重にも貼られ、禍々しいオーラを放っている。
触れるだけで火傷しそうな熱量。
「日本最強の妖怪。これを制御できるかは賭けだが……物語のためだ。エンディングにはラスボスが必要だろう!」
作家が封印を解く。
ビリビリと紙が破れる音が響く。
その音は、世界の終わりの始まりのファンファーレのようだった。
瞬間、黄金色の光が溢れ出した。
工場の屋根が吹き飛ぶ。鉄骨が飴細工のように溶解する。
轟音と共に現れたのは、九本の尾を持つ巨大な狐だった。
ビルほどの大きさがある。その毛並みは黄金に輝き、瞳は深紅に燃えている。
吐息だけで周りの空気が陽炎のように揺らめく。
その存在自体が、物理法則を無視した「歩く災害」だ。
コンクリートが泥のように溶け、鉄骨が飴のように曲がる。
物理的な熱量だけでなく、呪術的な熱量が空間を歪めているのだ。
近づくだけで魂が焦げるようだ。本能が「死」を警告する。
「九尾の狐……!」
九条が絶句する。
その妖気は、これまでの怪異とは次元が違った。
立っているだけで、魂が削り取られるような圧力。
神話級の大妖怪だ。国家予算レベルの災害だ。
『……我ヲ呼ブノハ誰ゾ……千年の眠りを妨げる者は……』
九尾が咆哮する。
衝撃波で本の山が吹き飛び、ガラス窓が一斉に割れる。
「私だ! 私が主だ! 行け、九尾! 全てを焼き尽くせ! 私のシナリオに従え!」
作家が命じる。
しかし、九尾は冷ややかな目で彼を見下ろした。
虫けらを見るような目だ。
『小物が。我ニ命令スルカ。不敬である』
ドォン!!
九尾の尻尾が軽く振られただけで、作家はハエのように吹き飛ばされ、壁に激突した。
全身の骨が折れる音がして、彼はぐったりと崩れ落ちた。気絶したようだ。
制御不能。
最強の妖怪は、誰の言うことも聞かない。
物語の作者でさえも、この圧倒的な暴力の前では無力だった。
プロットなど通用しない。
『面白イ。其処ナ小娘、殺リ合ウカ? 退屈凌ぎにはなりそうだ』
九尾の矛先が、場に残った唯一の強者――裂に向けられた。
「……上等じゃない。デカい図体しちゃって」
裂が震える手で鋏を構える。
本能が告げている。勝てない、と。
相手は人間が核兵器に勝てないのと同じ次元の存在だ。都市伝説ごときが勝てる相手ではない。
平安、鎌倉、室町……千年の時を吸い上げた妖怪の王。
自分のような、たかだか数十年(昭和・平成)の歴史しかない「新参者」とは、格が違いすぎる。
魂の質量が違う。歴史の重みが違う。
「逃げてください、口元さん! 勝てません!」
九条が叫ぶ。
これは捜査の範疇を超えている。逃げることは恥ではない。
「バカね。ここで逃げたら、東京が消滅するわよ。私のシマがなくなるのは困るの。行きつけの美容院も、カツ丼屋もなくなっちゃうでしょ」
裂は笑った。
その足はガクガク震えていたが、一歩も退かなかった。
「それに、デカい獣には躾が必要でしょ? お手とお座りを教えてやるわ」




