表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷銀の魔女  作者:
74/78

8-1 扉

 某日。


 暗い部屋に1人の男が、ノートパソコンのディスプレイに向かっていた。画面には「sound only」の表示。


『目標は取り逃したか』


 ノートパソコンのスピーカーからは男の低い声。


「……申し訳ございません」


 天野は画面に向かって頭を下げて謝罪した。


『まあよい、彼女の所在が確定しただけでも儲け物だ……SNSで生きていることがわかっていたからこそ、貴様に共有した甲斐があったというものだ』


「と、仰いますと?」


『「ユリィ・フロストは危険な兵器」という投稿だ。まさか、生きていたとはな……』


 天野は躊躇しつつ口を開いた。手には汗が付着していた。


「そ、それに関してですが、《タナトス》様の計画が漏洩した可能性があります」


 歯切れの悪い天野に対し、画面の向こう側から「む?」という声。


「資料室が荒らされておりました。暁星学院の連中に見られたかもしれません」


『なぁに、やりようはいくらでもある。こっちは暁星学院の研究成果をタダでお借りしているのだ。対価だと思えばよい』


「しかし、流石にプロジェクト・Yの真実を知られるのは……」


 天野は不安そうに言う。


『知られたところで、人は見たものしか信じない。マスコミはこちらの味方だ。世の中を作るのは我々のようなインテリなのだ』


「左様でございます」


『それより、SANAC(サナック)の連中に勘付かれ始めた。八木沼のガキも我々を探っているようだ』


 画面の向う側の男の話し方には、数秒前ほどの余裕は感じられない。


「八木沼重慶(じゅうけい)元代表のお坊ちゃまですね。身内にも敵がいるとは」


『場合によっては、「事故に遭って頂く」か、「病気になって頂く」ことも必要だとは思わんか?』


 男の提案に対し、天野はしばらく黙った。


「タナトス様の計画を実現するためなら、必要でしょうが、バレてしまった場合は━」


『万が一のために秘書を用意するさ、邪魔な財務官僚を処分できて一石二鳥だ』


 画面越しに悪い笑みを浮かべているのが分かる。それを直感した天野は身震いした。


「では、山梨の研究所にも、いずれ調査が入るのでは?」


『それも大丈夫だ。最強の傭兵を雇っている、公金でな。それにバレたとしてもそれはそれで好都合だ』


「と、仰いますと?」


 天野が訊ねると、男は確信した様に告げる。


『エサを見せつければ、ヤツは来る』


「なるほど、妹、ですか」


 天野は納得したように言った。


『天野よ、これも政治だよ。私は堂ノ上真聖や八木沼重慶のような理想論者でもなければ、総理のような臆病者でもない。理想だけでは世界は動かんのだ』


『閣下、分解工程の人工バクテリアのパターンε(イプシロン)の生成に成功しました』


 画面の向う側からは、閣下と呼ばれる男とは違う男の声が聞こえた。


『ご苦労。Y-03号から07号で再現性を担保できるか試験せよ』


『ハッ!』


「分解工程?」


 天野は怪訝そうな顔で口に出した。


『こちらの話だ。知る必要はない』


「左様でございますか」


 天野が相槌を打つと、男は不敵に笑った。





 あれからというもの、わたしはかずまと口を聞けていない。目線を合わすことすらできていない。


 スマホの画面には、チャットアプリのメッセージの通知。わたしは怖くて開くことができなかった。


 ……わたしのせいなんだ。


 かずまが傷ついたのは、わたしのせい。


 かずまはわたしを庇って、傷ついた。


 かずまを傷つけない、そう決めたのに。


 わたしが近くにいたら、かずまが危険な目にあう。わたしがいなければ━


 だから、わたしは━


 かずまには、もう絶対に近づかない。


 嫌いになったからじゃない。好きだから、近づかない。


 ひとりでもだいじょうぶ。今までも孤独に過ごしてきた。前に戻っただけに過ぎないのに━突然、左腕が無くなったような感覚。


 前みたいに、兵器らしく感情を凍結させてしまえば、つらくない。


 他の人と話している時のかずま。顔は笑っているはずなのに、心から笑えていない。


 どうして?


 どうして?


 わたしは、かずまに笑っていてほしいのに。幸せになってほしいのに。


 わたしが、わたしさえいなくなれば━


 でも、まだ消えるわけにはいかない。


 たったひとりの、妹を助け出すまでは。


 そのために、まずすべきことは━

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ