第43話:複製された口裂け女
付喪神たちを突破した二人の前に、新たな敵が現れた。
瓦礫の中から立ち上がったのは、見覚えのある姿。
しかし、何かが決定的に違う。
赤いトレンチコート。
長い黒髪。
そして、巨大な鋏。
「……何よ、その趣味の悪いコスプレ。ドッペルゲンガー?」
裂が不快感を露わにする。
目の前にいるのは、自分と瓜二つの女だった。ただし、マスクをしていない。
「紹介しよう。彼女は『口裂け女・完全版』だ」
作家が得意げに言う。彼は安全な高みから見下ろしている。
「君のような気まぐれで扱いにくいオリジナルと違い、私の命令に忠実で、スペックも強化されている。物語が生んだ理想の怪異だ。バグを取り除いたリマスター版だよ」
クローン口裂け女がニヤリと笑う。
その口は、耳まで裂けているが、どこか作り物めいていた。
傷跡が綺麗すぎるのだ。手術痕も、縫合跡もない。
それはまるで、最初から「裂けた造形」としてモデリングされたポリゴンのようだ。
血の匂いもしない。痛みも感じていない。
CGで作られたような、不気味な完璧さ。
瞬きもしない。呼吸もしていないかもしれない。
ただのプログラムされた殺戮人形。
そこに「物語」は存在しない。
空っぽの器だ。
「……美しくないわね」
裂が吐き捨てる。
「人形みたいで、生気がないわ。その肌、毛穴一つないじゃない。人間味がないのよ。それに、その口……整形失敗してんじゃない? バランスが悪いのよ」
「殺せ」
作家の命令で、クローンが襲いかかってくる。
速い。
裂の神速を上回るスピードだ。ためらいがない分、攻撃が軽い。
ガキィィン!!
鋏と鋏が激突する。
火花が散り、衝撃波が周囲の本棚をなぎ倒す。
力も互角以上。クローンの鋏は最新素材で強化されているようだ。
「くっ……! 重い……!」
裂が押される。
純粋な身体能力では、調整されたクローンの方が上か。
老朽化したオリジナルと、最新鋭のコピー。
しかし。
「アンタにはね、決定的に足りないものがあるのよ!」
裂が踏ん張る。地面がひび割れる。ヒールが砕ける。
「それはね、『私が一番美しい』っていう自己愛よ! 誰かのコピーやってる時点で、アンタは二流なのよ! 自分を愛してない奴が、他人を恐怖させられるわけないでしょ!」
「アンタの鋏には『私』がない。ただの凶器よ。私の鋏はね、私の身体の一部なの。魂の延長線上にあるのよ!」
裂が強引に押し返し、クローンの顔面に左手を伸ばした。
アイアンクロー。爪が美肌に食い込む。
「アンタの口、左右非対称よ! ミリ単位でズレてるわ! やり直してきなさい!」
精神攻撃。
美意識へのクリティカルヒット。
コンプレックスを刺激する言葉。
これが口裂け女の本質的な攻撃だ。物理ではなく、概念への干渉。
クローンが一瞬、動揺して動きを止める。
人工知能にバグが生じた瞬間。設定にない罵倒を浴びてフリーズしたのだ。
その隙を、裂は見逃さなかった。
鋏が閃く。
「オリジナルの輝きを見せてあげる! 歴史の重みを知りなさい!」
昭和、平成、令和。
時代を駆け抜けてきた都市伝説のカリスマ。
そのキャリアの差が、刃の重さとなって現れる。
「私の顔は、私が選んだ顔よ。アンタみたいな量産品とは、覚悟が違うのよ!」
一閃。
クローンの鋏ごと、その体を両断した。




