第26話:酒呑童子のクラブ経営(中編)
「おい、新入り。よく見てなさい。鬼退治の作法を教えてあげる」
裂が鋏を正眼に構えた。
その背中から、今まで見たこともないような凄まじい殺気が立ち昇る。
空気の密度が変わり、肌がヒリヒリと痛む。
対するは、酒呑童子。
その手には、妖力で具現化させた巨大な金棒が握られている。
黒鉄の塊。表面には無数の棘があり、一撃でビルすら粉砕しそうな質量だ。
その重量感は、ただそこにあるだけで床をきしませている。
「鬼と戦うのは千年ぶりかしらね。あの頃は刀で戦ってたけど、今は鋏の方が性に合ってるわ。髪も切れるし、首も切れるし」
「舐めるなよ、小娘! 俺の金棒は山をも砕く! 平安の世を震撼させた暴力の結晶だ!」
酒呑童子が金棒を振り下ろす。
単純な縦振り。しかし、その速度は音速を超えていた。
ドゴォォォォン!!
轟音と共に、大理石のテーブルが粉砕される。
床が陥没し、衝撃波が店内を駆け巡る。高級な酒瓶が次々と破裂する。
裂は紙一重でかわし、鋏で反撃する。
横薙ぎの一閃。
「遅い!」
ガギィッ!!
鋏と金棒が激突し、太陽のような激しい火花が散る。
金属音が鼓膜を破りそうだ。
衝撃で店内の窓ガラスが全て割れ、破片が宝石のように降り注ぐ。
火花が店内の装飾を焦がし、高価なカーペットが燃え上がる。
虎の剥製の目が火花の光で耀き、壁の金ピカの彫像が衫痕で溢れる。
シャンデリアが大きく揺れ、クリスタルが雨のように降り注ぐ。
ホストたちは悲鳴を上げて非常口に殺到し、女性客たちは呆然としたまま座っている。洗脳が深い。
ここは戦場だ。新宿のど真ん中で行われる、神話級の喧嘩。
パワーは互角か。いや、純粋な筋力では鬼の方が上か。
裂の足が、床を引きずられる。ヒールの踵が床材を削り取る。
「グッ……! 流石は力の象徴ね! 重いわよ、アンタの攻撃!」
裂が歯を食いしばる。
「どうした、口裂け! その程度か! 貴様の力など、所詮は噂話レベルだ! 歴史の重みが違うんだよ!」
「……うるさいわね。アンタ、口臭いのよ」
裂が顔をしかめる。
「酒臭いだけじゃない。腐った自尊心の臭いがするわ。カビが生えたプライドね。過去の栄光にしがみついてる老人臭がするわ!」
「何だと……!?」
「昔の名前で商売してるだけの老害が! 時代は変わったのよ! 今は令和よ!」
裂が押し返した。
腕の血管が浮き出る。
彼女の強さは、物理的な力だけではない。
「自分は最強で最恐で最高に美しい」という、揺るぎないナルシシズム。
それが精神的なバフとなり、物理干渉力を底上げしているのだ。
自己愛こそが、彼女の力の源泉。
彼女にとって、自分より強い存在など許されないのだ。
それは単なる虚勢ではない。都市伝説としての彼女の存在理由そのものだ。
「口裂け女は最強」という噂がある限り、彼女は決して負けない。それが、都市伝説のルールだ。
「湊くん!」
裂が叫ぶ。
九条がカウンターの陰に隠れて見ていた。震えながら。
「酒呑童子の弱点、覚えてる!? 古典の授業で習ったでしょ! 居眠りしてなかったわよね?!」
「えっと……『神便鬼毒酒』でしたっけ!? 鬼を酔わせて殺す毒酒!」
「そう! 毒酒を飲ませて首を跳ねるのが定石よ! 伝統芸能よ! お約束よ!」
「そんなもの持ってませんよ! 薬局にも売ってません! Amazonでも買えませんよ!」
「代用品でいいわ! 度数の高い酒! アルコールで脳を焼きなさい!」
九条がバーカウンターを見る。
破壊された棚の中に、奇跡的に無事なボトルがあった。
最高級のスピリタス(アルコール度数96%)。火気厳禁の劇物だ。
ラベルに『火気厳禁』のマークがある。
「これだ!」
九条がボトルを投げる。
放物線を描くガラス瓶。
「口元さん!」
「ナイス! 愛してるわ湊くん(嘘)! ボーナス査定上げとくわ!」
裂は飛んできたボトルを空中でキャッチし、そのまま鋏の刃で叩き割った。
バシャアッ!!
高濃度のアルコールが霧となって酒呑童子の顔面に降りかかる。
「グオオオッ! 目が! 目が! しみるぅぅ!」
粘膜を焼く激痛。
「消毒よ! 薄汚い根性を洗い流しなさい!」
裂が懐からオイルライターを取り出し、着火して投げつけた。
ボッ!!
気化したアルコールに引火し、爆発的な炎が酒呑童子の顔面を包み込む。
バックドラフトのような爆風。
「熱ッ! 熱いぃぃ!」
「鬼の目にも火炎放射ってね! フランベよ! ウェルダンに焼いてあげる!」
裂が跳躍する。
炎に怯む酒呑童子の無防備な首元へ、鋏が迫る。
炎を切り裂き、必殺の一撃が走る。
炭の中から、金棒の先端が赤熱して突き出た。
「チェックメイトよ! 首を置いて行きなさい!」
勝負あった。
かに見えた。
しかし、炒の中から、鬼の哆哶が響いた。
火傷が組織ごと再生していく。その再生速度は、裂の経験したどの怪異よりも速い。
さすがは三大妖怪。スピリタス程度では滞びない。




