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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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28/50

第28話:雪女の冷房病

 真夏のオフィス街。

 外気温は38度を超える猛暑日。アスファルトで目玉焼きが焼けそうだ。


 しかし、とある高層ビルのフロアだけが、異常な低温に見舞われていた。

 窓ガラスには霜が張り、社員たちが凍死寸前で搬送されるという怪事件。

 蛍光灯からは鋭いツララがぶら下がっている。


「……寒い。息が白いんですけど。南極観測隊の装備が必要でしたね」


 九条は防寒着ダウンジャケットを着込んで現場に入った。

 室温はマイナス30度。

 デスクの上のコーヒーは完全に凍りついており、スプーンが直立したまま固定されている。

 パソコンも凍結して動かない。モニターには『低温のため動作を停止しました』というエラーメッセージ(幻覚かもしれない)が表示されている。

 床には薄い氷の層が張り、歩くたびにパリパリと音がする。

 社員のデスクに置かれた家族写真のフレームにも霜が降り、笑顔が氷の下に埋もれていた。

 観葉植物のパキラは、クリスタルのオブジェのように透き通って凍っていた。

 給湯室の蛇口からは氷柱が突き出し、ウォーターサーバーの水が完全に凍結していた。


「エアコンの設定温度どうなってんですか。壊れてるんじゃ?」


「設定は28度(省エネ)よ。環境に優しいわね。でも、室外機がね」


 裂が窓の外を指差す。

 彼女もコートの前をきっちり閉めている。マフラーまでしている。


 雪女が室外機のファンに、白い着物の女がへばりついていた。

 まるで熱交換器と一体化するように。

 彼女の髪が室外機のフィンに絡みつき、指先から氷の結晶が金属上を這うように広がっていた。

 その表情は苦しみと快楽が混在している。冷気を吸い込むことが、彼女にとって呼吸のようなものなのだろう。


「……雪女か。妖怪も涼みたいんですね」


 彼女が室外機の排熱を吸い取り、代わりに冷気をダクトを通じて送り込んでいるのだ。

 天然のクーラー、いや、地獄の冷凍庫だ。


「おい! そこで何してんのよ! 営業妨害よ! 社員が冬眠しちゃうわよ!」


 裂が窓をガラリと開けて叫ぶ。

 猛吹雪が室内に吹き込む。粉雪が舞う。


「……暑い……都心の夏は暑すぎるの……このコンクリートジャングルは地獄よ……湿度が私の肌を溶かすの……」


 雪女が虚ろな目で答えた。

 温暖化とヒートアイランド現象の影響で、雪女も生きづらい世の中らしい。

 涼を求めて高層ビルの室外機に憑依した結果、ビル全体を氷漬けにしてしまったようだ。


「気持ちはわかるけどね、迷惑なのよ。人間が死にかけてるわ」


「……邪魔しないで……ここから離れたら溶けちゃう……私はもう動けない……」


 雪女が冷気を強める。

 彼女の吐息が白い霧となる。


 ヒュオオオオオ!


 ブリザードが吹き荒れる。

 九条の眉毛が凍りつく。瞬きすると瞼がくっつく。

 指先の感覚がなくなり、拳銃のグリップが滑る。そもそも弾も凍っている。

 息を吐くたびに白い雲ができ、それが即座に凍って雪の粒となって降り注ぐ。


「口元さん、これ以上は体が持ちません! 俺が氷像になってしまいます!」


「チッ、仕方ないわね。手荒な真似はしたくないけど、私の肌も乾燥してきたわ」


 裂が懐から何かを取り出した。


「え、それ……ドライヤー? コードレス?」

「最新式の大風量タイプよ。マイナスイオンも出るわ」


 裂がスイッチを入れた。


 ブォォォォン!!


 熱風が雪女に直撃する。


「ギャアアア! 熱い! 乾燥する! お肌がカピカピになる! 潤いが奪われる!」

 雪女が悲鳴を上げる。

 水分を奪われることが最大の恐怖らしい。


「湿気は残してあげるけど、熱風はサービスのよ! そこをどきなさい! 私の肌荒れも限界なのよ!」


 裂がドライヤーを二刀流(もう一つは九条のを鞄から奪った)で振り回す。

 ダブル・ターボ・ドライヤー。


 熱と乾燥。

 雪女にとって最も恐ろしい攻撃だ。


「やめて! ドライヤーはやめて! わかったわ! 降りるから! 除湿しないで!」


 雪女が室外機から離れた。

 途端に、室内の温度が上がり始める。


「……ふん。文明の利器を舐めるんじゃないわよ。家電の進化は凄まじいのよ」


 裂がドヤ顔で髪を整える。


「でも口元さん、その雪女、これからどうするんです? 外に出したら溶けますよ。水たまりになっちゃいます」


 雪女は廊下の隅で小さくなって震えている(暑さで)。


「……特対課の備品用冷蔵庫に入れてあげなさい。アイスクリームの番くらいできるでしょ。あそこなら零下よ」


「え、冷蔵庫に住まわせるんですか? 経費かかりますよ?」


 こうして、特対課の冷蔵庫(大容量タイプ)に、新しい住人が増えた。

 夏の間だけ、という条件付きで。

 雪女は冷蔵庫の中で、保冷剤を枕にして丸くなっていた。時々、アイスクリームに話しかけている。友達だと思っているらしい。

 おかげで、特対課のアイスは常にキンキンに冷えているが、たまに開けると「寒い……」という怨嗟の声が聞こえるようになった。

 裂はそれを聞くたびに「うるさいわね」と言いつつ、冷蔵庫にハーゲンダッツを差し入れていた。優しいのか、めんどくさいのか。

 九条は「電気代、経費で落ちますかね……」と頭を抱えたが、誰も答えてくれなかった。


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