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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第35話:雨の日の相合い傘

 土砂降りの雨。

 バケツをひっくり返したような豪雨が、東京のアスファルトを叩いている。

 街の風景が雨で煙り、ネオンが滲んで見える。


 特対課の帰り道。


「……最悪。天気予報外れたわね」


 庁舎の出口で、裂が軒下で雨宿りをしていた。

 空を見上げる彼女の顔は不機嫌そのものだ。

 トレンチコートを肩をすぼめるようにして着込み、雨の冷気が入り込むのを防いでいる。

 傘を持っていないらしい。髪が湿気で少しうねっているのを気にしている。

 「……水は嫌い。マスクは蒸れるし、メイクも落ちるし。何より、世界が濁って見えるじゃない」


「口元さん、傘ないんですか?」


 九条が透明なビニール傘を差して近づく。

 コンビニで買った安物だが、十分役に立つ。


「あるけど……置き傘忘れたわ。鋏が濡れるのが嫌なのよ。錆びると切れ味が悪くなるし、研ぐのが面倒なの」


 彼女は背中の巨大鋏を、風呂敷で丁寧に包んでいる。

 鋼鉄製の鋏だ。手入れはしているだろうが、雨水は天敵だ。

 自分の濡れることより、武器のメンテナンスを気にするのが彼女らしい。戦士の嗜みか。


「……入ります?」


 九条が傘を少し傾けて差し出す。


「……狭くない? その傘、小さいわよ。定員一名でしょ」


「俺が濡れればいいんで。口元さんと鋏は守りますよ。相棒ですから」


「……ふん。殊勝な心がけね」


 裂は躊躇った後、九条の傘に入ってきた。

 雨の匂いと共に、彼女の微かな香水の香りが漂う。冷えた空気に甘い香りが混じる。


 相合い傘。


 周囲から見れば、トレンチコートの長身美女と、冴えない青年の不釣り合いなカップルに見えるかもしれない(マスクと背中の巨大鋏を除けば)。

 ビニール傘を叩く雨音が、二人の世界を外界から遮断するカーテンのようだ。

 傘の中の空気は少し湿っぽく、そして温かい。

 アスファルトが跳ね上げる飛沫が、九条のズボンの裾を濡らしていく。

 「湊くん。右には寄りすぎないで。肩がぶつかるわ」

 「……あ、すみません。でもこうしないと、口元さんが濡れますから」

 雨音だけが周囲を包み、二人だけの世界を作っている。

 近くを走る車のエンジン音さえ、遠い世界の出来事のようにぼやけて聞こえた。


「……最近、敵の動きが活発ね」


 雨音に混じって、裂がポツリと漏らす。

 珍しく弱気な声だった。


「ええ。『作家』でしたっけ。姿が見えない分、厄介ですね」


「私の噂を書き換えたり、過去の怪異を操ったり……あいつ、本気で『物語』を終わらせに来てるわ。私という怪異の存在意義アイデンティティを消そうとしてる。私が私でなくなっていく感覚が怖いの」


 裂の手が、無意識に九条のジャケットの袖を握っていた。

 震えているわけではない。しかし、確かな不安を感じている。

 最強の怪異が見せた、一瞬の弱さ。迷子のような手つきだ。


「……終わらせませんよ」


 九条が前を向いて言う。

 彼の右肩は雨に濡れているが、傘は裂の方へ傾けている。

 冷たい雨が染み込んでくるが、そんなことはどうでもよかった。


「俺たちの物語は、まだ始まったばかりですから。それに、口元さんは俺が守りますから。たとえ世界中が敵になっても、俺だけは口元さんの『恐怖』と『美しさ』を信じます」


「……クサいわよ、セリフが。三流ドラマね。脚本家変えた方がいいわよ」


「事実です。俺は嘘はつきません」


「……100年早いわよ」


 裂がマスクの下で、ふふっと笑った。

 その瞳から、不安の色が消えていた。いつもの光が戻っている。


「でも、悪くない響きね。覚えておくわ」


 二人の距離が少し縮まる。

 肩が触れ合う。体温が伝わってくる。


 雨音が優しく響く。

 この穏やかな時間が、嵐の前の静けさであることを、二人は予感していた。

 だからこそ、今のこの瞬間を噛み締めるように、二人は雨の中を歩いていった。

 水たまりを避けながら、同じ歩幅で。

 彼女の歩調に合わせてゆっくりと歩く。

 傘の柄を握る九条の手が、軽く震えていた。緊張か、それとも寒さか。

 裂はそれに気づかないふりをして、そっと腕を彼に近づけた。

 伝わってくるのは、自分とは違う、少し高めの人間の鼓動。


「……あ、湊くん。右肩びしょ濡れよ。風邪引くわよ」


「大丈夫です。口元さんのハサミが濡れなければ。錆びたら大変ですから」


「鋏より私を気遣いなさいよ。鈍感ね」


「あ、はい……すみません」


 雨はまだ止みそうになかったが、二人の足取りは軽かった。


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