第22話:天狗のドローン
都心の高層ビル街。
摩天楼の谷間で、ビル風が渦巻いている。
コンクリートジャングルを、現代の怪鳥が飛ぶ。
最近、ドローンを使った誘拐未遂事件が多発していた。
子供やペットをドローンで吊り上げようとする大胆な犯行だ。
犯行現場は常に高所。
犯人は、高層ビルの風に乗って空を飛ぶ怪人。
「……天狗ですね。間違いない」
九条が双眼鏡で空を見る。
ビルとビルの間を、翼の生えた男が飛び回っている。
服装は奇妙に折衷的だ。山伏の鈴懸を着ているが、その上から最新のクライミングギアを装着している。
足には一本歯の下駄だが、ソールはカーボン製。
そして背中には黒い翼。
手には最新鋭のドローンコントローラーを握っている。
周囲には数機のドローンが編隊飛行しており、まるで彼の眷属の烏天狗のようだ。
ドローンの機体には天狗の紋章が描かれており、プロペラ音がそのまま羽扇の風切り音に似せてあった。
天狗はビルの屋上アンテナを足場にし、風に乗って旋回している。その飛行術は古典的な妖かしさと現代技術の奇妙な融合だった。
「生意気ね。空を飛ぶなんて。私だって飛べないのに。ズルいわ」
裂がビルの屋上で腕組みをして空を睨む。
彼女の不機嫌バロメーターが上がっている。自分より目立つ怪異が気に入らないのだ。
特に「高みの見物」をしている奴が。
「口元さん、どうします? こっちには飛行手段が……ヘリを要請しますか? 許可が出るまで一時間かかりますけど」
「そんな遅い乗り物、待ってられないわ。カップラーメンが出来ちゃうわよ」
「じゃあどうするんです? 狙撃班を呼びますか?」
「飛べないなら、跳べばいいじゃない。物理的に」
裂が助走をつけた。
屋上のフェンスから数メートル下がり、クラウチングスタートの構えをとる。
アスファルトに爪が食い込む。
ターゲットの天狗は、隣のビル(距離50メートル、高さ差あり)の上空を優雅に旋回している。
常人なら絶対に届かない距離だ。安全圏だと信じ込んでいる。
「嘘ですよね……? ここ、地上200メートルですよ? 落ちたらミンチですよ?」
「行ってきまーす!」
ドォォォォン!!
爆発音がした。
屋上の防水コンクリートが粉砕され、クレーターができる。
その反動で、裂が弾丸のように射出された。
音速に近い初速。衝撃波で九条の髪が逆立つ。
人間砲弾。
いや、怪異砲弾だ。
赤いコートをなびかせ、重力を嘲笑うかのような放物線を描く。
空気が裂ける音。ソニックブームに似た衝撃波が、周囲のビルの窓を小刻みに振動させる。
ドローンたちが慣れたように裂を避けて散らばったが、彼女の興味はそこにはない。
「えっ!?」
空中の天狗が驚愕の表情を浮かべる。
下から、赤いコートの女が物凄い形相(満面の笑み)で飛んでくるのだから。
「捕まえた!」
上空100メートル。
滞空時間の頂点で、裂が天狗の足首をガシリと掴んだ。
「重っ! 離せ! 揚力が足りない! 定員オーバーだ!」
天狗が悲鳴を上げる。ドローンたちが慌てて周囲を飛び回るが、主人を支える力はない。
「離さないわよ! 地獄の底まで道連れよ! 空中デートと洒落込もうじゃない!」
「落ちる! 落ちるぅぅ!」
二人はもつれ合いながら落下していく。
重力加速度が二人を襲う。
天狗はパニックで目を剥き、羽根をバタつかせているが、制御不能のきりもみ状態だ。
対照的に、裂は満面の笑みを浮かべていた。
風圧で髪が逆立ち、コートが翼のように広がる。
その瞳は、獲物を追い詰め、絶望の淵に叩き落とす瞬間の歓喜に輝いている。
彼女にとって、空もまた足場の一つにすぎない。
「空中殺法・大鋏!」
落下しながら、裂が鋏を抜いた。
ジャキッ!
天狗の自慢の翼が切り裂かれる。
黒い羽毛が舞い散る。
よく見ると、羽毛の一部はカーボンファイバー製(人工羽毛)だった。
ハイブリッド妖怪だったのか。
「あーれー!」
推力を失った二人は、隣のビルの窓ガラスを突き破り、オフィスフロアに突っ込んだ。
ガシャアアアン!!
コピー機を粉砕し、観葉植物をなぎ倒し、書類の嵐が舞う中で二人は着地した。
「……痛たた。クッション性がイマイチね。低反発素材にしときなさいよ」
裂が書類の山からむくりと起き上がる。
無傷だ。服についたガラス片を払っている。
一方、天狗はデスクに突っ込んで気絶していた。
ドローンも全て制御を失い、次々と墜落していく。
雨のようにドローンが降ってくる。
「……無茶苦茶だ」
ビルの屋上から見ていた九条は、顔を覆った。
「高層ビル窓ガラス破損」「オフィス内設備損壊」「ドローン落下による器物損壊」の請求書が目に浮かぶようだ。
始末書をどう書けばいいのか。
「怪異が空を飛んだので、飛び蹴りで撃墜しました」などと書いて、通るだろうか。
それに加えて、屋上のクレーターの補修費用もかかる。
保険会社に「怪異による爆発跳躍」と書いて保険が降りるのだろうか。たぶん無理だ。
せめても「怪異特約」のある保険商品が必要だ。今度、総務に相談しよう。
しかし、彼女にとって重力など、些細な問題でしかないらしい。
彼女がルールだ。物理法則は二の次なのだ。




