第39話:件の予言
百物語の夜から数日。
街は平穏を取り戻していた。
件は予言を残して消滅し、また新たな都市伝説として語られるようになった。
しかし、その消滅は「予言の成就」を意味するものでもあった。
九条の様子がおかしい。
明らかに精彩を欠いている。
「……はぁ」
デスクで書類整理をしながら、深いため息をついている。
目の下にクマがあり、食事も喉を通らないようだ。大好きなカツ丼も半分残している。
カツの衣が汁を吸ってふやけている。
「……まだ気にしてんの? 女々しいわよ」
裂がカツ丼を(自分の分と九条の残り分を)食べながら言う。
彼女はいつも通り、食欲旺盛だ。
「……だって、予言ですよ。『孤独に死ぬ』って……」
九条の声は沈んでいる。
件の予言は絶対だ。
歴史上、外れたことはないと言われている。
自分は遠くない未来、誰にも看取られずに死ぬのだ。野垂れ死にか、孤独死か。
そう思うと、生きる気力が削がれていく。書類の文字も頭に入ってこない。
心臓に冷たい杭を打ち込まれたような、重苦しい閉塞感。
呼吸をするたびに、寿命がカウントダウンされていく音が聞こえるような気がする。
「孤独」という単語が、ゲシュタルト崩壊を起こすほど脳裏に点滅していた。
「アンタね、予言ってのは確定した未来じゃないわ。ただの『可能性の高いルート』よ。天気予報みたいなものよ。傘を持っていけば濡れないでしょ?」
「でも……確率は100%なんでしょう? 件の予言を変えた人間はいないって……」
「それに、『孤独に死ぬ』って言われたんでしょ? 死に方は選べないかもしれないけど、過程は選べるわ」
裂が割り箸をパチンと置いた。
真剣な目で九条を見る。いつになく真面目な瞳だ。
「私がいるじゃない」
「……え?」
「私がいる限り、アンタを孤独にはさせないわよ。こき使ってあげるし、カツ丼も奢らせてあげるし、私の武勇伝を死ぬほど聞かせてあげる。嫌でも賑やかになるわよ」
裂はマスクをずらし、ニヤリと笑った。
不器用な慰め。彼女なりの優しさだ。
「私が最期まで見届けてあげるわよ。だから、少なくとも死ぬ瞬間までは孤独じゃないわ。私の顔を見ながら死ねるんだから、最高の贅沢でしょ? 冥土の土産にしなさい」
「……それ、慰めになってます? 呪いじゃなくて? 死ぬ時に見るのが口元さんって、逆に寿命縮みそうですけど」
「最高のプロポーズ(相棒としての)だと思わない? 一生添い遂げてあげるって言ってるのよ」
九条は呆気にとられ、そして吹き出した。
彼女らしい、乱暴で、自己中心的で、でも温かい言葉。
「死神に見守られながら死ぬ」なんて、普通なら悪夢でしかない。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
少なくとも、無機質な孤独よりは、騒がしい死神の方がマシだ。
予言の重圧が、少しだけ軽くなった気がした。
「……そうですね。口元さんがいる限り、静かに孤独に死ぬなんて無理そうです。騒音公害レベルでうるさそうですから」
「でしょ? 騒がしく逝きなさいよ。私が葬式でバラの花束(赤)を投げてあげるから。参列者全員ビビらせてやるわ」
九条の目に力が戻った。
予言の呪い(精神汚染)が解けた瞬間だった。
恐怖は、より強い感情(信頼と呆れ)によって上書きされたのだ。
「よし、仕事しましょう! 作家を捕まえないと! 予言ごとひっくり返してやりますよ!」
「その意気よ。じゃあ食後のデザート買ってきなさい。高級プリンね。一番高いやつよ」
「……はい」
結局、パシリであることに変わりはない。
しかし、その使いっ走りの日常が愛おしかった。
予言など、この騒がしい相棒の前では無力なのかもしれない。
運命は、まだ変えられる。




