8-2 偽りの拒絶
国武院事件の後、負傷した和真は2日間の入院を余儀なくされた。幸い、週末であったため、学校を休むことは無かった。
事件の影響は和真にとって、決して小さいものではなかった。
人を、刃で傷つけた。
急所は外した、殺したつもりはない。しかし━
刀に付着した、生々しい鉄の臭い。
肉を切り裂く感触。
これらの感覚が、和真にこびりついていた。そのためか、数日間は肉類の食事を受け付けなかった。
それよりも━
あれ以降、ユリィとは話せていない。チャットを送っても返ってこない。それどころか、顔を合わせることすら、できていなかった。夜のトレーニングでも会っていない。
国武院事件から1週間が経過したある日。
和真はいつも通り教室に入り、席に座る。そのすぐ後にゆかりがやってきた。ゆかりは和真を見るとすぐに近づいてきた。
「……ずっと、あんな感じ?」
ゆかりが心配そうに和真に問いかけた。
「うん……ゆかりさんのアドバイス通り、最初は1人にしてあげようと思って距離を取ってたけど、日に日に遠くなってる気がする……」
和真には、お手上げだった。
━でも、諦めるわけにはいかない。
「僕は」
和真は拳を強く握る。
「ユリィを、諦めたくない」
和真はわずかに唇を震わせていた。
「ユリィと、全力で向き合いたい」
さほど大きな声でもないはずなのに、教室に響いたような気がした。
「……ふふふっ」
真剣な顔をしていたゆかりが、表情を緩ませて上品に笑い始めた。その様子に和真は「え?」と困惑する。
「和真って、ホントに真っ直ぐなんだね。純粋で、重くて……ユリィが、羨ましい」
「変、かな?」
「ううん、全然。和真なら、きっとできるよ」
*
昼休み。
そのベルが校内に響くと、和真は弁当も食べずに教室を飛び出した。
もちろん、食堂や売店に駆け込む為ではない。
和真より先に教室をすたこらと出て行ったユリィを追いかける。
━話し合いが、したい。
気持ちと共に身体も走り出した。
廊下の角を曲がってすぐに、ユリィがいた。いつもより歩行が速い。
「ユリィ!」
和真が呼びかけると、ユリィは肩をビクッと震わせた。一度足を止めたが、振り向くこともなく再び歩き出した。
「待ってよ、ユリィ!話を━」
速足で歩くユリィを呼び止めようとした。しかし━
「近づくな!」
ユリィの怒鳴り声だった。拒絶。和真には涙交じりの叫びに聞こえた。
体温が一気に下がるような感覚。
「ユリィ……」
頭がうまく働かない。
「どうして……」
それ以外に、言葉が出なかった。
「……かずまなんか、大っ嫌い」
そう言い残し、ユリィは足早に去って行った。
和真は、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
気付けば涙が廊下の床を穿っていた。
*
「やあ、ユリィ、よくきてくれた。ちょうど話し相手が欲しかったところだ」
堂ノ上の低くも優しい声、しかしどこか硬い。
しかし、ユリィのアメジストの瞳は揺らぐことはなかった。
「……研究所の場所、教えて、知っているんでしょ」
いつもの透き通るような声だが、わずかに震えている。
堂ノ上は表情を強張らせた。
「君がそれを知ったところで、どうするつもりかね」
堂ノ上のその声に、優しさはない。しかし、ユリィは揺るがない。
「……エリスを、助ける」
ユリィの声が、理事長室に響いた。窓のカーテンが少し靡いていた。
堂ノ上は深呼吸し、口を開く。
「やめておいた方がいい。君にはこの学院で穏やかに生きる権利がある」
ユリィの瞳は揺るがない。しかし、長い銀色の髪は揺らいでいた。
「それに彼女が生きていたとしても、正気であるという保証はない。もはや君の知っている彼女ではないかもしれない」
「……それでも」
ユリィの決心は固い。
「1人でいくつもりか?」
「……元々そのつもりだから」
「何が君をそこまで駆り立てるのだ?」
「……」
「君の意志が固いことはわかった。尊重しよう。ただし、少し考えさせて欲しい━こちらでも手を打つ」




