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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第27話:酒呑童子のクラブ経営(後編)

 裂の鋏が、酒呑童子の太い首を捉えた。

 皮一枚で寸止めされている。

 あと数ミリで、その首は胴体からおさらばしていた。

 焦げた皮膚の臭いが漂う。


 しかし、裂は動きを止めた。


「……何のつもりだ。なぜ殺さん。情けか?」

 酒呑童子が顔面の炎を払いながら睨む。再生能力が高いのか、火傷はすぐに癒えていく。


「……興が削がれたわ。アンタから敵意が消えたわけじゃないけど……違和感があるのよ」

 裂が鋏を下ろす。カチャン、と刃が閉じる。


「アンタも所詮は操り人形ってことよ。視線を感じるのよ……ずっと前から。アンタの後ろから、別の視線がね」


 彼女の視線は、酒呑童子の背後――VIPルームのさらに奥、暗闇に向けられていた。


「そこにいるんでしょ? 黒幕さん。出てきなさいよ。コソコソ隠れてないで」


「……ほう。気づいていましたか」


 奥の暗闇から、パチパチという乾いた拍手が聞こえた。

 一人の男が現れる。


 黒いスーツに、知的な眼鏡。年齢不詳。

 一見するとただのビジネスマンだが、その存在感は異質だ。

 手には一冊の分厚いハードカバーの本を持っている。

 革装丁の古めかしい本だ。


「まさか、私の存在に気づくとは。さすがは現代の怪異の頂点。感覚が鋭いですね。野生の勘ですか?」


「……誰だ。警察だ!」

 九条が銃を向ける。

 本能が警鐘を鳴らしていた。この男は危険だ、と。

 銃口が震えるのを止められない。


「私は『作家』。この街の怪異たちの物語を書いている者です。シナリオライターと呼んでもいい」


 男が本を開く。

 紙の擦れる音が、妙に大きく響いた。

 そこには、酒呑童子を含め、今まで裂たちが戦ってきた怪異の名前が記されていた。

 『メリーさん』『高速ババア』『人面犬』……。

 それぞれの名前の横には、パラメーターのような数値や、詳細な性格設定が書き込まれている。

 まるで、TRPGのキャラクターシートだ。

 すべて、彼が「配役」した物語だったのだ。この世界という舞台で演じさせられていたに過ぎない。

 九条は、『口元裂』の欄に目を留めた。

 そこには「役割:主人公」と書かれ、彼女の戦闘データが細かく記されていた。その観察眼の深さに、背筋が凍る。

 『九条湊』の欄もあった。「役割:観察者・水先案内人」。自分も駒の一つに過ぎない。


「酒呑童子さん、君の役目は終わりだ。君は強敵役として十分な働きをした。読者も満足だろう」


「なっ……! 貴様、何を言って……俺を利用していたのか!」

 酒呑童子が男に掴みかかろうとする。


 作家がさらさらと万年筆を走らせる。

 インクの匂いがした気がした。


『酒呑童子は改心し、都会の喧騒に疲れ、田舎へ帰った』


 そう書き込んだ瞬間。


「……俺は……何をして……?」


 酒呑童子の顔から鬼の相が消えた。

 角が引っ込み、赤い肌が土気色に戻る。

 ただの疲れ切った、中年男性の顔になってしまった。

 覇気が消え、老け込んだ。


「……実家に帰って農業でもやるか……土が俺を呼んでいる……大根を作ろう……」


 彼は憑き物が落ちたように呟き、ふらふらと店を出て行った。

 最強の鬼が、ただの一文で退場させられた。

 物語の強制力。


「……物語を書き換えた?」

 裂が眉をひそめる。


言霊ことだまか、あるいはもっと上位の概念改変リアリティ・ハッキングか。趣味の悪い能力ね。人の人生を何だと思ってるの」


「ご明察。怪異とは物語によって生まれるもの。ならば、物語を支配する者こそが怪異の王だ。私はただ、編集権を行使しただけですよ」


 作家が不敵に笑う。眼鏡の奥の目が、爬虫類のように冷たい。

 彼は現実を「作品」としてしか見ていない。


「口裂け女さん。君は素晴らしい素材だ。キャラが立っている。いつか君のための『最高傑作』を書いてあげよう。悲劇のヒロインなんてどうだい?」


「いらないわよ。私の人生ストーリーは私が決める。三流作家の筋書きには乗らないわ。ボツよ、ボツ!」


 裂が鋏を向けて踏み込む。

 一足飛びに間合いを詰める。


 しかし、作家の姿は蜃気楼のように揺らいだ。

 鋏が空を切る。


「楽しみにしていてくれ。百物語の夜にまた会おう。その時こそ、君の物語の最終回だ」


 作家の姿が霧のように消えた。

 後には、一冊の本だけが残されていた。


 九条が恐る恐る手に取る。

 表紙には『特殊事象対策課・観察日記』と書かれていた。


「……ずっと監視されてたってことですか。俺たちの行動、全部筒抜けだったんじゃ……」

 九条の背筋に、冷たいものが走った。自分が誰かの創作物キャラクターであるかのような恐怖。


 これまで解決してきた事件も、すべて彼の手のひらの上だったのかもしれない。

 新たな、そして最大の脅威の影が、二人に忍び寄っていた。


 裂はしばらく無言だった。

 それから、作家が置いていった本を靴のかかとで踏みつけた。


「三流作家の筋書きなんか、套り捨ててやるわ。私の物語は私が書くのよ」


 その声は、普段の彼女よりも静かで、それゆえに強かった。

 九条は初めて、彼女のその言葉に、都市伝説ではない、一人の「人」としての意志を感じた。


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