9-3 嫉妬と憎しみの末路
17時を過ぎたあたり。
ゆかりは紅葉と合流し、ユリィの病室へ向かっていた。
明日の午前にユリィが退院する、とクリストフから告げられていた。それで少し気が早いが、退院祝いを渡すことにしたのだ。
プレゼントは白いガーベラの花を模したストラップ。ゆかりと紅葉は、同型の色違いを入手し、3人で「お揃い」にしたのだ。
ゆかりは青色、紅葉は赤色をそれぞれスマートフォンに取り付けている。
「喜んでくれるといいわね」
わくわくした様子で紅葉はそう言った。しかし━
教室にいた時の胸騒ぎ。
思い違いだと思っていた。そう思いたい。
「ゆかり、どうしたの?さっきから何か考えてる?」
俯き気味のゆかりの様子に気づいた紅葉がそう言った。
「いえ、妙な胸騒ぎが━」
医療棟に近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなるのがわかる。額に汗が伝っている。
「……心当たりがあるの?」
察した紅葉が真剣な表情で問いかけた。ゆかりは黙って頷いた。
明らかに様子のおかしい西山遥の姿がゆかりの脳裏にこびりついていた。
あくまでゆかりの直感に過ぎない。取り越し苦労であれば、それはそれで構わない。
2人は駆け足でユリィの元へ急ぐ。
医療棟の建物にたどり着き、自動ドアが開くのを待つ。ガラスの自動ドアの動きがやけにゆっくりに見える。
ロビーを抜け、十字路を目指す。左方向は和真、右方向はユリィがいる病室へそれぞれ向かう通路だ。
交差点を左から右へ、走っていく人影が一瞬見えた。
━遥!?
今一番見たくない人間が走って行く様子が見えてしまった。
「……あの子、確か……」
紅葉が何か思い出したように切り出した。
「知ってるんですか……?」
「後で説明するわ」
2人は交差点に辿り着いた。
「あっちから来たってことは……確か和真君ってあっち側だったわよね?」
「そうです」
「ゆかりは念の為和真君の様子を見てきて。ユリィの方は私が対処するわ」
紅葉の言葉に、ゆかりは黙って頷いた。
━まさか、和真に何か━
紅葉の意味深な指示。
嫌な汗がこめかみを伝っている。
医療棟の廊下を走ってはいけない、という注意書きすら目に入らない。一目散に病室へダッシュ。
「和真!」
ノックをすることすら忘れ、バンっと大きな音を立ててドアを開いた。
カーテンは開いており、和真はベッドで横たわっていることを、ゆかりは確認した。
とりあえず無事を確認できた。一瞬ホッとしたが、どうにも和真の様子がおかしい。
目の焦点があっていない。呼吸が不規則に乱れている。そして何よりも━
和真は涙を流していた。
「和真!どうしたの、和真!」
ゆかりの呼びかけに、和真はゆっくりと顔を向けた。
「西山さんが、ユリィが……」
説明が覚束ない。
「ユリィなら大丈夫だから!何があったの!」
ゆかりは和真の目をじっと見つめた。
━和真が泣くって……よっぽど怖い目に……
「に、西山さんが……無理矢理……」
そう切り出した和真だが、口元を手で隠していた。
その仕草だけで、西山が和真にどんな仕打ちをしたか、なんとなく理解できた。
━そういえばあの噂、本当だったんだ。
西山が和真に告白したという噂。
ゆかりの中で、色々なことが線で繋がった。それと同時に━
「……あいつ」
思わず拳を強く握りしめていた。
あの時から、2人の恋を後押しすることを決めた。
純粋な和真を傷つけた罪を許すことは断じてできない。
━1発ぶん殴ってやりたい……けど━
今は和真の心のケアを優先するべきだ。
「和真、もう大丈夫だから」
ゆかりは子供をあやすような声で言い、病室の入り口に向かう。
「……飲み物、買ってくるね……」
*
紅葉がユリィの病室に入ると、西山がサバイバルナイフを右手に持ってユリィに向かっていた。
それに気づいたパジャマ姿のユリィはベッドから裸足で飛び起き、すかさず臨戦体制に入る。
「……あなた、誰?」
ユリィは無表情を一切崩すことなく淡々と西山に問いかけた。
「同じ学年なのに覚えてないんだね……」
西山は少し声を震わせていた。
「やめなさい!」
西山の後ろから紅葉が接近した。
紅葉がナイフを持つ右手を掴もうとするが━
「邪魔!」
「ごふッ!」
西山の肘が紅葉の鳩尾に綺麗に命中した。
痛烈な一撃に、紅葉は堪らず膝をついた。
━……これ本当に彼女の力なの?明らかに━
朦朧とする意識の中、紅葉は魔法による強化を疑った。それなら、《アンチスペル》で━
━身体が、言うことを聞かない……!
ユリィは蹲る紅葉をチラッと見た。
ユリィの表情は変わっていない。しかし━
病室の空気が徐々に冷えていくような感覚━
「やあぁぁぁぁああ!」
西山が一気に距離を詰め、ユリィにナイフを振り下ろす。ユリィは西山の手を左手で難なく掴んだ。
「くっ!《エンハンスド》!」
西山は左手でユリィの顔面を目掛けてパンチするも、片手で難なく受け止めた。
「化け物が!」
掴み合いになり、西山は苛立ったように吐き捨てた。
「兵器の分際で!愛されるなんてっ!」
ユリィの眉が少しだけ動いた。
「お前のような化け物!和真君を傷つけることしかできないのに、なんでっ!」
掴み合いで西山の両腕は震えていた。しかし、ユリィは機械のように微動だにしない。
「《エンハンスド》!《エンハンスド》《エンハンスド》《エンハンスド》《エンハンスド》《エンハンスド》《エンハンスド》!」
完全に怒りで理性を失い、強化魔法の発動を繰り返す。西山の周りに、赤い光が漏れ始めた。
「ッ、いけないっ!」
ようやく立ち上がることができた紅葉が叫んだ。
そして、病室に、一人の男性が駆けつけた。
クリストフ。
「これは!どういうことだ!やめんかっ!」
クリストフは緊迫した声で怒鳴った。
「……そうかもしれない」
黙っていたユリィがようやく口を開いた。
「……わたしは確かに人を傷つける存在かもしれない、でも━」
ユリィは落ち着いて、淡々と話す。
「……かずまは、それでも『好き』って、言ってくれた」
西山が顔がさらに歪む。
「……だからわたしは、もう逃げない……!」
ユリィが力強く宣言した。西山にとっては完全勝利宣言に等しいだろう。
「《アンチスペル》!」
紅葉が西山に掛かっていた強化魔法をかき消した。
赤い光は、スッと消えた。
西山はその場でへたり込み、顔を手で隠して号泣した。




