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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第25話:酒呑童子のクラブ経営(前編)

「……この街の『闇』、深そうですね」


 新宿・歌舞伎町。

 ネオンが輝く不夜城の裏路地。

 欲望が渦巻くこの街に、新たな支配者が現れたという噂があった。


 九条と裂は、ある高級ホストクラブが入るビルを見上げていた。

 店名は『OEYAMA(大江山)』。

 看板には、妖艶な和装の男たちの写真が並んでいる。


 最近、このエリアで行方不明者が相次いでいる。

 被害者は皆、このクラブに通い詰めていた女性客だった。

 彼女たちは財産を使い果たし、借金を背負い、最後には忽然と姿を消す。


「酒の匂いがするわ」

 裂が鼻をひくつかせる。


「ただの酒じゃない。もっと古くて、ドロドロした……血と欲望が混ざった、鬼の酒よ。悪酔いしそうな匂いだわ」


 二人は店に潜入した。

 九条は客として(男だが)、裂はその同伴として。


 煌びやかな店内。

 趣味の悪い金ピカの彫像や、虎の剥製が飾られている。

 壁紙はベルベットの深紅。床は大理石イミテーション

シャンデリアが輝き、高そうなスーツを着たホストたちが女性客を侍らせている。


 女性客たちの目は一様に虚ろだった。

 熱に浮かされたようにホストを見つめ、高価なボトルを次々と注文している。

 その表情は、恋する乙女というよりは、何かに懑りつかれた狂信者のようだった。

 店内に充満する甘ったるい香水の匂いが、思考力を麻痺させるようだ。

 よく見ると、女性客の足元には山積みになったブランド品の紙袋がある。貢いだ。全財産をつぎ込んでいるのが見て取れる。

 カウンターの上には、「本日の指名料」の価格表があった。一番上の欄には「オーナー」の文字と「時価」とだけ書かれている。騙られているのだ。

 九条は嫌悪感で胃の底が冒たくなった。これは知能犯だ。物理的に人を喰らう時代とは違う、現代型の捉食だ。


 シャンパンコールのマイクパフォーマンスが耳をつんざく。

 「よいしょー!」「いただきまーす!」というコールが、呪詛のように繰り返されている。


 その最奥のVIP席に、一人の男が座っていた。

 周囲のホストとは格が違う、圧倒的なオーラを放つ男。

 長身で、赤ら顔。その額には、前髪で隠しきれない二本の角のような隆起がある。

 着崩したスーツの胸元からは、逞しい筋肉が覗いている。


「……よう、珍しい客だ」


 男がグラスを傾ける。中身は赤ワインではなく、もっと粘度のある赤黒い液体に見えた。


「警察の犬と……化け物の女か。何の用だ? ここは会員制だぜ」


「挨拶が丁寧じゃないわね」


 裂がズカズカと歩み寄り、テーブルの上の高級ブランデーのボトルを勝手に手に取った。

 そしてラベルを見る。


「……安酒ね。ボトルの値段だけ吊り上げて、中身は量販店のウイスキーかしら? 味音痴もいいとこね」


「アンタがここのオーナー? 酒呑シュテンさん」


「いかにも。俺は酒呑童子。かつて大江山を統べ、京の都を恐怖させた鬼の頭領だ」


 酒呑童子。

 日本三大妖怪の一角。

 平安時代、源頼光に首を跳ねられたはずの大妖怪が、現代でホストクラブを経営しているとは。

 時代に適応しすぎている。


「随分と落ちぶれたものね。昔は都を震撼させた鬼が、今じゃ色恋営業? 女騙して小銭稼ぎなんて、鬼の風上にも置けないわ。プライドはないの?」


 裂が挑発する。

 彼女の言葉は鋭い刃のようだ。


 酒呑童子のこめかみに血管が浮き出た。

 持っていたグラスにヒビが入る。


「時代に合わせているだけだ。女を喰らうのも、昔は物理的に、今は経済的に。骨の髄までしゃぶり尽くすという意味では、本質は変わらんよ。現代の資本主義こそ、鬼の棲処にふさわしい」

 彼は悪びれもせずに笑った。

 その歯は鋭く尖っている。


「……気に食わないわね」


 裂がボトルを握りつぶした。


 バリン!


 ガラスが粉々に砕け、琥珀色の液体が飛び散る。


「私のシマ(東京)で、好き勝手してるのが気に入らないのよ。女の敵は私の敵よ。特に、女を食い物にする男は一番嫌いなの」


「……やるか? 口裂けごときが」


 酒呑童子がゆっくりと立ち上がる。

 その体から、赤黒い妖気オーラが立ち昇った。

 炎のような揺らめきが、彼の背後に鬼の幻影を作り出す。

 角が完全に露出し、その肌は赤く染まっていく。歯が牙に変わり、爆発的な筋力がスーツを引き裂く。

 店内の空気が鉛のように重くなる。

 ホストたちが一斉にひざまづき、床に額を擦りつけている。親分の妖気に押し潰されているのだ。

 女性客たちは毛布を被ったように意識を失い、ソファに崩れ落ちていく。


 九条は立っているだけで精一杯だった。呼吸ができないほどのプレッシャー。

 これが、三大妖怪の格か。


「湊くん、離れてなさい。巻き添え食うわよ」


 裂がマスクに手をかける。

 彼女の目が、捕食者のそれに変わる。


「鬼退治の時間よ。頼光の刀の代わりに、私が裁ち鋏でその首切り落としてあげる。今度こそ元に戻らないようにね」


 一触即発。


 クラブのBGMが止まり、客たちが異変に気づいて悲鳴を上げる。

 現代の東京で、伝説級の怪異バトルが幕を開けようとしていた。

 ホストクラブは、戦場と化した。


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