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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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第19話:真夜中のタクシー

「……お客さん、どちらまで?」


 深夜のタクシー。

 終電を逃した九条と、それに付き合わされた裂は、後部座席に座っていた。

 車内は芳香剤のきつい匂いがする。安っぽいラベンダーの香りが充満している。

 シートのレースカバーが古ぼけて黄ばんでいる。


 運転手はルームミラー越しにこちらを見ているが、その顔はのっぺりとしていて表情がない。

 目があるべき場所が窪んでいる。

 手袋をした手は、人間にしては少し毛深い気がした。


「地獄の一丁目まで。急ぎでね。メーター倒さなくていいわよ」

 裂が冗談めかして言う。


「へへ……あいよ。地獄ですね……一番近い地獄へ案内しますよ……」

 運転手がニヤリと笑った気がした。


 タクシーが加速する。

 Gがかかる。異常な加速だ。ジェットコースター並みの重力が体を押し付ける。


 窓の外の景色が歪んでいく。

 見慣れた新宿のビル街が溶け落ち、ネオンサインが流星のように尾を引く。

 景色が赤茶色の荒野に変わっていく。

 枯れ木と岩だけの不毛の大地。空には、不気味な赤い月が浮かんでいる。

 月の表面には人の顔のようなものが浮かび上がっており、こちらを見てわらっている気がした。

 大地には干からびた川が走り、その河床には無数の小さな骨が散乱していた。

 遠くに見える山脈は、よく見ると巨大な生き物の背骨のように規則正しく並んでいる。

 空気は乾いているのに、肌がじっとりと湿る。現世にはない種類の湿気だ。


 道路標識の文字が意味不明な記号に変わっている。

 「地獄口IC 3km先」と読めなくもない標識もあった。料金所があるのだろうか。

 対向車線には、ボロボロの霊柩車や、誰も乗っていないバスが音もなくすれ違っていく。

 バスの行き先表示には「三途の川経由・閻魔庁前行」と書かれていた。始発バスなのか、乗客の姿はない。

 遠くには、賽の河原のような石積みの塔が見えた。

 現世のルールが通用しない場所だ。


「……ここ、どこですか? 道、間違ってませんか? 首都高じゃないですよね!?」

 九条が窓に張り付く。


「異界よ。このタクシー自体が『迷いマヨイガ』になってるの。一度乗ったら、運転手の決めた場所までノンストップよ。行先は黄泉の国か、三途の川か」


 裂は平然と足を組んでいる。

 タクシーの中に閉じ込められた人間は、二度と元の世界には戻れない。

 最近多発している「神隠し」のような失踪事件のからくりだ。


「降りるぞ、湊くん。メーターが怪しい動きしてるわ」

 料金メーターが、凄まじい勢いで上がっている。

 一秒ごとに一万円。すでに10万円を超えている。

 数字の桁が上がるたびにメーターが「チーン」と店の呼び鈴のような音を鳴らす。嫌味な仕様だ。


「え、走行中ですよ!? 時速100キロ出てますよ! てか経費で落ちませんよこれ!」

 九条がシートベルトにしがみつく。顔面は蒼白で、唇が紫色に変わりかけている。

 現世の人間が異界のGに長時間耐えられるはずがない。


「関係ないわ。私はぼったくりタクシーが大嫌いなの。適正価格ってものを教えてやるわ」


 裂は懐から鋏を取り出し、車の天井に切っ先を突き立てた。


 ズドン!!


 鉄板を貫く音。


「天井を開放オープンにするわよ! オープンカー気分を味わいなさい! 夜風が気持ちいいわよ!」


 彼女は鋏を巨大な缶切りのように使い、タクシーの屋根を強引に切り裂いた。


 バリバリバリ! メキメキッ!

 金属が悲鳴を上げ、火花が散る。


「な、何をする! 俺の車が! ローンがまだ残ってるんだぞ!」

 運転手が叫ぶ。


「風通しを良くしてやってんのよ! 芳香剤が臭いのよ! 換気しなさい!」


 裂は切り取った屋根を風圧で吹き飛ばすと、そのまま運転席のシートを後ろから蹴り破った。


 ドガッ!


「ここが異界なら、交通ルールも関係ないわよね? 暴れ放題ってわけ。シートベルト着用義務もないわよね?」


「ひぃっ!? ば、化け物! 乗車拒否だ!」


「私をどこへ連れて行くつもりだったのか、詳しく聞かせてもらうわよ」


 裂は運転手の首根っこを掴み、ハンドルを無理やり切らせた。


「現世に戻りなさい! 最短ルートで! さもないと、あんたの首もオープンにするわよ! 狸鍋にしてやろうか!」


「わ、わかった! 戻る! 戻りますぅぅ! 命だけは!」


 タクシーは次元の壁に突っ込んだ。

 空間が割れる音がした。ガラスが割れるような鋭い音が。


 ドサッ!


 屋根のない無惨なタクシーが、新宿の交差点のど真ん中に着地した。

 タイヤが甲高い悲鳴を上げ、白煙が立ち上る。ブレーキディスクが赤熱していた。

 信号待ちの人々が、呆然とこちらを見ている。

 横断歩道の真ん中でスマートフォンを構える者もいた。SNSに投稿される未来が見える。

 空からは星が見えた。異界の赤い月ではなく、見慣れた東京の淡い星空だった。


「……到着。近かったわね」

 裂は料金メーター(99万円になっていた)を拳で破壊して外に出た。

 メーターの液晶が火花を散らし、「Thank You」の表示を最後に沈黙した。


「無賃乗車はお断りだが、屋根の修理代と精神的苦痛への慰謝料で相殺ね。釣りはいらないわ」


 九条は後部座席でしばらく動けなかった。三半規管がやられている。

 這うように車外に出ると、アスファルトの硬さが涙が出るほど嬉しかった。


 運転手はハンドルに突っ伏して気絶していた。

 その正体は、古びた化け狸だった。尻尾が飛び出している。

 頭には葉っぱが一枚乗っていた。変化へんげが解けかけて、耳がピクピクと動いている。


 個人タクシーの行灯が、チカチカと悲しく点滅していた。

 後日、新宿の路上で「屋根のないタクシー」が発見され、都市伝説として語られることになった。

 目撃者の証言は「空から降ってきた」で一致していたが、警察は酔っ払いの戯言として処理した。


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