第40話:【資料】作家の手記
警視庁が押収した『作家』のアジト(都内の隠れ家的な古書店)から、一冊の手記が見つかった。
古びた革表紙のノート。手垢とインクの染みがついている。
それは遺書であり、世界への呪詛であり、犯行声明文でもあった。
ページをめくるたびに、狂気の匂いが立ち昇るようだ。
【手記の一部:『虚構の証明』より抜粋】
私は、物語を憎んでいる。
そして同時に、誰よりも物語を愛している。
矛盾こそが、創作の原動力だ。
かつて私の妻と娘は、ある事故で死んだ。
いや、事故ではない。「都市伝説」に殺されたのだ。
『赤信号を渡ると幽霊が出る』
そんな馬鹿げた、子供の悪戯のような噂。
それを信じたタクシー運転手が、交差点でパニックを起こし、幽霊(ただのビニール袋だった)を避けようとしてハンドルを切り損ね、歩道に突っ込んだ。
ブレーキ痕すらなかった。
運転手は「赤い女が見えた」と叫んでいたそうだ。
妻と娘は即死だった。
誕生日のケーキが、アスファルトの上で潰れていた。赤いイチゴが、飛び散った肉片のように見えた。
虚構が、現実を殺したのだ。
言葉の綾が、物理的な死をもたらしたのだ。
荒唐無稽な物語が、残酷な現実を上書きした瞬間を、私は見た。
血の海の中で、娘の握りしめていたぬいぐるみだけが綺麗だったこと。
その光景が、私の脳裏に焼き付いて離れない。
世界は狂っている。ならば、私も狂わなければならない。
ならば、私は虚構を支配し、現実を壊してやる。
全ての怪異を統率し、この腐った世界を物語という名のカオスで塗り替えてやる。
現実が虚構に負ける瞬間を、私は証明し続けなければならない。復讐だ。
この世界が「物語」によって動いていることを証明できれば、娘たちの死もまた、必然的なストーリーの一部として受け入れられるかもしれない。
無意味な事故死などではない。壮大な悲劇のプロローグだったのだと、納得できるかもしれない。
私は、自分が狂っていると知っている。だが、正気でいられるほど、この現実は優しくない。
口裂け女。Subject-K。
君は美しい。
誰よりも強烈な物語を持ちながら、強固な実体として現実に留まっている。
君こそが、私の求めた「虚構と現実の融合体」だ。
私の最後の大作『伝説の証明』。
その主役は君だ。
私のアジトへ来たれ。
そこで、全ての決着をつけよう。私の命というインクを使って、最高のエンディングを描こうじゃないか。
追伸:
九条湊刑事。
君は凡庸な脇役にすぎないが、彼女を輝かせるためのスパイスとしては悪くない。
君の「常識」が、彼女の「異常」を際立たせている。
精々、足掻いてくれたまえ。最高の悲劇を期待している。君の死が、彼女を完成させるのだ。
【九条湊のメモ(乱暴な筆跡・赤ペン)】
脇役上等だ。
主役が悪に染まらないよう守るのが、相棒の役目だ。
私たちは必ず、あんたを逮捕する。
悲劇なんて書かせない。俺たちが書くのは、ハッピーエンド(カツ丼付き)だ。
あんたの脚本は、ここで打ち切りだ。
(メモの下に、裂が描いたと思われる下手な似顔絵(作家の顔に×印)がある)




