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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第33話:ノッペラボウの整形外科

「特対課の中に、スパイがいる」


 そんな情報が入った。

 しかも、顔を奪って他人に成り代わる怪人「のっぺらぼう」だという。

 皮膚をコピーし、声帯を模倣する完全擬態能力の持ち主だ。


「……誰が本物かわからないってことですか。人間不信になりますよ」


 九条が疑心暗鬼になる。

 オフィスの空気が重い。

 課長も、同僚も、全員が怪しく見えてくる。

 デスクの影に潜む人影や、給湯室から聞こえる足音一つに、九条はびくりと肩を揺らす。

 「……あのコピー機を使っている田中さん。本物ですかね? さっきから同じページを100枚くらい刷ってますけど」

 「あれはただの仕事の要領が悪いのよ。いつものことじゃない」

 何気ない会話の端々に、違和感を探してしまう。


 もしかしたら、隣にいる裂さえも……?


「……何ジロジロ見てんのよ。私の顔に何かついてる?」


 裂が不機嫌そうに言う。

 彼女はまだ少し体調が悪そうだ。マスクの下で咳き込んでいる。

 でも、鋏の手入れをする手つきは慣れたものだ。


「いえ、その……本物かなって。偽物があまりにも精巧らしいので」


「失礼ね。私は唯一無二よ。私の美しさをコピーできる奴なんていないわ。コピー商品なんてすぐバレるわよ」


 その時、課長が入ってきた。

 手には書類の束を持っている。


「やあ、二人とも。調子はどうだね? 予算の件だが……少し削減できそうだよ」


「……課長」


 九条が警戒する。

 いつもの課長だ。話し方も、歩き方も、疲れた顔も同じ。

 しかし、本物という証拠はない。

 何かが違う。課長なら予算削減ではなく、増額の話で頭を抱えているはずだ。


「……コーヒーでも淹れようか。僕が淹れるよ」


 課長が給湯室へ向かう。

 その背中を見て、裂が呟いた。


「違うわね。アイツ、偽物よ」


「え? どうしてわかるんですか!? あんなにそっくりなのに! ホクロの位置まで同じですよ!」


「匂いよ」


 裂がマスクの上から鼻をさする。

 彼女の嗅覚は獣並みだ。


「本物の課長はね、もっと安っぽい整髪料と、胃薬の混ざった哀愁漂う加齢臭がするの。あと、少し湿布の匂いもね。生活の疲れが染み付いてるのよ」


「……酷い言われようですね。まあ事実ですけど。」


「でも、あいつからは無臭。化粧品のような人工的な匂いしかしない。シリコンの匂いね。まるで作り物の肌みたいだわ」


 裂が立ち上がる。

 鋏を構える。


「おい、そこののっぺらぼう! 化けの皮、剥いでやるわ!」


「……!」


 課長が振り返る。

 その顔には、目も鼻も口もなかった。

 つるりとした肌色の卵のようだ。

 よく見ると、皮膚感はあるが毛穴がなく、プラスチックやシリコンのような人工的な光沢を放っている。

 「不気味の谷」を全力で突破してきたような、生命感の欠如した平坦なヴォイド(虚無)。

 仮面が剥がれ落ちたというより、最初から「中身」がなかったのだ。


「バレたか……! 鼻が利く女だ!」


 のっぺらぼうが正体を現し、襲いかかってくる。

 顔がない恐怖。

 しかし、正体が割れれば恐れることはない。


「顔がないなら、作ってあげるわよ! 無料整形手術よ! 私のセンスでデザインしてやるわ!」


 裂が懐からマッキー(極太・黒)を取り出した。


「へのへのもへじにしてやるわ! 和風美人になりなさい!」


 キュッキュッキュッ!!


 高速のマジック捌き。

 残像が見えるほどの速筆。神業だ。


 のっぺらぼうの顔に、落書きのようなマヌケな顔が描かれる。

 眉毛は極太の「ハの字」に、目は少女漫画のようにキラキラ(星入り)に、口はタコのようなおちょぼ口に。

 さらに頬には渦巻き模様のチークまで追加された。

 仕上げに、額には「バカ」という文字を鏡文字で丁寧に(自分では読めるように)書き込んでいく。

 前衛的すぎるアートメイクだ。

 裂は自画自賛するように、少し離れてその出来栄えを眺めた。

 「うん。元の無個性に比べたら、格段にキャラ立ちしたわね。これなら配信者としてやっていけるわよ」


「……これで満足? 愛嬌が出たじゃない。ゆるキャラみたいよ」


「ぐあああ! なんだこれは! センスがない! 昭和のギャグ漫画か!」


 のっぺらぼうは鏡を見て絶叫した。

 自分の顔(落書き)に耐えきれなかったようだ。美意識が高い怪異だったらしい。


「こんな顔じゃ外を歩けない! 恥ずかしくて死ぬ!」


 のっぺらぼうは顔を隠して逃走した。

 精神的ダメージ(羞恥心)による勝利だ。


「……口元さん、俺の匂いは大丈夫ですか? 本物ですか?」


「アンタ? アンタは汗と安月給の匂いがするから本物よ。あと、カツ丼の匂いもね。貧乏くさい匂いだから間違い無いわ」


「……褒め言葉として受け取っておきます。複雑ですけど」


 人の個性を証明するのは、顔の造作ではなく、その人が生きている「匂い(生活臭)」なのかもしれない。

 九条は自分の匂いを少し気にしつつ、本物の課長(胃薬臭い)を迎えに行った。トイレで縛られていたらしい。

 課長は解放されるなり、「……九条くん。私の顔、そんなに加齢臭キツいかね?」と涙目で聞いてきた。

 「……いえ。なんというか、それが『本物の証』ですから。誇ってください」

 九条は精一杯のフォローをしたが、課長はその日から、こっそり高級なメンズ香水ブルガリを使い始めた。

 しかし、裂は翌日課長の顔を見るなり、「……変な匂い。これ、のっぺらぼうの仲間じゃない?」と言って鋏を抜いたので、課長は絶叫しながらトイレに逃げ込んだ。


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