↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/52

風が囁いた:何かに落ちてしまった

風が顔へ叩きつけられ、まともに息をすることすらできなかった。


あの生き物から投げ出された瞬間、私は完全に身体の制御を失い、恐怖の森の木々の間を真っ逆さまに落ち始めた。


目は固く閉じたままだった。


下を見たくなかった。


地面がどこにあるのかも知りたくなかった。


感じるのは風だけ。


激しくはためく服。


そして、木々の梢を突き抜けるたびに腕や肩、脚へぶつかる枝。


反射的に両手を伸ばし、何か掴めるものを探した。


だが、葉も蔓も枝も、掴む前にすり抜けるか折れてしまう。


少し太い枝のいくつかは落下速度をわずかに落とし、身体の向きを変えてくれた。


それでも、目を開ける勇気はなかった。


そんな絶望の中で、馬鹿げた考えが頭をよぎった。


自分が予言に選ばれた七人の英雄の一人だと知った時、私は伝説の剣でも与えられ、偉大な戦士たちから訓練を受け、魔王を倒しに行く前には、どこかの王の前へ呼び出されるのではないかと想像していた。


地図。


きちんと整理された任務。


そして最低でも、自分が何をすべきなのか説明してくれる誰か。


そんなものを期待していた。


だが実際には、ダークエルフの身体で目を覚まし、捕らえられ、追われ、闘技場へ放り込まれ、ほとんど死にかけるような精霊の試練を受け、その直後には巨大な蝙蝠のようなものに脚を掴まれた。


そして今は、名前すら知る前に私を殺せそうな生き物だらけの森の中を、目を閉じたまま落下している。


ここまでのところ、英雄としての私の最大の能力は、本来なら絶対に巻き込まれるべきではなかった状況から生き残ることらしい。


だが、今の状況を見る限り、その能力さえもう長くは続かないかもしれなかった。


そこで、エリッサのことを思い出した。


彼女もあの生き物から投げ出された。


だが、どこにいるのかまったく分からない。


「エリッサ!」


私は叫んだ。


風に声がほとんどかき消された。


もう一度、今度はさらに大きな声で呼んだ。


その時、別の枝が肩へぶつかった。


だが返事はない。


私は必死に、手の届くところにあるものを何でも掴もうとし続けた。


何一つうまくいかなかった。


次の瞬間には、身体が地面に叩きつけられるかもしれない。


岩かもしれない。


あるいは、私の短い英雄人生を終わらせるには十分太い木の幹かもしれない。


もう一度枝を掴もうとして失敗したところで、私は作戦があるふりをするのを諦めた。


さらに強く目を閉じ、肩をすくめた。


「まあ……今度こそ死ぬか」


英雄らしさの欠片もない言葉だった。


だが、その時の私は、英雄らしく聞こえるかどうかなど気にしていなかった。


衝撃を待った。


一秒が過ぎたように感じた。


そして、もう一秒。


その時、背中が何かへ強くぶつかった。


肺の中の空気が一気に押し出された。


だが、背中の下にあるものは衝撃で沈み込み、私の体重を受けて大きく伸びた。


そして、私を数センチほど上へ跳ね返し、もう一度受け止めた。


地面へ叩きつけられる代わりに、私はその上でゆっくりと揺れ始めた。


数秒間、目を閉じたまま荒い呼吸を続けた。


どうしてまだ意識があるのか理解しようとしていた。


枝にぶつかったせいで背中は痛い。


落下の衝撃も残っている。


だが、腕も脚もまだ無事だった。


下にあるものは、木々の間に吊られた巨大な網のように感じられた。


問題は、その感触だった。


粘つく何かが服や腕、脚の一部へ張りついている。


そのせいで小さく身体を動かすことさえ難しい。


構造物自体は、まだゆっくりと揺れていた。


私はさらに二度、深く息を吸ってから目を開いた。


夜目のおかげで、光がほとんどなくても周囲を見ることができた。


太く白っぽい糸が、いくつもの巨大な木の幹の間を走っている。


頭上を通るものもある。


木々の奥へ消えていくものもある。


そして、多くの糸が、まさに私が落ちた場所で交差していた。


私はそれを数秒間見つめた。


エルフが作った網ではない。


蜘蛛の巣だった。


巨大な蜘蛛の巣。


まだ生きているという安心感は、その瞬間ほとんど消えた。


こんなものを作れる生き物が、どれほど大きいのかを想像してしまったからだ。


私は目を完全に開き、落下の途中でどこかを折っていないか確認しようとした。


まず手の指を動かした。


次に脚を動かそうとした。


だが、身体は思ったように動かなかった。


背中。


肩。


腕。


そして脚の一部。


どれも、糸を覆う粘着性の物質に貼りついていた。


上半身を起こそうとした。


だが、頭を少し浮かせるのが限界だった。


力を入れれば入れるほど、糸が伸びて身体を元の位置へ引き戻す。


そのたびに、服や露出した肌へさらに強く張りついていった。


「最高だ……落下から生き残ったと思ったら、今度はここに貼りついた」


もう一度肩を動かした。


すぐに後悔した。


別の糸がチュニックへ貼りついたからだ。


首をわずかに動かせる範囲で、私は周囲の構造をさらに詳しく観察した。


白や灰色の糸が、森の巨大な幹と幹の間を何層にも渡って走っている。


高さもそれぞれ違う。


細いものもあれば、蜘蛛の糸とは思えないほど太いものもある。


糸は上へも下へも伸び、木々の間へ消えていく。


その範囲はとてつもなく広かった。


破れている場所や、使われなくなったように見える部分がないか探した。


だが、助けになりそうなものは何も見つからなかった。


「これを作ったやつが、ずっと前に引っ越してくれてることを心から願うよ」


可能性は低そうだった。


それでも今の私は、この巣の主と会わずに済むなら何だって信じるつもりだった。


左脚をゆっくり引いてみた。


数センチだけ動いた。


その瞬間、いくつもの糸が一緒に伸びた。


小さな振動が、身体の下にある巣全体を伝わっていった。


私はすぐに動きを止めた。


蜘蛛について詳しくなくても、巣の中でもがき続けるのが最悪の考えだということくらいは分かった。


別の方法を考えるより先に、先ほどよりずっと強い振動が糸を伝わってきた。


何メートルか先で何かが暴れ、私の身体の下にある巣全体が揺れた。


苦労しながら顔を横へ向けると、少し上の層に何かの影が絡まっているのが見えた。


膜のような翼は、すぐに見覚えがあると分かった。


「お前もここに落ちたのか……」


あの翼のある生き物だった。


そいつは激しく暴れ、脚を引き抜こうとしながら、まだまともに動かせる方の翼を何度も羽ばたかせていた。


だが、逃げようとするたびに新しい糸が身体へ絡みついていく。


特に翼と脚には、次々と糸が巻きついていた。


細い糸の中には鉤爪で切れたものもあったが、太い糸はびくともしない。


そいつが暴れれば暴れるほど、巣全体が大きく震えた。


そこで、私はまたエリッサのことを思い出した。


首を無理に動かして周囲を探したが、見える範囲の巣のどこにも彼女の姿はなかった。


「エリッサ!」


私は、生き物の立てる音に負けないよう声を張り上げた。


数秒待った。


返事はなかった。


一瞬、彼女は糸の隙間を抜けて、そのまま下まで落ちてしまったのではないかと思った。


もう一度呼んだ。


今度は、私より下のどこかから苛立った声が返ってきた。


「動くのやめて、この馬鹿! 全部揺れてるでしょ!」


馬鹿と呼ばれて、これほど安心したのは初めてだった。


「無事か!?」


「恐怖の森のど真ん中で、巨大な蜘蛛の巣に捕まってるのよ。どう見える?」


その口調からすると、少なくとも文句を言える程度には意識がはっきりしているらしい。


少し苦労したあと、ようやく数メートル下にいる彼女を見つけた。


エリッサは斜めに張られた別の層へ横向きに落ちていた。


片脚は完全に糸へ絡まり、上半身の一部も貼りついている。


片手だけは少し動かせるようだったが、もう片方の腕は背中側で糸にくっついていた。


手首にはまだ縄の跡が赤く残っており、片方には切れた縄の小さな破片がぶら下がっていた。


あの生き物が現れる前に、カエリアが本当に彼女を解放していたのだ。


「それと、これを揺らしてるのは俺じゃないからな!」


私は目だけで生き物の方を示そうとした。


「指一本まともに動かせないんだ。あの巨大な蝙蝠だよ」


エリッサはどうにか顔をそちらへ向け、糸に絡まっている怪物を見た。


「あれは蝙蝠じゃない」


まるで今の状況で、それが一番重要なことだと言わんばかりの口調だった。


「飛ぶし、でかい翼があるし、変な耳もあるし、俺の脚を掴んで運んだ。俺にとっては十分蝙蝠に近い」


エリッサは苛立ったようにため息をつき、絡まっている脚を動かそうとした。


すぐに糸が伸びたため、これ以上悪化させる前に諦めた。


「そもそも全部、お前が俺たちを空中に保ってた唯一のものの翼を刺したせいだろ!」


私は文句を言った。


「どんな作戦だったんだよ!? 俺たち空にいたんだぞ!」


「あの生き物の高度を落とそうとしてたの! 少なくとも私は何かしたわ。あなたみたいに首へしがみついて奇跡を待ってただけじゃない!」


「俺は死なないようにしてたんだ! それだけでほとんど精一杯だった!」


「何もしなかったら、あれに巣まで連れていかれてたかもしれないでしょ!」


私は周囲を取り囲む巨大な糸を見た。


「それで今は、たぶんもっとヤバい何かの巣に落ちたわけだ。素晴らしい作戦だったな」


エリッサの表情が険しくなった。


「そこまでは計算に入ってなかったのよ」


「何の計算だよ!? 木の間を制御不能で飛んでる生き物の上に乗ってたんだぞ!」


彼女は視線を逸らした。


数秒間黙り込み、まるでその部分には答える価値がないと決めたようだった。


それから、再び私を見た。


「そもそも、どうして私を追ってきたの?」


その質問には少し驚いた。


何より、答えはあまりにも分かりきっていると思っていたからだ。


「捕まってたからだよ。助けたかった」


それ以上に複雑な説明は思いつかなかった。


そして、必要だとも思わなかった。


エリッサは自分たちを捕らえている巨大な巣を見回し、それから私へ視線を戻した。


「あなたの助け、素晴らしいわね」


皮肉が戻っていた。


「少なくとも、何百匹ものノールに囲まれて杭に縛られたままじゃないだろ」


「そうね。今はあなたの隣で巨大な蜘蛛の巣に捕まってる。素晴らしい改善だわ」


「少しくらい感謝してもいいだろ。カエリアも、お前の父親も、他のみんなも、あの野営地へ入ってお前を助けるために命を懸けたんだぞ」


エリッサは黙った。


表情の変化はわずかだった。


だが、私の言葉のどこかが彼女を不快にさせたことは分かった。


皮肉が消え、数秒間、彼女は目を逸らした。


そして答えた。


「生きて村へ戻れたら感謝する。それまでは、ここから出る方法を考えたい」


それについては、あまり反論できなかった。


私は再び近くの糸へ目を向け、巣全体を揺らさずに切れそうな場所がないか考え始めた。


「まだ隠してる刃物とかないのか? ブーツとか、服の中とか……ノールに見つからなかったもの」


エリッサは少し迷ってから答えた。


「あの生き物に掴まれる前に、捕まってた場所の近くで武器を一つ拾えた。でも今は届かない。腕が張りついてる」


私は彼女の位置をもっとよく見ようとした。


だが、ここからではどこに武器を隠しているのか分からなかった。


「つまり、武器はあるけど使えない」


「そういうこと」


私はため息をつき、もう一度頭を巣へ預けた。


「最高だな。どんどん良くなっていく」


エリッサは呆れたように私を見た。


「もし何かが出てきて私たち二人を食べたら、手の届かない武器なんて一番どうでもいい問題になると思うけど」


私は言い返そうと口を開いた。


だが、それに対するまともな反論は思いつかなかった。


結局、そのまま黙り込み、この巣を作ったものに出会う前に逃げ出す方法を探し始めた。


私は周囲の構造をあらためてよく観察し、自分たちが落ちた層が巨大な巣のごく一部にすぎないことに気づいた。幹と幹の間には、ほかにもいくつもの面が広がっていた。ほとんど平らなものもあれば、傾いているものもある。それらはすべて、木々の間へと消えていく太い糸によってつながれていた。


古びて見える部分もあった。枯れ葉や埃、小枝に覆われているところだ。だが、明らかに新しい部分もあった。そちらは糸の色がより白く、私たちの服を貼りつけているのと同じ粘ついた物質がまだ残っていた。この場所が放棄されているかもしれないというわずかな希望は、その瞬間に消え去った。


その時、私は糸の間に引っかかっている別のものにも気づき始めた。最初は葉や木の皮の欠片しか見えなかったが、やがて小さな骨が巣のあちこちに散らばっているのを見つけた。さらにその先には、木々の間にぶら下がるいくつもの繭があった。小さなものもあれば、馬ほどの大きさの生き物を包めるほど大きいものもある。中には細長く、どう見ても人型の身体を思わせるものまであった。


その中にまだ生きた何かがいるのかどうかは分からなかった。だが、一つだけははっきりしていた。この巣を作ったものは、小さな動物だけを餌にしているわけではない。


エリッサもその繭に気づいていた。彼女の表情が変わり、さっきまでのような皮肉はもう返ってこなかった。私たちはどんな小さな動きにも気をつけ、これ以上糸を震わせないようにした。


「片手を少しでも動かして、どこかの糸に届かせることはできるか?」と私は低い声で尋ねた。


エリッサは、まだ少しだけ自由の利く腕を動かそうとした。だが、動きに合わせて絹糸が一緒に引き伸ばされた。


「ほんの少しだけよ。無理に引っ張ったら、もっと動けなくなるだけ」


「じゃあ、順調そのものだな」


彼女は苛立った視線をこちらに向けたが、何も言わなかった。私は少しでも緊張を和らげようとした。


「空を飛んでる最中に落とす相手としては、もう少し厄介じゃない生き物を選べたんじゃないか?」


エリッサは言い返そうと口を開いたが、そのまま止まった。


いつもならすぐに返ってくる皮肉を待ったが、彼女は微動だにしなかった。


「どうした?」その沈黙が気になって、私は尋ねた。「猫にでも舌を食われたのか?」


返事はなかった。


私は首を無理に動かして彼女の方を見た。そしてすぐに、何かがおかしいと気づいた。エリッサの目は見開かれていた。だが、彼女は私を見ていなかった。その視線は、私の背後のどこか一点に釘づけになっていた。


その表情だけで、十分に警戒するには足りた。


振り返ろうとする前に、もう一つの異変に気づいた。翼のあるあの生き物が、暴れるのをやめていたのだ。


巣を伝っていた振動は、ほとんど消え去るところまで弱まっていた。残っているのは、私たちの体重でわずかに揺れる感覚だけだった。


私は数秒間じっとしたまま、ゆっくりと首を回し始めた。服に張りついた糸のせいで動かすのは難しかったが、何とか状況が見えるだけは振り向くことができた。


巨大な黒い蜘蛛が、あの翼のある生き物の上に乗っていた。


その身体は怪物の背の大半を覆っており、八本の長い脚は糸の上に軽々と乗っていた。脚には黒い毛が生え、頭部の前面にはいくつもの赤い目が並んでいた。


蜘蛛は素早く動いた。獲物の周囲を行き来しながら糸を吐き、脚を使って生き物の体を回転させていく。数秒のうちに片方の翼が糸の下に消え、続いてもう片方の翼も包まれ、その直後には胴体までも覆われた。


その生き物はもう一度暴れようとしたが、もはやほとんど動けなかった。最後に一度だけ悲鳴が口から漏れたものの、すぐにさらに多くの糸が頭を包み込み、その音をかき消した。ほどなくして、怪物全体が白い繭の中に閉じ込められた。


蜘蛛はその繭を太い糸の一本に固定すると、数秒のあいだその場で静止した。


それから、ゆっくりとこちらへ向き直り始めた。


赤い目が一つ、また一つと繭から離れ、まっすぐに私たちへと向けられた。


蜘蛛は翼のある生き物の繭から離れ、私の方へ進み始めた。


完全に糸へ絡まるまで暴れ続けたあの怪物とは違い、蜘蛛は移動してもほとんど巣を揺らさなかった。


脚は簡単に糸の上へ足場を見つけ、巨大な身体は何層にも重なる絹糸の間を、まるで固い地面の上を歩いているかのように進んでくる。


私はその瞬間、完全に焦った。


腕を引き、上半身を起こそうとし、左脚を糸から抜こうと力を込めた。


だが、状況を悪化させただけだった。


巣は私の動きに合わせて伸び、服や露出した肌へさらに強く貼りついていく。


「動かないで!」


エリッサが命じた。


彼女の声にも緊張はあったが、それでも私よりはるかに落ち着いていた。


「暴れれば暴れるほど、もっと動けなくなる!」


「分かってる!」


私は片腕をもう一度引き抜こうとしながら答えた。


「ただ、巨大な蜘蛛が俺を食べに来てる時にじっとしてるのは、ちょっと難しいんだよ!」


何かできることがないか必死に考えた。


最初に思いついたのはルクス・ミニマだった。


だが、右手は身体の横に押しつけられ、左手は背中の下へ半分入り込んでいる。


たとえこの姿勢で閃光を出せたとしても、あれほど巨大な生き物を止められるかは分からない。


むしろ、さらに怒らせてこちらへ突っ込んでくるだけかもしれなかった。


巣を破る方法も探した。


だが、私には火の魔法がない。


エリッサも動けなさすぎて、助けることはできそうになかった。


完全に追い詰められた一瞬、蜘蛛が近づいてきたら頭突きでもしてやろうかと考えた。


だが、その案はほとんど即座に捨てた。


生き物はそのまま近づき続ける。


いくつもの赤い目は私から離れない。


口元の部分は、あまり長く見ていたくない動きをしていた。


その時だった。


妙に楽しそうな女の声が、巣の上を響いてきた。


「まあ! こんなところで何を見つけたと思う? ダークエルフが二人! うっほーーーい! ダークエルフなんてまだ食べたことない!」


私はその瞬間、ぴたりと動くのをやめた。


数秒間、ただ蜘蛛を見つめた。


今、何が起きたのか理解しようとしていた。


言葉の一つ一つが分かった。


それまで私は、この世界の言葉を理解できる能力にどんな限界があるのか、あまり深く考えたことがなかった。


いつも、人間やエルフ、それ以外の会話ができる種族のためのものだと思っていた。


だが今のは、動物の鳴き声が勝手に言葉へ変換されたようなものではない。


蜘蛛は好奇心を示した。


楽しそうでもあった。


そして、新しいものを食べてみたいという、かなり不安になる好みまで持っていた。


こいつには、本当に言語がある。


そして、もし私がこいつの言葉を理解できるなら、向こうも私の言葉を理解できるかもしれない。


エリッサがこちらを見ていた。


私が突然暴れるのをやめた理由が分からないのだろう。


彼女には、あの声もただ生き物が鳴らす奇妙な音やカチカチという音にしか聞こえていないはずだ。


会話できるかもしれないという可能性だけで、私は戦おうという考えを捨てた。


もし言葉だけでここから逃げられる可能性があるなら、蜘蛛が私を糸で包み始める前に試すしかない。


蜘蛛はもうかなり近くまで来ていた。


脚に生えた黒い毛も見える。


口元が動く様子もはっきり分かった。


私は残っているわずかな勇気をかき集め、蜘蛛が何かするより先に話し始めた。


「待て! 俺を食べる前に、ものすごく重要なことを知っておく必要がある!」


私は必死に続けた。


「俺、もう何日も風呂に入ってないし、汗と埃まみれだし、たぶん自分でも何の生き物か分からないやつの血までついてる! 今の俺たちを食べても、絶対にものすごくがっかりする味だぞ!」


蜘蛛が途中で止まった。


脚は糸の上に置かれたまま。


いくつもの赤い目が、まっすぐ私の顔へ向けられた。


それ以上近づいてこない。


新しい糸を吐こうとする様子もなかった。


エリッサはまだ私を見つめていた。


今度は明らかに、私が生き物へ直接話しかけていること自体に困惑している。


私は微動だにせず、何か反応が返ってくるのを待った。


今ので自分たちの命を救う方法を見つけたのか。


それとも、蜘蛛を数秒だけ混乱させただけで、このあと結局食べられるのか。


私にはまったく分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。