表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷銀の魔女  作者:
83/85

8-10 修復へ

 和真のいる医務室の部屋を出たゆかりは、祐一及び竜二とは別行動をとった。


 ゆかりが向かうのは、別の医務室。決闘騒動で負傷し、運ばれたもう1人。


 ノックした後、横開きのドアを開いて部屋に入った。


 カーテンを開けると、ベッドで体を起こしている銀髪の少女、ユリィ。


 ユリィはゆかりの方へ目を配ることなく、ただ真っ直ぐを見つめていた。よく見ると、目の下が少し赤くなっていた。


「和真、目を覚ましたよ」


 ゆかりは丸椅子に腰掛けた。


「……そう」


 最小限の返事。だが、わずかにホッとしていたように見えた。


 しばらく沈黙が続いた。


「ゆかり」


 ギクシャクした空気の中、ユリィが口を開いた。ゆかりはユリィの顔をじっと見つめた。ユリィの目は、今にも吸い込まれそうな錯覚さえ与える。


 何かを躊躇っている様子のユリィだが、目には迷いは見えなかった。


「……ごめん」


 ユリィはそう口にした後、少し俯いた。


「どうしたの、ユリィ」


 何に対しての謝罪か、分からない。


 きょとん。


「……ゆかりに、酷いこと言った……」


 ゆかりは何も言わず、首を横に振った。そして、両手でユリィの手を包み込んた。


「私も言い過ぎた、ごめんなさい。それより、会えるようになったら、和真と仲直りしなさい」


 ゆかりは優しく諭した。ユリィはコクリと頷いた。


「……わたしは、もう逃げない」


「……そっか」


 ユリィの決意を聞いたゆかりは、晴れやかな気分になったと同時に、どこか寂しさのようなものを感じた。


━これじゃあ、勝てるわけないじゃない……。


━好きな人の為なら、命さえ張れるなんて……ユリィが羨ましい……。


 もはや妬むことすら馬鹿馬鹿しい。


「……ゆかり、どうしたの?」


 ゆかりは少しぼんやりしていた。ユリィの一声にハッと我に返った。


「ううん、なんでもない、ちょっと疲れてたのかも」


 そう言ってゆかりは立ち上がった。


「また明日来るね、ユリィ。退院したら、また一緒に買い物に行こうね」


「……うん」


 ゆかりは踵を返し、医務室を後にした。


 ドアから少し離れた後、立ち止まった。


 堪えきれず、頬には涙が伝っていた。





 和真が目を覚ました土曜日の14時頃。


 紅葉は、兼孝にとある部品を持ってきて欲しいと電話で依頼された。紅葉もちょうど1階へ降りる理由があったので、仕方なく持っていくことにした。  


 表玄関の自動ドアを通過し、向かった先は、シマ研の外部客用の駐車場。その駐車場は、平日でも満車になるのは稀である。いわんや休日の土曜日をや。


 しかし、一台だけ車両が止まっていた。  


 軽トラック。  


 白い年季の入った軽トラックは、白線の間を丁寧にバック駐車されている。


 フロント部分の前には、兼孝が胡座をかいていた。黄色のヘルメットを着用し、尻には段ボールが敷かれていた。兼孝の傍には、工具箱、部品の入ったプラスチック製の箱、ジャッキ、消火器などが置かれている。


「……何してんの、貝塚?」


 不審者を見る目で紅葉は訊ねた。


 紅葉に気づいた兼孝はこちらを向き、無邪気に笑って立ち上がった。


「おお、紅葉さん。持ってきてくれたんだー」


 紅葉は指定された部品を兼孝に手渡した。 


 兼孝は軍手を着用しており、油のせいか黒く汚れていた。


 部品を受け取った兼孝は、開いたままの工具箱の中に置いた。


「ところでこれ、何してるの?」


 改めて紅葉が訊ねた。


「これ?国武院から逃げてきた時の軽トラなんだけど━」


「え?返してなかったの?」


「だって気まずいじゃない?今は国武院と暁星学院は対立関係にあるから、とても返す雰囲気じゃないし」


 兼孝はなんでもないかのように言い切った。


「それに、軽トラの借りパクについて国武院の人含めて誰も言及してないし。痺れを切らして堂ノ上理事長に返すかどうか聞いてみたら、『好きにしてよい』って言われたし」


「『好きにしてよい』って……」  


 紅葉はあんぐりしていた。呆れを通り越してもはや面白い。


「コズミックの矢場内さんに渡すのも考えたんだけどね……」


━迷うことなく引き渡せ。


「んで、経緯は分かったわ。今何してるの?」  


 最初の質問に戻る。


「この軽トラ、マニュアル車なんだよね」  


 兼孝は作業しながら話す。


「操作方法をオートマチックに変換して、運転しやすくする改造をしてるんだぁ」  


 サラッととんでもないことを口走る兼孝。


「え、えぇ」


 あたかも簡単にできると言わんばかりにのたまう兼孝に、紅葉は言葉を失った。よく見渡すと、前輪のタイヤの近くに、取り外されたクラッチペダルと思われる物が転がっていた。


「あとは性能向上のために━」


 言葉を失っている紅葉を気にすることなく、無邪気に笑いながら兼孝はさらに続けた。


「ガソリンをハイオク仕様にするんだぁ」


「それって嫌がらせじゃ……」


「ノンノン、紅葉さん、軽トラは男のロマン。男のロマンといえば最高性能を追求することに尽きる。つまり、軽トラをより高性能にすればマジ最強だと思うの!」


 目を輝かせながら意味の分からないことを語る兼孝。


━何言ってんだこいつ。


 思考回路を全く読むことができない。


「さらに4輪駆動にして山道も雪道もばっちり!ここ東京だけど」


 何が恐ろしいか、兼孝には悪意がないことだ。


 完全に「止めても止めないモード」に入ってしまっている。唯一の救いは、人や物に実害を与えるような真似をしないことだ。安全には最大限に配慮しているようだ。


「うん、まあ……せいぜい頑張ってね……」 


 たかだか数分の会話で、紅葉には謎の疲労が蓄積していた。


 本来の目的の場所に向かおうと踵を返すと、1人の女子生徒がこちらに向かって歩いてくる。


 クラリス・ガーフィールド。


「クラリス!」


「しばらくぶりだな、紅葉」


 クラリスは仕事モードを解除し、柔らかい笑みを浮かべていた。


「そうだ、和真君もようやく目を覚ましたんだね」


「ああ、今は起き上がることすら厳しそうだったがな。だが表情はどこか晴れやかだったな」


「国武院の件以来、ユリィさんも和真君も元気がなかったみたいだったし、よかったわ━ところで、クラリスはこんなところに何か用なの?」


 閑話休題。紅葉はクラリスに目的を訊ねた。


「ああ、貝塚と情報共有しておこうと思ってな、紅葉もいるなら話は早い」


 クラリスは資料のようなものを紅葉に渡した後、軽トラックの方を向いた。兼孝は、上半身を軽トラの下に潜り込ませていた。


 紅葉はクラリスのほうをチラッと見た。なんとも言えない表情をしていた。


「……深く考えるだけ無駄だと思うわ」


 紅葉が苦笑いでそう言うと、クラリスも苦笑いし、軽トラックに歩み寄った。


「貝塚。情報共有をしておきたい、今いいか?」


「ん?クラリスさん?いいも悪いもないんでしょ?」


 兼孝がそう言うと、軽トラックの下から上半身を出した。「よっこいしょー」という愉快なかけ声と共に立ち上がった。ボロボロの白衣に付着した埃を手で払い除けた。


「ところで、ここがよく分かったね」


「教員に聞いたら『大袈裟な荷物背負(しょ)って駐車場の方に行くのを見た』とな」


━頭はいいくせに台車を使う知恵はないのね。


 クラリスは同じ資料を兼孝に渡した。


 兼孝は「はてはてはて」と独り言を呟きながら資料を眺めた。


「国武院での一件以降で起きた出来事を時系列順に記載した」


「山梨の研究所にはガサ入れできなかったんだ、おおかた警察が政府から圧力を受けたんだろうね」


 兼孝は諦めに近い表情で吐き捨てた。


「理事長もそうおっしゃっておられた」


「警察が頼りにならないんじゃ、コズミックが独自に動くしかないの?」


「そうせざるを得なかった。コズミックが調査に赴いたが、研究所に入ることすらかなわなかったのだ」


 クラリスの説明を聞いた後、紅葉は兼孝の方を見た。いつになく神妙な面持ちである。


「……どういうこと?」


 紅葉がクラリスに訊ねた。


「どうやら、奴らは傭兵を雇ったようだ」


「傭兵?」


 聞き慣れない単語に、紅葉は訊ねた。


「金さえ払えば殺しや戦争行為を行う人達だね、そうまでして隠したい物があるってことだね」


「……コズミックの調査部隊は傭兵達に返り討ちにされたのだ」


 いつもより声が低くなるクラリス。


 いつになく目が笑っていない兼孝。


 その様子に紅葉は息を呑んだ。


 空気が冷たい。静寂がさらに不安を煽る。


「それで、まさか、研究所にカチコミに行くとか言わないよね?」


 兼孝の言葉に、クラリスは俯き黙り込んだ。 しばらくすると、顔を上げて口を開いた。


「……研究所の件を、今後話し合うことになる。当事者のお前達にも、話し合いには参加してもらう。これは理事長の意向だ」


 クラリスはわずかに視線を逸らした。


「がってん!」


「……え?」


 兼孝の唐突な切り替わりに、紅葉は困惑した。クラリスの眉が少し上がった。


「そういうことなら、ひとつ案があるんだ〜、話し合いの日までに準備しとくね〜」


「あ、ああ、頼む」


「クラリスさんのお願いなら断れないからね〜」


 悪巧みをしている兼孝を、クラリスはポーカーフェイスで見つめていた。彼女の心中を察することは紅葉には出来なかった。


「では、失礼」


 クラリスはそう言い残し、踵を返して立ち去った。


 兼孝はワクワクした表情で作業を再開した。


━私達、というか、この学院、どうなるの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ