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氷銀の魔女  作者:
82/85

8-9 オアシス

 目が覚めると、見覚えのある白い天井。


━ここは?医務室か?


 意識が復活したと同時に、身体の操作権を与えられた和真だった。が━


 起きあがろうとすると背中に激痛が走る。


 足を動かそうとしても、動かせない。


 よく見ると、頭部を含め身体中に白い包帯がぐるぐると巻きつけられていた。


「なにこれ」


 自分の格好に面喰らった和真は、つい言葉に出していた。


「ようやく目が覚めたのか」


 男性の声。


「ルノワール……先生……」


「全く、全身傷だらけで運ばれて来たんだぞ。応急処置は北条がやってくれたから手間はある程度省けたが……」


「ゆかりさんが……?」


「よくもまあ、あんなボロボロになるまで……」


 クリストフは言い放った後、溜息をついた。


「ありがとうございます」


「礼には及ばん。北条に言え」


「あの、ユリィは?」


「別室だ。昨日目を覚ました。彼女は君に比べて軽症だ」


「そうですか、よかった……」


 安堵の呼吸。


 決闘をしていた時は、激しい雷雨だった記憶がある。窓の外からは雨音は聞こえない。どれだけの時間が経過したのか、分からない。


「あとひとつ言っておく、君とフロスト嬢は当分の間、接触禁止だ」


 クリストフから告げられた衝撃的な内容に、和真は思わず「え!?」と漏らした。


()()()()紛いの決闘をしてたらしいじゃないか。残念でもなく当然だろうな」


「え……殺し合い?」


 あまりにも物騒な言葉に、和真はぽかんとした。


━確かに「決闘」とは言ったけど、喧嘩の延長線くらいかと……


「フロスト嬢も全く同じ反応をしていたぞ……そんな壮絶な喧嘩するやつがあるか」


 クリストフは頭を抱え、ため息をついた。


━そっか、確かに、僕もユリィも、「首」を狙ってた……。


「……先程、先生達に連絡を入れた。経緯とか詳しく事を聞かれるかもな」


 クリストフがそう言い終えると、医務室のドアが乱暴に開かれる音がした。


「私は奥へ行く。何かあったら枕元のボタンを押したまえ」


 クリストフはそう言い残した。


 ドタドタと足音。それも複数人分。


 カーテンの影から、1人の女子生徒。


 ゆかりだった。


「和真!」


 ゆかりはベッドに横たわる和真の顔を見た瞬間、目に溜まった涙を溢れさせていた。


「よかった……もう3日も目を覚まさなかったから……」


「え……みっか……?」


━そんなに寝てたのか、僕……。


 ゆかりは和真の手を両手で握っていた。


「よっ、寝坊野郎」


「ようやくお目覚めか」


 ゆかりの後には、2人の男子生徒。


「祐一、竜二……」


「ま、ここ最近の疲労もあるだろうから、ゆっくり休めよ」


 祐一は柔らかい笑みでそう言った。


「完治したらまたゲーセン行こうぜ」


 祐一に続いて竜二。


「ありがとう、祐一、竜二」


「ボクのことも忘れてもらっては困るよ〜」


 2人の男子の後ろからひょこっと出て来たのは兼孝だった。


「貝塚さん……」


「全く、ユリィさんとガチンコ対決するなんて、キミは命知らずのアホだね。ダーウィンがあの世で腹抱えて笑ってるよ」


━この人にだけは言われたくない……。


 ゆかり達の表情を見ると、「お前が言うな」と言いたげな目で兼孝を見ていた。この場に紅葉がいたら間違いなく兼孝をど突いてるだろう。


「でも、キミの覚悟、キミの想い、ユリィさんにはきっと伝わってるよ?」


━ユリィに、会いたいな。


「それに、あの告白、学校中に聞こえてたよ?」


 兼孝の一言に、その場の空気が少し冷えた。祐一も竜二も気まずそうに視線を逸らした。


 しかし、和真は動じなかった。むしろ、達成感のような晴れやかな気分だった。告白は当然ながら大真面目なのだ。それを恥じる必要はない。


 しばらく、沈黙が続いた。


 その沈黙を破るように、ガラガラとドアの開閉の音。


 現れたのは、長めのプラチナブロンドと金緑石(クリソベリル)の瞳を携えた女子生徒。当然ゆかり達と同じデザインの制服だが、細部が異なっている。両肩には、選ばれた者の証である赤色のケープ。右腕には、暁星学院のエンブレムを刺繍した腕章。顔立ちに若干の幼さはあるものの、キリッとした鋭い眼からは、只者ではないオーラを放っている。


「あらぁ、クラリスさんじゃないかぁ、こんばんは〜」


 兼孝は軽い調子で挨拶した。


「生徒会長!?」


 ゆかり、祐一、竜二は反射的に後退りした。


「貝塚、今はまだ午前中だぞ」


「あ……徹夜明けなのバレちゃった、あははは」


 生徒会長が真面目な表情で指摘すると、兼孝は悪びれることなく開き直った。


「……えっと、せいとかいちょう……?」


 和真にとっては馴染みのないフレーズだった。生徒会という言葉も架空の世界のものであった。


「クラリス・ガーフィールド会長だよ、5年制コースの3年生で、生徒達を引っ張るリーダーみたいな人だよ」


 ゆかりが和真の耳元で囁く。


「でも、なんで3年生で生徒会長なの?4年生や5年生がやるものじゃないの?」


 ある意味もっともな疑問を和真は投げかけた。


「5年コースの人はエリート中のエリートだから忙しい人が多いんだ。学年が上がると負担が大きくなるから、負担が少ない次期3年生から選挙で選ばれるってわけよ」


 祐一が和真の疑問に答えた。


「ま、3年コースの人でも生徒会には入れるけど、生徒会長に立候補できるのは5年コースの人だけだな」


 竜二が補足した。


「貴公が東条和真か?」


 クラリスはベッドで横たわる和真に向かった。


「は、はい……」


「目が覚めたと聞いたのでな、療養中に申し訳ないが、3点話すことがある」


 クラリスは事務的に低い声で話す。


━この人、無理に声を低くしてるような……。


「1点目は、退院後の授業日で3日間、貴公とユリィ・フロストの寮待機だ」


━さっきルノワール先生の言ってた接触禁止の話か……。


「これは2人が接触しない為の形式上の処分だ。また殺し合いになる心配はないとは思うがな」


「こ、殺し合いって……」


 あんまりな言い方に和真は不満を溢したが、ゆかり達の顔を見ると小さく頷いていた。


「メールでのやり取りも控えるように。寮からは出られないが、指定の部屋でリモートによる授業を受けることはできる。手順書が置いてあるから読めばわかるだろう」


「はえ〜、そんなことできるんだ」


 横で聞いていた竜二は感心していた。


「分かりました」


「2点目、1点目と重なるが、貴公らの謹慎明けに堂ノ上理事長が会合を開催される」


━会合?


「もっとも、日時は東条の退院のタイミング次第だがな。そこでフロストとも会えよう」


 嫌な予感が頭をよぎった。「退学」という2文字だった。


「……大丈夫だ、ころ……決闘の件を追及する会ではない」


 クラリスは和真の表情の変化に気付き、そう補足した。和真はホッと胸を撫で下ろした。


「3点目、これは個人的なお願いになるのだが━」


 和真は息を呑んだ。


「今度、私と、お手合わせを願いたい」


「え?」


「おおー、スゴイじゃん和真クン、クラリスさんに目ぇ付けられちゃったね〜」


 クラリスの後ろで、丸椅子に腰掛けて足を組んでいる兼孝がニヤニヤとしながら言い放った。


「貝塚さん、言い方」


 ゆかりがそっと嗜めた。


「……分かりました。ぜひ、お願いします」


 和真は二つ返事で承諾した。


 クラリスは一瞬ホッとしたような表情をしたが、すぐにキリッと戻った。


「和真クン、クラリスさんは剣術部の菱井クンより強いよ?」


「貝塚、私と東条のハードルを上げないでもらいたいな」


 クラリスは兼孝を睨みつけた。兼孝は「あっはー」と全く悪びれない。


「菱井は私の剣の先生だ。彼に戦いのノウハウを教えてもらった」


━この人、すごく謙虚な人だ、見習わないと……。


 クラリスは踵を返し、医務室の出口へ向かった。出口の前で、全員に軽く会釈をした。


「では、失礼する」


 そのままドアを開閉し、立ち去った。


 張り詰めていた空気の糸が一気に弛んだ。


「……ふぅ」


 和真は一息ついた。


 兼孝を除く全員がホッと胸を撫で下ろしていた。


「……私たちもお暇しよっか」


「そうだな」


「和真が無事なのも確認できたしな」


 ゆかりの提案に、祐一と竜二が乗る。


「なんだか、眠くなってきた……」


 瞼が重くなる。睡魔に意識を乗っ取られている。


「ま、ゆっくり寝るんだよ?ユリィさんは逃げないからね、じゃねー」


 兼孝はすたこらと医務室を後にした。


「また明日ね、和真」


「養生しろよー」


「じゃーなー」


 3人も続いて医務室を去った。


 和真1人、ポツンとベッドの上。


━せめて、夢の中で会えるといいな……。

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