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氷銀の魔女  作者:
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8-8 死闘の末に

 鉛の積乱雲が学院を包み込んだ。


 ゴロゴロという雷鳴の兆し。


 太陽の温もりを遮られた、肌寒い空気。


 中庭の草木が風に揺られる。


 2人は剣を持ち、互いに向き合う。


 ぶつかり合う視線。互いの呼吸の音。


 和真はガチャリ、と自身の刀を構えた。その瞳の先には、長い銀色の髪を靡かせる少女━ユリィ。


 ユリィもまた、剣を構え、絶対零度の殺気を周囲に放っていた。


 雷光が走る。ほぼ同時に轟音が響き渡る。


 落雷を合図に、2人だけの戦いが始まった。同時に、水滴がポツポツと落ち始めた。


 2人は同時に地面を蹴り、走って距離を詰めた。ユリィの蹴った場所からは砂埃が舞った。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 刃と刃がぶつかり合う。ユリィの本気の一撃が、和真の手に痺れとして伝わる。


 ユリィはさらに間髪入れずに攻撃を続ける。和真は全てどうにかガードする。少しでも油断をすれば、命はない。


━速い!しかも、あの時よりも遥かに一撃が重い……っ!


━落ち着け和真!あの時、どうやって勝てたか━


 和真は、トレーニングジムで試合をした時を思い出した。あれは確か、ユリィの癖を観察して━


「そこだっ!」


 和真は連撃の合間を縫うように下から斬り上げた。ユリィは咄嗟に受け止めたが、少しよろけ、距離を取った。


「後ろを気にする余裕はあるみたいだね!」


「……!」


 和真がそう言い放つと、ユリィは一瞬顔を歪めた。


「僕を殺してみせろ、君が兵器だと言うのなら!」


 和真の挑発に、ユリィは剣を強く握りしめた。ユリィの瞳からは、さらに鋭い殺気━


「……あなたの隣にいると、わたしはおかしくなる……っ!」


 ユリィは目にも止まらぬ速さで和真に接近し、飛び上がって斬りかかる。しかし、和真はそれをバックステップで回避した。鈍い衝撃音と共に、砂埃が舞った。


「……わたしは、あなたを傷つける……っ!」


 砂煙の中から素早く脱出し、続け様に和真に連撃を与える。


「……遠ざけてるのに、なんで来るの……っ!」


「遠ざけるからだよ!」


 ユリィの本気の連撃を、和真はどうにか受け止めた。和真の手首と腕が悲鳴を上げ始めた。


「……かずまには……幸せになってほしい!ただ笑っていてほしいだけなのに!」


 ユリィの悲痛の叫びに呼応するように、雷雨がさらに強くなった。


「勝手に決めるな!君に決めつけられる筋合いはない!」


 時代に雨が強くなる。徐々に身体が冷えていく。


 和真は連撃のわずかな隙を縫い、カウンターを決めた。ユリィは一瞬よろけた。その隙に、刃がユリィの身体を掠めた。切り裂かれたわずかな隙間からは、白い肌を覗かせていた。


「本気の一振りの前に瞬きする癖!人間の証拠だ!」


 ユリィはバックステップの後、


 剣を()()()()()


「なっ!」


 意表を突かれた和真は、矢の如く飛来した剣をギリギリのところで切り払う━が、その後隙にユリィの飛び蹴りをまともに受けてしまった。


「あぐぅっ!」


 突然の蹴りに、和真の身体は吹き飛ばされ、背中を地面に打ちつけた。蹴りをまともに受けた脇腹に鈍い痛みが走る。


「……分からず屋のかずまなんて、だいっきらい!」


 涙交じりの絶叫。ユリィの頬を伝っている水滴は涙なのか雨なのか分からない。


 ユリィは投げつけた剣を拾い、倒れた和真に一歩ずつ迫る。


 和真は脇腹を左手で押さえ、肩で息をしながら立ち上がった。


「……その程度か……?」


 なんとか息を整えながら、和真はそう言い放った。


 冷たい雨が2人の体力を徐々に蝕んでいく。


「……そんなんで……1人でなんでもできると思うな……っ!」


 和真の言葉を引き金に、ユリィは一瞬で距離を詰めた。


「はぁああああああっ!」


「うぉああああァっ!」


 獣のような咆哮。


 雨音。


 雷鳴。


「……助けてなんて、言えるわけない……っ!」


 ユリィの突き出した剣先は、和真の左肩を掠めた。


「……わたしの兵器としての価値がなくなる!」


 ユリィの突きの直撃を免れた和真は、その隙にユリィの脇腹に肘を突いた。


「……そんな価値、要らない!君は、人間だ!」


 脇腹に鈍い一撃を喰らったユリィはバックステップで距離を取った。


「……わたしは、人間に━」


 ユリィの叫びは、雨音と雷鳴に掻き消された。





 晴れの予報だったはずなのに、空が曇り気味になっていた。


 本日の授業が全て終わり、ゆかりは教室で祐一、竜二と雑談をしていた。


「あれ、雨降ってきたな」


「この地域で雷なんて珍しいな……」


 祐一と竜二は窓の外を眺めながら言った。


「そうなんだ、私の地元じゃよく雷鳴ってたから」


 ゆかりはそう答えた。


 雨が強くなるに連れて、ある方向からザワザワと声が大きくなった。


 ゆかり達は気になって生徒たちの集団に近づき、様子を伺った。


「おいあれ、みろよ」


「1年の侍と、氷の魔女じゃねえか」


「なんか、普通じゃないぞ」


 遠くからは、金属と金属がぶつかり合う音。


━和真と、ユリィが、まさか!?


 一瞬で血の気が引いたゆかりは、生徒の隙間をかき分け、窓の外を見た。


 和真とユリィが、剣で戦っている。


 お互いの目が、明らかにおかしい。


━これじゃあ、まるで……!


 殺し合い。


 ゆかりの目には、そう見えた。


━あの2人、なんで……っ!


 気付けばゆかりは走り出していた。


 建物から屋外へ、校庭を目掛けて走る。雨に濡れようが構わない。


 2人だけの戦場を遠くから傘を差しながら見ている生徒達がいた。ガヤガヤと話し声。


 その中には、貝塚兼孝の姿もあった。


「貝塚さん!」


「……あの2人、完全にキマっちゃってるね」


 兼孝はまるで別世界を見ているかのような目をしていた。


「何呑気なこと言ってるんですか!早く止めないと━」


「何の騒ぎだ!?」


 ゆかりが言い切る前に、凛とした女性の声が周囲に響いた。その瞬間、空気が凍りついた。


「……クラリスさんだね」


「生徒会長!?」


 クラリス・ガーフィールド。5年制の3年生で生徒会長。


 クラリスが立ちはだかると、生徒達は反射的に道を空けた。


 クラリスが和真とユリィの決闘を確認するや否や、2人に近づこうとしたが━


 兼孝が、それを制止した。


「これは、どういうことだ、貝塚?」


 鋭く兼孝を睨みつけるクラリス。しかし、兼孝は首を横に振った。


「彼らの覚悟を、見届けよう、クラリスさん」





「うぉおおおお……!」


「やぁあああああ……!」


 声が枯れる勢いで2人は吠えた。


 始まってからどれだけの時間が経過したか分からない。


 気付けば視界が赤色になっていた。


 身体中に無数の切り傷。手首の骨にヒビが入っているような感覚。刀を握る手に力が入らない。


 だが、それは目の前の少女も同じだった。


 美しい銀髪や制服は、鮮やかな赤色に染まっていた。


 冷たい雨が意識を奪う。しかし━


「……まだだっ!」


「……これで……っ!」


 和真とユリィは同時に刃を振り落とした。ガンッという金属音とともに━


 両者の刃が、先に限界を迎えてしまった。


 折れてしまった剣を、躊躇わずに投げ捨てた。


「……それでも!」


「諦めない!」


 2人は拳を力一杯握りしめ、互いに殴り合う姿勢。


 ユリィの拳が和真の頬に直撃。反撃で和真も殴り返した。


 さらにユリィは回し蹴りで和真の脇腹に直撃━喉から血が込み上げる感覚。


「グァはっ!」


 しかし和真はすぐに反撃、ストレートパンチ━


 ━と見せかけて足払いでユリィの体勢を崩した。その隙に、渾身のストレート━


「うぉおあああああああっ!」


 その一撃は、ユリィの小さな身体を吹き飛ばした。しかし━


 和真は、その場で膝から崩れ落ちた。


 ユリィも立ちあがろうとするが、うまく立てない。


 雨はいつの間にか弱くなっていた。


 和真は最後の力を振り絞り、立ち上がった。


 大きく息を吸い込み、小さく吐いた。


「……ユリィ、どうか、聞いて欲しい」


 和真は意を決して、空を仰いだ。呼吸をするたびに胸が痛む。


「……僕は!ユリィのことが、好きだ!」


 校庭中に和真の声が響いた。雨はもう止んでいた。


「強いところも! 強がるところも! 辛くても前を向こうとしてるところも━」


 和真は途中で血を吐いた。腹部を押さえながら、続ける。


「……本当はすごく繊細なところも!君の全部が好きだ!」


 空には虹━


「僕は君の隣に立ちたい!君の運命を、僕にも背負わせて欲しい!」


 ユリィの瞳には、光が灯った。


 頬には、涙が伝っていた。


 ユリィの涙を祝福するように、空の虹が煌めいていた。しかし━


 視界はそこで暗転した。

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