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特殊事象対策課の新人刑事、相棒は「口裂け女(更生済み)」でした  作者: なは


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18/50

第18話:ドッペルゲンガーの誤認

「おはようございます! 今日もいい天気ですね! 世界が輝いて見えます! さあ、仕事頑張りましょう! 市民の笑顔のために!」


 朝、特対課に出勤すると、九条が二人いた。


 一人はいつもの机で書類仕事をしている、死んだ魚のような目の九条。背中が丸まり、疲労のオーラを漂わせている。コーヒーのカフェインだけで生命維持しているようだ。

 もう一人は、入り口で爽やかに挨拶をしている、キラキラした九条。歯が白く光り(ホワイトニング完璧)、背景にバラの花が見えそうだ。仄かにフローラルの香りがする。


「……何これ。分身の術? それとも双子の弟?」


 裂がコーヒーカップを持ったまま固まる。

 脳の処理が追いついていない。

 目の前に、同じ顔で正反対のオーラを持つ男が二人。


「あ、口元さんおはようございます! 今日のコートも素敵ですね! 最高にクールです! パリコレのモデルさんかと思いました!」


 キラキラ九条が親指を立てる《サムズアップ》。

 その笑顔は眩しすぎて直視できない。

 歯茎まで健康的なピンク色だ。


「……私、疲れてるのかしら。幻覚が見えるわ。眼科に行こうかしら」


「違いますよ口元さん!」


 死んだ目の九条(本物)が叫ぶ。声が枯れている。


「こいつ、勝手に入り込んできたんです! ドッペルゲンガーですよ! 追い出してください! 俺の席を奪おうとしてるんです!」


「ドッペルゲンガー? 自分を見ると死ぬってやつ? じゃあアンタもう死んでるの?」


「いえ、こいつは……なんかポジティブすぎるんです! 俺の理想の自分みたいな振る舞いをするんです! 見てて腹が立つ! 劣等感を刺激してくるんです!」


 キラキラ九条(偽物)は、勝手に掃除を始め、お茶を淹れ、裂の肩を揉み始めた。

 その動作には無駄がなく、洗練されている。

 デスクは秒で整理整頓され、書類は五十音順にファイリングされ、窓ガラスまでピカピカに磨かれていた。

 九条が三ヶ月かかっても終わらなかった雑務を、十五分で片付けた。


「口元さん、肩凝ってますね! 僕がほぐしますよ! 任せてください! マッサージ検定3級持ってます! あとアロマテラピーの資格も!」


 偽九条の指先から繰り出される絶妙な指圧。

 リンパの流れを完全に把握したプロの技だ。

 さらに彼は、どこからともなく最高級のハーブティーを取り出し、完璧な温度でサーブした。

 カップの持ち手の角度まで完璧だ。


「ベルガモットの香りです。リラックス効果がありますよ」


「あら、上手じゃない。そこ、効くわね。ツボを心得てるわ」


 裂が満更でもない顔をする。

 まんざらでもないどころか、かなり気に入っているようだ。


「ちょっと! 騙されないでください! そいつは怪異ですよ! 化けの皮を剥いでくださいよ!」


 本物が抗議するが、裂は偽物の方を見た。


「ねえ、アンタ。残業できる?」


「喜んで! 24時間働けます! 労働は喜びです! 社会貢献こそが僕の生き甲斐です! ブラック企業上等!」

 偽物が即答する。目が一点の曇りもなく澄んでいる。洗脳された新入社員のようだ。


「カツ丼奢らなくても文句言わない?」


「もちろんです! 口元さんの笑顔が見られるなら、給料なんていりません! むしろ僕が奢ります! 特上のカツ丼をご馳走させてください!」


「……採用」


 裂が指を鳴らした。


「こっちを本物にしましょう。決定。クーリングオフなしね」


「ええええええ!?」


 本物の九条が絶望の叫びを上げる。膝から崩れ落ちる。

 自分のアイデンティティが崩壊していく音がした。


「待ってください! そいつは偽物ですよ! 長持ちしませんよ! メッキが剥がれますよ! そんな完璧な人間がいるわけないでしょう!」


「でも便利だし、愛想もいいし。アンタみたいに愚痴言わないし。見てて気持ちいいわ」


 裂は偽物を撫で回す。本物は嫉妬と焦りで消え入りそうだ。

 自分の居場所が奪われていく恐怖。

 カフカの『変身』ならぬ、カフカの『交代』だ。


 その時、偽物の九条がふと壁にかかった鏡を見た。

 自分の姿が映る。

 完璧な笑顔の自分が。


「……あ、やべ」


 偽物の顔が引きつった。

 キラキラオーラが消える。

 鏡の中の自分と目が合った瞬間、自己矛盾が発生したのだ。


 パリン。


 偽物の体が、内側からヒビ割れ、ガラスのように砕け散った。

 キラキラした粒子となって消えていく。

 粒子は虹色に光り、まるで打ち上げ花火のようだった。

 最後まで華やかな奴だった。


 ドッペルゲンガーは、自分の姿を鏡ではっきり認識すると消滅するのだ。自己矛盾に耐えきれずに。

 「理想の自分」は、本当の自分と向き合えない。完璧であるがゆえに、不完全さを受け入れられない。

 皮肉なことに、欠点だらけの本物の方が、鏡を見ても平気なのだ。諦めているから。


「あーあ、壊れちゃった。メンテ不足ね」


 裂が残念そうに言う。


「……ガラスのハートだったのね。メンタル弱すぎ。所詮は偽物か」


「……俺の立場は? 俺の心も傷ついたんですけど」


 九条(本物)は床に散らばった偽物の破片(キラキラした砂のようなもの)を掃除しながら、深くため息をついた。

 掃除機をかける背中が、いつもより小さく見えた。

 哀愁漂うその姿こそが、人間臭くて本物らしいとも言える。


「……ねえ湊くん」

「はい」

「アンタは、あのままでいいのよ。完璧じゃない方がいいの。完璧な人間なんて、鏡一枚で壊れるような脆いものよ」

 裂がそう言って、コーヒーを啜った。偽物が淹れたハーブティーではなく、九条が淹れた安いインスタントコーヒーを。


 自己肯定感の高いドッペルゲンガー。

 現代社会では、本物よりも生存能力が高そうだが、やはり耐久性に難があったようだ。

 九条は「明日は休みを取ろう」と心に誓った。そして、鏡に向かって「お前が本物だ」と自分に言い聞かせた。


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