第37話:百物語の開演(中編)
「邪魔をしないでくれたまえ。まだ第一章だよ」
作家が指を鳴らす。
パチン、という乾いた音が響く。
すると、地面から無数の怪異が湧き出した。
アスファルトが泥のように波打ち、そこから這い出してくる。
餓鬼、怨霊、魑魅魍魎。
百物語によって喚び出された、有象無象の雑魚たちだ。
「……数が多いわね。エキストラにしては多すぎよ」
裂が鋏を振るう。
一振りで十体以上の霊が霧散する。
しかし、次から次へと湧いてくる。ゴキブリのような繁殖力だ。
倒しても倒しても、泥の中から新しい腕が伸びてくる。
一分の間に、九条の足元を狙う手が何十本も飛び出した。
「……しつこいわね。一度葬られたのなら、二度と出てこないのがマナーでしょ!」
裂の鋏が、コンクリートごと相手を切り刻む。
火花が散り、霊的な血(のような黒い液体)が路上を汚す。
「キリがない!」
九条も発砲するが、霊体には効果が薄い。
岩塩弾を使っているが、多勢に無勢だ。
リロードの手が追いつかない。
「湊くん! アンタは作家を狙いなさい! 雑魚は私が引き受ける! 道を作るわ!」
「一人で大丈夫ですか!? 囲まれますよ!」
「誰にモノ言ってんのよ! 私は口裂け女よ! 怪異の王(自称)よ! この程度、準備運動にもならないわ!」
裂が旋風のように回転した。
鋏が銀色の竜巻となり、周囲の霊を薙ぎ払う。
『死の舞踏』。彼女の独壇場だ。
赤いトレンチコートが血のように翻る。
誰にも触れさせない。彼女の周囲には、物理的な「死の境界線」が引かれている。
「邪魔なページは全て破り捨てるわ。湊くん、前だけ見て!」
「行けぇぇぇ!」
「はい!」
九条が走り出す。
霊の群れを強行突破し、作家の元へ。
作家は余裕の表情で、蝋燭の火を見つめている。
彼を守るように、強力な怪異たちが立ちはだかる。
作家の近衛兵たちだ。
「……青青……」
青坊主。
巨大な一つ目の僧侶が、数珠を鳴らして立ち塞がる。
「……通さない……」
塗壁。
見えない壁が九条の行く手を阻む。
「くそっ、やっぱり簡単には行かないか! 四天王的なやつかよ!」
九条が立ち止まる。
進路はない。
その時。
「九条刑事! 助太刀します!」
空から声がした。
プロペラ音と共に現れたのは、ドローンに乗った天狗だ。
風を纏い、ドローン編隊を引き連れている。
いや、それだけではない。
後ろから、水を操る河童、人面犬、さらには高速で走る老婆まで。
かつての敵たちが、最強の援軍として現れた。
「……お前たち!」
「俺たちのシマを荒らされるのは困るんでな! 東京の空は俺のものだ!」
天狗が叫ぶ。ドローンからミサイル(花火)を発射する。
「東京の地下水道は俺のものだ! 勝手に汚すな!」
河童が叫び、放水銃のように水を撃ち出す。
「わんわん!(俺はただの通りすがりだ! でもステーキくれるなら噛み付いてやる!)」
人面犬が吠える。
さらに背後からは――。
「私の高速移動についてこれて? 老後の楽しみが増えたわ!」
ターボババアが、敵の包囲網をタイヤの焦げるような異臭を放ちながら駆け抜けた。
かつて裂にボコボコにされ、九条に更生させられた怪異たちが集結していた。
『特対課・協力者連合』だ。
天狗が空から風を起こし、青坊主を怯ませる。真空の刃が不可視の壁を切り裂く。
河童が水を操って塗壁の足を崩す(泥濘化させる)。足場を失った壁は脆い。
ターボババアが作家の周囲を高速回転して撹乱する。残像が見えるようだ。ソニックブームが敵の鼓膜を破る。
かつての敵たちが、最強の連携を見せている。
「……ふん、昨日の敵は今日の友ってやつ? 少年漫画的展開ね」
裂が遠くで笑う声が聞こえた。
彼女もまた、雑魚の大群を楽しそうに蹂躙している。
背中を預けられる仲間がいることが、彼女の鋏をさらに鋭くしていた。
「いいわ……。これが私の『物語』の新しい一ページね。最高のアシスタントたちが揃ったじゃない!」
狂喜と殺意。裂の真骨頂が、今ここで発揮される。
「今だ、湊くん! 作家を止めろ!」
裂の声に背中を押され、九条は作家へと肉薄した。
怪異オールスターズが切り開いた道を、一人の人間が駆ける。




