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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第36話:百物語の開演(前編)

「……いよいよ、始まるわね。空気が澱んでる」


 特対課の電話が鳴り止まなかった。

 コール音が重なり合い、不協和音を奏でている。

 オペレーターの悲鳴が聞こえる。「回線がパンクします!」


 都内全域で、ポルターガイスト現象が多発している。

 コップが勝手に割れ、電気が明滅し、誰もいない部屋から不気味な声が聞こえる。

 それも、一箇所ではない。数百、数千の場所で同時に。

 自動販売機の釣り銭口から大量の小銭が吐き出されたり、信号機が全て赤になったりしている。

 コンビニの防犯カメラには何もない空間に向かってお辞儀をする店員が映り、公園のブランコは無人で揺れ続けている。

 物理法則がゲリラ的にストライキを起こしているようだ。

 自動ドアは誰もいないのに執拗に開閉を繰り返し、エスカレーターは逆走を始める。

 「……ああ、ダメだ。ネット上が『呪いの連鎖』で埋め尽くされている。削除要請が追いつきません!」

 サイバー課の叫びが廊下まで響いてくる。

 これは単なる社会不安ではない。都市が、怪異を「呼吸」し始めているのだ。


「百物語の儀式……」


 九条がモニターを睨む。

 地図上の赤い点(異常発生地点)が、ウイルスのように増殖していく。

 東京全体が、巨大な霊的磁場に包まれている。


「怪談を百話語ると、本物の怪異が現れる。古来からの儀式よね。江戸時代からの伝統行事」


 裂が手元の鋏を研ぐ。

 シャリ、シャリ、と冷たく鋭い音が静寂を切り裂く。

 その目は、獲物を狩る捕食者のそれだ。


「『作家』は、この街全体を使って百物語をやってるのよ。ネット、テレビ、ラジオ……あらゆるメディアを使って、同時に怪談を流布させている。現代的な大規模魔術ね」


 SNSでは「#百物語」がトレンド入りし、ラジオからは実話怪談が流れ続ける。

 人々の恐怖心が臨界点に達し、都市全体が巨大な「降霊術の舞台」と化していた。


「行きますよ、口元さん。震源地はわかっています」


「どこ?」


「東京タワーです。あそこの電波塔から、怪異を呼び寄せる信号(呪詛)が発信されています。霊波ジャックです」


 二人は覆面パトカーに乗り込んだ。

 サイレンを鳴らし、夜の街を疾走する。


 街はパニック状態だった。

 信号機がデタラメに点滅し、街頭ビジョンには無数の目玉が映し出されている。

 ショーウィンドウのマネキンが首を回し、マンホールから黒い煙が立ち昇る。

 カラスが空を埋め尽くすように旋回している。


「……趣味の悪い演出ね。B級ホラー映画みたい」


 裂が窓の外を見る。

 空がどす黒い紫色に染まっていた。

 逢魔がおうまがときが、夜になっても続いている。

 異界と現世の境界が曖昧になりつつある証拠だ。

 東京タワーの周囲だけ、空間が歪んで蜃気楼のように揺らめいている。

 タワーそのものが巨大な呪いのアンテナとなり、天に向かって黒い渦を放出している。

 近づくにつれ、九条の肌にピリピリとした静電気が走る。

 空気が「重い」。水中にいるような抵抗感。

 物理的な音ではない、数万人のささやき声が耳の奥で反響しているような錯覚。


 東京タワーの足元に到着した。

 そこには、無数の蝋燭ろうそくが並べられていた。

 九十九本。

 まだ完全に火は灯っていないが、ゆらゆらと揺れる炎が不吉な影を落としている。

 周囲には結界が張られ、一般人は近づけないようになっている。


 そして、中央に立つ『作家』が、最後の一本の蝋燭に火を灯そうとしていた。


「ようこそ、特対課の諸君。お待ちしていたよ」


 作家が両手を広げ、笑顔で迎える。

 その背後には、東京タワーが赤く輝き、まるで地獄の門のようだ。

 彼の影が、塔と同じくらい長く伸びている。

 その影はアスファルトを侵食し、タワーの赤い鉄骨を伝って上へとのぼり始めていた。

 作家の瞳は、狂乱と歓喜に濁っている。

 「最高の夜だと思わないか? 百の物語が、一つの真実を呼び覚ますんだ。虚構が現実に勝つ瞬間だよ」

 「物語の続きは、読者が決めるものよ。そしてアンタの熱狂的なアンチが、今ここに到着したわ」


「……その真実とやらを、へし折りに来たわ」


 裂が車から飛び降りる。

 コートの裾を翻し、鋏を構え、真っ直ぐに作家へと歩き出す。

 ヒールがアスファルトを砕く。


「開幕早々、クライマックスといこうじゃない。私の鋏で、その物語を編集カットしてあげる。エンディングは私が決めるわ」


 裂の突撃と共に、百物語の夜が幕を開けた。


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