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風が囁いた:ヴァリス湿原にて

意識はゆっくりと戻ってきた。


それと同時に、全身へ広がる痛みも戻ってきた。


目を開ける前から、昨夜何度も落下したせいで背中が悲鳴を上げているのが分かった。肩も痛み、腕は重い。喉は焼けるように痛み、深く息を吸おうとするたびに胸に違和感が走って、どれだけ大量の水を飲み込んだのか嫌でも思い出させられた。


左脚を曲げようとした瞬間、太ももに痙攣が走り、動かすのをやめた。


数秒間、自分がどこにいるのかも、どれくらい時間が経ったのかも分からなかった。


最後にはっきり覚えているのは、崖の後ろからキメラが現れ、エリッサが飛び降りる時に私まで引っ張っていったことだった。


ゆっくり目を開けると、頭上にはでこぼこした岩の天井があった。


ひび割れから水滴が落ち、それぞれ違う間隔で地面を打っている。


小さな洞窟の入口からは朝の弱い光が差し込み、湿った壁や、岩の間を突き抜けるいくつかの根、そして床に残る黒い跡が見えた。


壁際には、灰の残りも少し散らばっている。


私は片手を頭へ持っていき、少しだけ身体を起こそうとした。


「何が……あった?」


答えは入口の近くから返ってきた。


「本当に覚えてないの?」


私は彼女の方へ顔を向けた。


エリッサは出口の近くにしゃがみ込み、小さな即席の袋を仕上げているところだった。


幅が広く丈夫そうな葉を何枚か重ね、それをねじった植物の繊維で結び、簡単な肩紐のついた袋のような形にしている。


服はまだ一部が湿っていた。


髪は完全に乱れ、腕や顔には新しい擦り傷まで増えていた。


彼女を見た瞬間、少しずつ記憶が戻り始めた。


川へ落ちた直後、衝撃で私たちは離れ離れになった。


水は冷たく、流れは想像していたよりもずっと強かった。


岸へ向かって泳ごうとしたが、数秒も頭を水面へ出していられない。


すぐにまた流れへ引き込まれた。


水と泡の間に、何度かエリッサの姿が見えた。


彼女は私のところへ来ようとしていた。


だが、距離を縮めるたびに流れが私たちを引き離す。


そのうち、前方からどんどん大きくなる音が聞こえてきた。


何とか前を確認すると、水しぶきによる霧が見えた。


進行方向に滝があった。


私たちは流され続けないよう、掴めるものなら何でも掴もうとした。


エリッサは岸近くの根を掴んだ。


だが、根は折れた。


私は岩に触れることができた。


だが、濡れた表面で指が滑った。


その後は、完全に流れへ飲み込まれた。


もう一度落下し、滝の下の水面へ叩きつけられたのを覚えている。


衝撃で深く沈み、今度は完全に上下の感覚を失った。


身体は水流に巻かれて回転した。


肺が焼けるように苦しくなり、腕はどんどん重くなっていった。


もう流れに逆らうこともできなくなった時、水の向こうから何かが近づいてくるのが見えた。


エリッサだった。


彼女は私の腕を掴み、引っ張り始めた。


そこから先は、意識を失うまで何も覚えていない。


私は洞窟の中にいる彼女をもう一度見た。


「俺を助けたのか?」


エリッサは、そんなことは当たり前だとでもいうように袋をいじり続けた。


「当然でしょ。あなた、上へ泳ごうともせずに沈んでたんだから」


最後の結び目を締め、しっかり固定されているか確認する。


私は片手を地面について、ゆっくり身体を起こした。


「泳ごうとはしてた! ただ、水面がどっちなのか分からなかったんだよ!」


口に出した瞬間、自分でもあまり説得力がないと思った。


エリッサがようやくこちらを見た。


「なるほど。だからあんなに元気いっぱい底へ向かって泳いでたのね」


口元がわずかに動いた。


それからまた袋へ視線を戻す。


私は数秒黙ったまま、それが単なるからかいなのか、それとも水中で本当にそこまで間抜けに見えていたのか考えた。


結局、聞かないことにした。


「ありがとう。俺はお前を助けるために村を出たのに、最後は逆にお前に助けられたな」


今度は冗談ではなく、本気で言った。


エリッサは小さな袋を肩へ掛け、立ち上がった。


「感動しないで。村に戻って、お父さんとカエリアに『自称英雄を文鎮みたいに沈ませて溺れ死なせました』なんて説明したくなかっただけ」


大したことではないように言っていた。


だが、彼女は一人で岸へ向かうこともできたはずなのに、私を助けに戻ってきた。


これ以上は言わないことにした。


エリッサのことだ。


もう一度礼を言えば、別の方法で私を馬鹿にするだけだろう。


私は彼女の肩から下がっている袋を見た。


「その中、何を入れたんだ?」


「まだ何も」


私は眉をひそめた。


「じゃあ、空っぽの袋を作ったのか?」


「空っぽのままにしないためよ」


エリッサは肩紐を調整した。


「安全な果物とか、薬草とか、役に立つものとか、持ち運べる食べ物を見つけたら、入れる場所が必要でしょ」


私は即席の袋をもう少しよく見た。


「それ、村で覚えたのか?」


エリッサは首を横に振った。


「小さい頃、おばあちゃんに教わったの。森へ入るのに最低限のものも即興で作れないなら、くだらない理由で死にに行くようなものだって言ってた」


「お前の家族、そういう教えが多そうだな」


「多かったわ。しかも大体、あなたがやるようなことをするなって内容だった」


「そうかよ」


彼女は私の返事を無視した。


私は小さな洞窟を見回した。


「それで、ここはどこなんだ?」


エリッサは説明した。


滝を落ちたあとも流れは私たちを運び続け、やがて川幅が広く、流れも少し穏やかな場所へ出たらしい。


そこで彼女は私を岸へ引き上げた。


まだ夜のうちに、私を少し引きずりながら進み、この洞窟を見つけた。


その後、小さな火を起こした。


身体を温め、可能な限り服を乾かすためだった。


夜が明ける前に火を消し、残ったものを崩して灰を散らし、この場所が目立たないようにしたらしい。


私は地面の黒い跡をもう一度見て、それから彼女へ視線を戻した。


私が意識を失っている間、エリッサはほとんど休めていなかったようだ。


「寝すぎよ」


肩の袋を直しながら彼女が言った。


私は眉をひそめた。


「どれくらい気絶してた?」


「数時間。まだ夜中にあなたを水から引き上げた。岸に着いてから大量に水を吐いて、しばらくちゃんと息をして、それからまた気を失った。今はもう朝よ」


洞窟へ差し込む光を考えれば、説明は合っていた。


それでも、怪我をしたエリッサが真夜中に私を岸辺で引きずっていた姿を想像するのは、あまり気分のいいものではなかった。


私は無理に立ち上がった。


足へ体重をかけた瞬間、両脚が震えた。


目眩が治まるまで、片手を壁へつかなければならなかった。


背中はすぐに痛みを訴え、身体を真っ直ぐにしようとすると肩に鋭い痛みが走った。


エリッサは数秒、私の様子を見ていた。


彼女も決して元気そうではない。


出口へ向きを変えた時、右脚へ多く体重をかけ、左脚はあまり曲げないようにしていることに気づいた。


「ここを出る必要がある」


彼女が言った。


「長く留まれば留まるほど、戻る道を見つけにくくなる」


私は肩を揉みながら後を追った。


「少なくとも、今どこにいるのかは分かってるんだよな?」


エリッサは入口の近くで立ち止まり、外の地形を確認してから答えた。


「だいたいは」


「今の言い方、全然頼もしくなかったぞ」


彼女は横目で私を見た。


「もっといい答えが見つかったら教えて」


「分かった。じゃあ最高の出だしだな」


エリッサは答えなかった。


そのまま洞窟の入口を抜け、私はすぐ後ろをついていった。


外へ出た瞬間、私は足を止めた。


川の流れは、これまで私が見てきたどの場所ともまったく違う、恐怖の森の一角まで私たちを運んでいた。


外へ出ると、そこに広がっていた景色は、これまで私が見てきた恐怖の森のどの地域ともまったく違っていた。


木々は北の村の近くに生えていたものより小さく、幹は曲がり、根元は太く広がっている。表面の大部分は黒っぽい苔に覆われていた。


水の上へ傾くように伸びている木も多く、太い根が湿った地面の中へ消えていた。


地面のかなりの部分を水が占めている。


場所によっては細く濁った水路になり、別の場所では浅い水が広がっていた。そこには泥や腐った葉が溜まり、根が水面の上へ突き出している。


どこまでが固い地面で、どこからが脚一本を丸ごと取られるほど深い場所なのか、見ただけではほとんど分からなかった。


低い霧が木々の間を流れ、遠くまで見通すことも難しい。


朝の光が枝の隙間から差し込んでいるのに、暗いままの場所も多かった。


匂いも最悪だった。


淀んだ水と泥、それに腐りかけた植物の臭いが混ざり合っていて、私は数秒間、袖で鼻を覆った。


「流れに運ばれて、いったいどこまで来たんだ?」


私は目の前の地形を見ながら尋ねた。


エリッサはすぐには答えなかった。


木々を見て、水の流れを確認し、それから洞窟の入口近くにある根へ目を向けた。


「ヴァリス湿原」


その名前に聞き覚えはなかった。


だが、彼女の表情を見れば十分だった。


「この近くに村はあるのか?」


エリッサは首を横に振った。


「八つの村のどれも、この地域には作られてない。地形が変わりすぎるし、水や泥の中に隠れて獲物を狙う生き物も多いから」


私はもう一度湿地を見た。


「最高だな」


彼女はその言葉を無視し、近くの木々を指した。


「それに、ほかの地域みたいに木の上を進むこともできない。ここの枝は低くて脆いし、互いに離れすぎてる」


エリッサにとっても、それは問題らしかった。


場所によっては地面より上を進めるかもしれない。


だが、何度も降りる必要がある。


「じゃあ、水の中を歩くのか?」


私は足元近くにある黒っぽい泥の帯を見た。


「ほかに道がない時はね。でも深そうな場所に入る時は、勝手に行かないで」


「生き物がいるから?」


「それもある。見た目は固そうでも、体重をかけた瞬間に沈む場所があるの。そういうところは、一人じゃ抜け出せないくらい急に沈む」


ちょうど前へ出そうとしていた足が、空中で止まった。


それからは、一歩進むたびにブーツの先で地面を確かめるようにした。


エリッサはそれに気づいて、小さく笑った。


「今さら慎重になったの?」


「昨日から俺を殺そうとしてきたものの数を考えれば、さすがに少しは学んだ」


私たちは川の本流に近い、少しだけ地面の固い場所まで進んだ。


エリッサはしばらく水の流れる方向を確認してから、前方へ続く一帯を指した。


「あっちへ行く」


私は川を見て、それから彼女を見た。


「待て。俺たち、あっちから来たんじゃなかったか?」


エリッサは少し間を置いて答えた。


「そうよ」


「じゃあ、流れに逆らって戻った方がよくないか?」


彼女は反対側の地形を見てから答えた。


「駄目」


私は眉をひそめた。


「なんで?」


「あっち側の湿地はもっとひどい。岸は草木が密集してるし、簡単に地面が崩れる場所もある。歩いて渡れないくらい深い水路もある。それに、あの辺りを好む生き物もいる」


説明としては筋が通っていた。


私はこの場所について何も知らない。


一方のエリッサには、少なくとも地図や巡回隊の報告、それにこの森で何年も暮らしてきた経験がある。


「分かった」


私は答えた。


「じゃあ、少しだけマシな道を行こう」


エリッサは頷き、歩き始めた。


数歩進んだところで、私は尋ねた。


「この湿原には来たことがあるのか?」


「正確には、ない」


「全然安心できない答えなんだけど」


「地図は知ってる。巡回隊の報告も知ってる。それに、こういう地形をどう進めばいいかも分かる」


私は周囲を見回した。


「つまり、迷ってはいるけど経験はあると」


エリッサは肩越しに苛立った視線を向けてきた。


「先頭を歩きたいなら、どうぞ」


「いや、遠慮する。急にお前の経験がものすごく頼もしく思えてきた」


彼女は鼻を鳴らして、そのまま歩き続けた。


私たちは川を目印にしながら進み、森の中で何か見覚えのある場所を探すことにした。


完璧な計画ではない。


だが、洞窟に残っていても何も解決しない。


キメラが本当に追跡を諦めたのかも分からない。


この地域にはまだノールたちもいる。


そして、村の誰も私たちがどこにいるのか知らない。


エリッサは水際にある細い地面を進み、足へ完全に体重をかける前に、毎回地面の状態を確かめていた。


隠そうとはしていたが、まだ少し足を引きずっている。


特に左脚を低い場所へ置かなければならない時、その動きは分かりやすかった。


私は数歩分の距離を空けてから後を追った。


今度は、自分で勝手に道を選ぼうとはしなかった。


エリッサが足を置いた場所へ、まったく同じように自分の足を置いた。


湿原を歩き続けて何時間も経ち、空腹が本格的につらくなってきた。


救出任務へ向かう前から、私は何も食べていない。


それからというもの、ノールから逃げ、翼のある生き物に運ばれ、巨大な蜘蛛の巣へ落ち、キメラから逃げ、川を流されながら溺れかけた。


服はまだあちこち湿っていて身体に張りつき、少しでも激しく動くたびに背中と肩が痛んだ。


エリッサにも、これまでの出来事の影響が見え始めていた。


彼女は相変わらず数歩先を歩いていたが、もう最初のように一定の速度を保ってはいない。


傾斜のある場所では右脚へ多く体重をかけ、時々数秒だけ歩みを遅くしてからまた進んだ。


痛いとは一言も言わないし、聞いたところで否定するだろう。


それでも、怪我がまだ彼女を苦しめていることは明らかだった。


私は食べられそうなものを探し、周囲の植物をもっと注意して見るようになった。


すると、近くの曲がった木の幹に、小さな赤みがかった実がいくつか生っているのを見つけた。


熟しているように見え、少し甘い匂いまでしていた。


そのせいで、腹がさらに強く空腹を訴える。


私は近づいて手を伸ばした。


実へ触れる前に、エリッサが私の手首を掴んだ。


「それ、食べないで」


私は彼女を見てから、枝へ視線を戻した。


「毒?」


「それは毒」


ため息をつき、また歩き始めた。


数メートル先では、低い茂みに黄色っぽい実がたくさん生っていた。


「あれは?」


エリッサは歩く速度すら落とさなかった。


「それも」


さらに後をついていくと、今度は水の上へ垂れ下がるように、黒っぽい実がまとまって生っていた。


今度は近づきもしなかった。


「当てようか。毒?」


エリッサはちらりと実を見た。


「正確には違う。それを食べると二、三日は幻覚を見る」


私はすぐに茂みから離れた。


「なんでこの場所の果物は、どれも誰かを殺そうとしてるんだ?」


エリッサはため息をついた。


「あなたが綺麗で色の目立つものを見るたびに、口へ入れていいと思ってるからでしょ」


「普通、果物ってそういうものだろ」


「ここでは違う。この森では、あまりにも目立つものを見つけたら、まず疑った方がいい」


その言葉で、ずっと昔、学校で習ったことを思い出した。


強い色を警告として使う動物がいる。


理科の教科書に載っていた、小さな蛙の写真を思い出した。


青や黄色、赤い皮膚。


目を引くほど綺麗で、それと同時に、捕食者が二度考えるほど毒を持っている。


私はさっき置いてきた赤い実の方をもう一度見た。


最初に見つけた色鮮やかなものを食べようとする前に、そのことを思い出すべきだったのかもしれない。


「じゃあ、この森じゃ綺麗な色はだいたい危険ってことか?」


「いつもじゃない」


エリッサが答えた。


「でも可能性はある。それに、自分で見分けられない植物なら、自分のお腹で試す価値なんてないわ」


「それはそうだな」


彼女は、森で見つけたものを正体も分からず食べれば、ひどい結果になることがあると説明した。


毒を持つ実もある。


熱を出すもの、身体を麻痺させるもの、幻覚を見せるものもある。


中には、最初は何の異常もなく、何時間も経ってから症状が出る植物まであるらしい。


私は周囲の植物をもう一度見た。


「じゃあ、この森には普通の果物はないのか?」


「あるわよ。でも、あなたには見分けられない」


「信頼してくれてありがとう」


「あなたを生かそうとしてるの」


それには反論しづらかった。


北の村で食べた果物を思い出した。


「村で食べたやつは? あれは美味しかったぞ」


「森の中で適当に採ってきたものじゃないから」


エリッサは、ダークエルフたちが何世代にもわたって特定の植物を育ててきたのだと説明した。


食用に適したものを選び、その中からさらに良いものを選び続けてきた。


そのため、村で育てられている果実の中には、森に自生するものより大きく、苦味が少なく、安全なものもあるらしい。


「じゃあ、あの果物は自然にあんなふうには育たないのか?」


「似た種類なら森にもある。でも、私たちが育ててるものとは同じじゃない」


私は周囲の植物を見る目が少し変わった。


それまでは、ダークエルフたちはただ森について詳しくて、必要なものを森からそのまま手に入れているのだと思っていた。


何世代にもわたって、自分たちが食べるものを選び、変え、生活に合わせてきたことまでは考えたことがなかった。


「どうしてそんなにすぐ全部見分けられるんだ?」


別の水浸しの場所を避けながら、私は尋ねた。


「子供の頃から習うから。触っていい植物、食べていい植物、近づかない方がいいもの。この森で暮らすなら、早いうちに覚えないといけない」


その答えで、こうしたことを教えていたのがエリッサの家族だけではないことも分かった。


森で生き残るための知識は、村で暮らす子供たち全員の生活の一部なのだ。


彼女はそのまま歩き続けたが、根が一面に広がる場所へ入ると、すぐに速度を落とした。


怪我をしている脚が一瞬力を失い、エリッサは近くの幹へ片手をついてから歩き直した。


「大丈夫か?」


私は聞いた。


「歩いてるでしょ?」


「それも答えにはなってない気がするけど」


彼女は横目でこちらを見た。


「じゃあ、変な質問しないで」


私はそれ以上言わなかった。


しばらく無言で歩いた。


泥を踏む音と、根の間を流れる水の音だけが続く。


やがて、その静けさが、目を覚ましてからずっと考えないようにしていたことを思い出すには十分すぎるものになった。


前を歩くエリッサを見た。


彼女はヴェリダンのために、一人で村を出た。


その後に起きたすべて。


ノール。


捕縛。


救出。


そして今いるこの湿原。


全部、彼の死と、犯人を探しに行くと決めた彼女の行動から始まった。


私は少し迷ってから口を開いた。


「エリッサ……」


「何?」


「ヴェリダンのことなんだけど……」


彼女は立ち止まった。


すぐには振り返らない。


数秒間、背中を向けたまま立ち、身体の横で片手を強く握っていた。


ようやく肩越しにこちらを見た時、表情は変わっていた。


「嫌」


私は何と返せばいいのか分からなかった。


「俺はただ――」


「話したくないって言ったの、アルヴェン」


怒鳴ったわけでもない。


激しく怒ったわけでもない。


ただ声が低く、強くなった。


話が始まる前に、それ以上続けることを拒絶する声だった。


私は数秒彼女を見てから、頷いた。


「分かった」


エリッサはまた歩き始めた。


私はそれ以上、その話には触れなかった。


泥と水の間を進みながら、私は再び彼女の足跡を追った。


歩けば歩くほど、自分一人ではできないことがどれほど多いのか分かってきた。


エリッサは足を置く前に地面を確かめる。


危険な植物をほとんど一目で見分ける。


そして、私なら完全に見落としてしまうような森の変化にも気づく。


私は彼女が一度も見たことのない世界の知識を持っているかもしれない。


だが、そのどれも、湿原で沈まずに歩く方法も、食べても安全な実と、数時間身体を麻痺させる実を見分ける方法も教えてはくれなかった。


この場所では、エリッサの知識を信じるしかない。


もし一人だったら、私はきっと何日も生き延びられないだろう。

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