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氷銀の魔女  作者:
72/78

7-8 認めるということ

 医務室に運ばれた和真は、1時間ほどで目を覚ました。目覚めると、すぐそこにはユリィの顔があった。


 目を覚ました和真は、「人殺し」疑惑の真相について、ぽつぽつと語った。


・安堂、榎本、石動智紀を含む5人組に、日常的に暴行・暴言を受けていたこと。


・ポチという犬が、和真の心の支えだったこと。


・そのポチが5人組に殺されたこと。


・和真は怒り狂い、暴行事件を起こし、石動を意識不明の重体にさせたこと。


・その時の記憶はほとんど残っていないこと。


・その事件によって、和真は「たんぽぽ教室」という特別教室に隔離されたこと。


・石動は命に別状はないと聞かされており、亡くなったという事実は知らなかったこと。


 和真が話し終えると、一行は何も言えずにいた。此人は床に胡座をかいて、何やら思考を巡らせ始めた。


 重苦しい雰囲気に、流石の兼孝も目を逸らしていた。


 ゆかりは俯き、拳を強く握っていた。


 紅葉は何か考えているような表情をしていた。


 ユリィは心配そうに和真をじっと見つめていた。


「かずま」


 最初に重い口を開いたのはユリィだった。


「……大丈夫、かずまは、悪くない」


 その言葉が、一番欲しかったのかもしれない。しかし━


「うん……でも、僕がやったのは事実だから……」


 視界が霞む中、和真は声をどうにか絞り出した。


 そしてユリィは両手で和真の手を━


 包み込んだ。


「……ユリィ……」


 かつて、触れる事を恐れたその手を、和真は受け入れた。


 彼女の手は、ひんやりしていた。しかし、ユリィの思いには熱があった。


 その熱を感じ取った時、和真は感情を決壊させた。頬に水分が伝っている感覚。


「……もう泣かないって、言ったのに……」


 溢れる涙を拭う。


「あー、うん、コホン、2人の世界にちょーっとお邪魔するんだけど━」


 兼孝が咳払いし、申し訳なさそうに話しかけてきた。よく見ると、ゆかりや紅葉もバツが悪そうな顔をしていた。


「結論から言うよ。和真クンは石動クンを殺してない」


 兼孝が断言した。


「なんなら、石動クンの死亡記録すら事実か怪しい」


 キョトンとする和真をよそに、兼孝は続ける。


「和真クンが原因で石動クンが亡くなったというのは、不適切だね」


 兼孝は笑ってみせた。それはいつもの悪巧みの笑みとは違うものだった。


 床に座って考えていた此人は立ち上がり、一言。


「少なくとも、そのことで自分を責める必要はないわ」


「矢場内さん、貝塚さん……」


 此人は和真の肩に手を置き、優しく微笑んだ。


 その時、医務室のドアをノックする音がした。ドアを開くと、意外な人物━


 安堂。


 和真の心臓は強く唸り始めた。


「あ、あんた、何しに来たの!」


 ゆかりが怒鳴る。しかし、安堂は言い返そうとしなかった。それどころか、敵意すら見られない。


 神妙な面持ちで、安堂は和真のいるベッドの前まで歩く。そして━


 床に正座し、頭を下げた。


 土下座。


「……すまなかった、東条」


「……え?」


 その場の全員が、素っ頓狂な声を漏らした。


「俺はお前に、酷いことをしてきた。気に入らないという理由で……っ」


━安堂が、なんのつもり、だ……。


 和真は安堂を見下ろし、少し考えた。


 目的はどうあれ、和真の中では、返事は決まっていた。


「……うん、許さない」


 和真のその言葉には、怒りも悲しみもなかった。


「ポチのことは、絶対に許さない」


 口にした和真自身ですら冷たいと感じる一言に、空気が凍りつく。


「……でも、僕も許されると思ってない」


 沈黙。冷たく、重苦しい空気。


 その場の全員が、かける言葉を探しているようだった。


「俺は、本気のお前に勝ちたかった……」


 安堂は震える声で、語り始めた。


「剣の才能に恵まれ、上達していくお前に、必死に追いつこうと、焦って、妬んで、憎んで……」


 文を紡ぐように、安堂は言葉を絞り出す。


「やり返す力があったのに、やり返して来なかったお前が、気に入らなくて……東条が本気になれば、俺たちが雑魚同然なんて、認められなかった……だから━」


 今にも泣き出しそうな声の安堂。


「……勝負ならいつでも受けるよ」


 和真は笑ってみせた。


「僕が、君のライバルになるよ」


 その一言に、安堂はフッと笑った。


「……お前のそういうところが、気に食わないんだよ」


 和真は、少し息を吐いた。


「……謝る気があるなら、ユリィとゆかりさんに謝って欲しいな」


 和真がそう言うと、安堂はユリィの前に立ち、律儀に頭を下げた。


「無礼を、許して欲しい」


「……かずまが、いいなら」


 ユリィは無表情で目線を和真に向け、答えた。


 次にゆかりの目の前へ、以下同文。当のゆかりは、「う、うん?」と困惑した様子だった。


 ここで終わると、和真達は思っていた。


「北条ゆかり!聞いて欲しい!」


「な、何?」


 安堂はゆかりの手を握り、何かを決心したかのような表情で━


「お前のことが好きだ!付き合って欲しいっ!」


 時間が、止まった気がした。


「え」


 何が起こったか、把握することに時間がかかった。


「ええぇぇぇぇぇぇっ!」


 医務室にゆかりの叫びが響いた。


 和真も、ユリィも呆然としていた。


 兼孝は呆れ気味に「このタイミングで言う普通?」と小さく呟いた。


 ゆかりは目を泳がせながら、一言。


「……今の私は、恋愛に(うつつ)を抜かしてる場合じゃないというか、なんというか〜、ごめんね」


 明らかにその場しのぎの嘘だったが、安堂は項垂(うなだ)れていた。


 沈黙。


「……そうか、すまなかった……」


 安堂はそう言い残し、医務室を去った。


 気まずい空気が流れる。

 

 目を閉じて何かを考えていた此人が口を開いた。


「残念だけど、今から暁星学院に帰還よ」


「なぜですか?まだプログラムが残ってますよ?」


 此人の発言に、兼孝は軽い調子で訊ねた。


「国武院は━」


 皆が此人の顔を見た。


「腐り切ってるわ」


 低い声。


 和真は息を呑んだ。


 ゆかり、紅葉の表情は強張った。兼孝は「なるほどぉ」と悪い笑みを浮かべていた。


「この学校から学ぶことは何もないわ。生徒達の安全を最優先に考え、離脱します!」


 此人はそう言い、スマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけようとした。


「電話が繋がらない、圏外……」


 和真も自分のスマートフォンを確認した。左上に圏外という2文字。


 先程までは電波は繋がっていた。


「━今すぐここから逃げるわよ!」


 此人の一言で状況を把握したのか、全員の表情が一変した。


 どこかでガラガラガラという鈍い音がした。


 医務室から出た一行は、校舎の中から脱出するため、走って出入り口を目指した。


 出入り口は、シャッターで閉鎖されていた。


「どこへ行こうというのですか、矢場内先生」


 背後からは男の声。


「天野……代表……?」


「まだまだプログラムは残っておりますよ?そこまで慌ててお帰りにならなくても」


 天野は何食わぬ顔で立っていた。周囲には、機関銃を持った迷彩服の男が数人。


「私達をどうするおつもり?」


 此人は全員を庇うように前に出た。


「殺しはしません、今はね。どうも我々を嗅ぎ回ってるようで、何が目的ですかな?」


 此人はただ、天野をじっと睨みつける。


 周囲の兵士がガチャリと機関銃を持ち直す音に、和真は息を呑んだ。


「……これが役に立つとはね、事前に図面を確認しておいてよかったわ」


 此人はポケットから何かを取り出した。


「何!?」


「ありがとう、かめむし君!」


 そう言い、此人はボタンのようなものを親指で押した。


 その瞬間、周辺の蛍光灯の明かりが消えた。


「《アンチキネティック》!」


 すかさず紅葉が魔法を発動させた。空間がわずかに歪む。


「な、何が!?まさか、停電!?」


「ナイスよ、紅葉ちゃん!兼ちゃん、みんなをお願い!」


 狼狽える天野をよそに、此人は指示を出す。


「がってん!よいしょー!」


 兼孝はなぜか楽しむように返事をした後、シャッターに臀部を突き出した。どういうわけか、謎の爆発が生じ、シャッターに人が出入りできる大きさの穴が開いた。


「よし、みんな、逃げるよ!」


「《ディープミスト》!」


 ゆかりが魔法を発動させると、周囲は瞬く間に濃霧に包まれた。霧によって兵士達は視界を奪われ、統率が乱れた。


 シャッターの穴から兼孝、ゆかり、和真、ユリィ、紅葉が脱出した。


「どうやら、ASFメイカーまでは電力に頼らざるを得なかったみたいね!」


 此人はそう言い残し、後を追う。


「くっ、逃すな!ユリィ・フロストは捕まえろ!他は殺しても構わん!」


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