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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第21話:河童の水道工事

「……下水道から変な音がするんです」


 マンホールの下から、工事のような打撃音と、宴会のような騒ぎ声が聞こえるという。

 近隣住民からの苦情が殺到していた。

 夜な夜な響く「カーッ!」という奇声と、水が跳ねる音。


「河童ね。間違いなく」


 裂が即答する。

 彼女はマンホールの蓋を足でコンコンと叩いた。ヒールが金属に当たる音が響く。


「最近の河童は、地下水道を勝手にリフォームして秘密基地を作るのがトレンドなのよ。湿気があるし、家賃タダだし、Wi-Fiも通るしね」


 二人はマンホールを開け、地下へと降りた。

 梯子はヌルヌルしており、何かの粘液がついているようだ。

 強烈なドブの臭いが鼻をつく。しかし、奥に進むにつれて、その臭いはきゅうりの青臭さに変わっていった。


 そこには、地下宮殿が広がっていた。


 パイプや配管が複雑に組み替えられ、幾何学的な模様を描いている。その構造は、ガウディの建築を彷彿とさせるほど前衛的だ。

 よく見ると、資材置き場から盗んできた塩ビパイプや、どこかの家庭から拝借したシャワーヘッド、さらには公園の遊具の一部と思われる滑り台までが乱雑に使われている。

 壁には防水のLEDテープライトが張り巡らされ、サイバーパンクなネオンカラーに輝いている。

 どこから電気を盗んでいるのか、巨大な業務用の冷蔵庫まで完備されており、中には冷えたキュウリとビールが満載だ。

 LEDライトが水面を照らし、幻想的な、しかしどこかチープな雰囲気を醸し出している。


 中央には巨大なプール(貯水槽を改造したもの)があり、数匹の河童がキュウリを片手に酒盛りをしていた。

 プールの厚みは2メートルを超えており、緑色の水が不気味な光を放っている。水底には緯襴や食器が沈んでおり、生活感が溢れていた。

 テーブルには緑色の料理が並ぶ。

 キュウリの浅漬け、キュウリの味噌マヨ、キュウリの一本漬け、キュウリの刺身。

 メニューは緑一色だ。栄養バランスが悪すぎる。

 壁には「カッパ・ランド利用規約」と書かれた手作りの看板がかけられていた。

 「第一条:室温は常に湿度高めに保つこと」「第二条:キュウリは平等に分配すること」「第三条:皿を清潔に保つこと」と丁寧に書かれている。無駄に組織化されていた。

 プールサイドには電光掲示板があり、「本日の水温:22℃ 水質:最高」と表示されている。どこから盗んできたかは不明だ。


「そこの緑色ども! 宴会は終わりよ!」


 裂が大声を出す。声が反響する。


「ゲゲッ!? 口裂け女!」


 河童たちが慌てふためき、キュウリを落とした。

 水しぶきが上がる。


「勝手に公共物を改造すんじゃないわよ! 水道局に怒られるわよ! ここ、東京都の管轄なんだから! 固定資産税払ってんの!?」


「うるせぇ! ここは俺たちが苦労して築いた『カッパ・ランド』だ! 人間には渡さねぇ!」


 河童の親分らしき個体が立ち上がった。

 体格が良く、甲羅には歴戦の傷がある。頭の皿は乾き気味だが、眼光は鋭い。


 彼が手を振ると、水路の水が蛇のように鎌首をもたげた。

 水流操作能力だ。


「消えろ! 水葬にしてやる!」


 激流が二人を襲う。

 狭い地下通路での鉄砲水。回避不可能だ。

 濁流が轟音と共に迫る。


「湊くん、バルブを閉めなさい! 元栓を締めるのよ!」


「えっ、どれですか!? いっぱいありすぎて! 赤いのと青いのどっちですか!?」


「全部よ! 手当たり次第に回しなさい! 逆時計回りよ!」


 九条が必死にバルブを回す。

 錆びついたバルブが軋む。手が鉄臭くなる。


 キュッ、キュッ、ガコン!


 いくつかの上流バルブが閉まり、水流の勢いが弱まる。

 さらに、プールの水位が下がり始めた。

 排水ポンプが逆回転を始めたのだ。


「なっ!? 水が! 俺たちの命の水が!」


 親分が狼狽える。

 足元の水が引いていく。


「河童は水がないと弱いのよ……知ってる? 『陸に上がった河童』って言葉。今のアンタたちのことよ」


 裂が親分に近づく。

 水たまりをパシャパシャと踏みながら。

 その手には巨大な鋏。鈍い光を放っている。


「皿が乾くと死ぬって迷信、試してみる? ドライヤー持ってきたわよ。マイナスイオン出ないやつ」


「ひ、ひぃぃ! 乾燥は止めてくれ! 肌がカピカピになる! 保湿クリームが必要なんだ!」


「それとも、私が物理的に皿を割るか。どっちがいい? 今なら皿回しの芸も見せてあげるわよ。アンタの頭でね」


「降参! 降参しますぅぅ!」


 河童たちは一目散に逃げ出した。

 キュウリを放り出し、まだ水が残っている排水溝の奥へと消えていく。

 ペタペタという湿った足音だけが残る。

 親分は最後まで踏みとどまっていたが、裂が鏏をチャキと開いた音で、走って逃げた。その背中は子分たちより小さく見えた。


 後には、違法建築された配管の山と、大量のキュウリが残された。

 LEDテープライトだけがまだ点滅しており、地下宮殿の廃墟を悲しく照らしている。

 「カッパ・ランド利用規約」の看板が、倒れた水たまりの中で面を伏せていた。


「……これ、誰が直すんですか?」

 九条が呆然と配管の迷路を見上げる。

 現代アートのような複雑さだ。


「水道局に匿名で通報しときなさい。『河童が出た』って言っても信じないだろうから、『不審な配管マニアが住み着いてる』くらいにしておきなさい」


 裂はテーブルに残された冷えたキュウリを一本拾い、軽く振って水気を切った。

 ポリポリ、といい音が響く。


「……塩加減、悪くないわね。アイツら、料理の腕だけは確かだわ」


 地下帝国の夢は、バルブ操作と一人の怪異によって、水に流されたのだった。


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