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氷銀の魔女  作者:
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8-6 迷暗に踏み込む覚悟

 目を覚ますと、白い天井。


 泣き疲れていたのか、いつの間にか眠っていた。


━久々によく寝た気がする……1週間分の借金を返済した気分だ……。


 しかし、まだ頭がぼんやりしている。鼻腔に粘液が詰まって鼻呼吸がしづらい。


 時間を確認しようと枕元を弄る。枕元にスマートフォンがないことを悟ると、重い眼をゆっくりと開き、医務室の時計を探す。首を動かすと━


 誰かがいた。


 しかし、その人物は、ゆかりでもユリィでもない。


「あの、東条君、目が覚めた?」


「え……と……西山さん?なんで?」


 西山遥━いつぞやに和真に告白した1年の女子生徒。


 和真は身体を起こした。


「だって、東条君が倒れたって、ゆかりちゃんから聞いたから……」


━だとしても、どうして医務室に?


 和真は訝しむ。西山の目的を探る。


「……前に、好きな人がいるって、言ってたよね?それって、フロストさんのことよね?」


 西山は震える声で口を開いた。


━何故だかわからないけど、イラッとする……。


 和真は西山の質問には沈黙で答えた。それはすなわち、肯定━


「でもフロストさん、顔だけはいいけど、暗いよね、クールぶってて、なんか感じ悪いというか……」


━……ハァ!?


 そんな声が、口から出かかっていた。眉間に皺が寄りかかっていたが、和真はグッと堪えた。


「私、最近の東条君が本当に不憫で仕方ないよ。あの人は散々東条君の優しさに付け込んでおいて、今度は東条君をフッたとか聞いたから……」


━ダメだダメだ!堪えろ和真!


「で、西山さんは、何が言いたいのかな?」


 震える拳を布団で隠し、あくまでも作り笑顔を保つ。


「私は東条君のために言ってるの!あの人と違って、私なら東条君の━」


 西山は和真に身体を━顔を近づけた。


「何をするんだ!やめてくれ!」


━この人、外側は気弱なのに、中身が黒い……っ!


 和真は西山を両手で突き離す。


「君にユリィの何がわかるんだ!」


「私はあなたのことが好きだから━」


「それを押し付けと言うんだ!」


 和真はベッドから立ち上がり、西山を乱暴に振り解く。


「ユリィが、どんなに苦しんで!強がって!それでも一生懸命頑張ってるか、知ろうともしないくせに!ふざけたことぬかすなよ!」


 怒鳴ってから、ハッとした。


 涙目で西山が怯えていた。


「……怒鳴って、ごめん。でも、当分話しかけないでほしい」


 和真は制服のジャケットを羽織り、早足で医務室を出た。ドアの閉まる音がバァン、と廊下に響いた。


 静かな廊下に靴音が規則正しく響く。他の靴音は聞こえてくることはなかった。


━ユリィの真意を知りたい。


 だが、今本人に会えたとしても、間違いなく有耶無耶にされる。


 その前に、然るべき人の所へ━





 理事長室。


 和真が真っ先に向かった場所。


 勢いでやって来たから、当然アポイントメントなど取っていない。


 和真は重厚な木製の扉を軽く叩く。


「入りたまえ」


 部屋の主の威厳の籠った声に怯むことなく、和真はドアノブを捻る。


「失礼します」


 蝶番(ちょうつがい)のギィィという音が和真の緊張感を煽る。


「やあ、和真君、よく来てくれた」


 威厳を保ちつつも、柔らかい口調。


 堂ノ上はシックな椅子に腰かけ、デスクワークをしていた。


「突然お邪魔して申し訳ありません」


 和真はアポ無し訪問を謝罪し、一礼。


 和真の目には熱が籠っていた。堂ノ上は表情を一変させた。


「構わないよ。それよりも、その表情、その目は覚悟が決まった人間のものだ。大事な用なのだろう?」


 優しくも圧の強い口調。しかし今の和真は、それには怯まない。


 和真は一息し、意を決した。


「ユリィの過去━抱えているものを教えていただけませんか?」


 堂ノ上の顔はさらに険しくなる。


「……君がそれを知ったとして、どうするつもりだ?君に何か出来ることがあるとは思えないが」


「ユリィを支えたい、では不十分ですか?」


「君の覚悟は分かるが、知ってしまえば、後戻りはできないぞ?」


「覚悟の上です」


「……」


 堂ノ上は腕を組み、目を閉じた。


 しばらくすると、パッと目を開いた。


 そしてノートパソコンを操作━


「プロジェクターを見たまえ」


 和真は黙って頷き、堂ノ上と同じ方向を向いた。これから聞かされる真実に対して、息を吸って身構える。


「薄々分かっているとは思うが、ユリィ・フロストは、戦うために身体を強化された、人造兵だ」


━やっぱり……。


 和真は息を吐いた。一抹の希望を抱いていたが、現実は残酷であった。


「ユリィは元々はどこにでもいるような少女であった。しかし彼女が10歳の時、彼女の父、パトリック・フロストが事故で死亡━いや、事故に見せかけて殺害された後、彼女の神の力に目が眩んだ者が、研究対象として彼女を幽閉し、人造兵とした」


「神の力?」


「極光魔法だ」


━極光魔法?


「その力を持つ者が、100年に1人存在するかしないかと言われている」


「たった、そんなことで……」


 堂ノ上の淡々とした説明に、和真は本音を溢した。


「これはつい最近の調査で分かったのだが」


 堂ノ上がキーボードを叩く音が部屋に響く。


「人造兵は常人を凌駕する身体能力を持つのは言うまでもないが、それだけではない。飢餓耐性や窒息耐性、毒物耐性など、あらゆる条件に適応出来るようになっている」


━毒物……そういえば。


 あの時のユリィの言葉。嫌いな食べ物を聞いた時の答え。


 トリカブトじゃなければ。


 ユリィなりのジョークだと思っていたが━


「詳しいことはまだ分からないが、人造兵のDNAやタンパク質を調べた所、人間のものとは微妙に異なるらしい。そのため、人間を超えた能力が得られたのではないかと」


 和真は息を呑んだ。


「つまり、ユリィは人間ではないと?」


 和真の手は震えていた。


「いいや、彼女は人間だ。兵器でもなければ、まして神でもない。それは我々の共通認識だ」


 沈黙。


━なんであろうと、ユリィは人間だ。


「だが、これは彼女自身のことに過ぎない」


 意味深な内容。胃の中が急激に冷やされるような感覚。


「彼女には、妹がいる」


「……え?」


 あくまでも淡々と話す堂ノ上とは対照的に、和真の脳内に電流が走った。


━そんなの、初めて聞いた……。


「その名前はエリス・フロスト。恐らく彼女は今も研究所で人造兵として監禁されている」


 整理が追いつかない和真をよそに、堂ノ上は続ける。


「エリスの救出━それがユリィの()()()()()生きる理由となっている」


━生きる理由が、それだけ……?


 胸を締め付けられる。


「先日、ユリィがこちらを訪ねてきた時は、完全に覚悟が決まっている様子だった。自分を犠牲にしてでも成し遂げようという目をしていた」


━まさかユリィ、1人で行くつもりなのか……?


━もしかして、僕を突き放したのは、エリスの事に関わらせないため……!


(くだん)の研究所は調査中だ。もっとも、警視庁が政府に圧力をかけられて捜索が滞っているようだが」


 途中から堂ノ上の説明が頭に入らなかった。


━それでも、僕は。


━踏み込む。


━ユリィが、どんなに僕を遠ざけようとも。

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