7-8 認めるということ
医務室に運ばれた和真は、1時間ほどで目を覚ました。目覚めると、すぐそこにはユリィの顔があった。
目を覚ました和真は、「人殺し」疑惑の真相について、ぽつぽつと語った。
・安堂、榎本、石動智紀を含む5人組に、日常的に暴行・暴言を受けていたこと。
・ポチという犬が、和真の心の支えだったこと。
・そのポチが5人組に殺されたこと。
・和真は怒り狂い、暴行事件を起こし、石動を意識不明の重体にさせたこと。
・その時の記憶はほとんど残っていないこと。
・その事件によって、和真は「たんぽぽ教室」という特別教室に隔離されたこと。
・石動は命に別状はないと聞かされており、亡くなったという事実は知らなかったこと。
和真が話し終えると、一行は何も言えずにいた。此人は床に胡座をかいて、何やら思考を巡らせ始めた。
重苦しい雰囲気に、流石の兼孝も目を逸らしていた。
ゆかりは俯き、拳を強く握っていた。
紅葉は何か考えているような表情をしていた。
ユリィは心配そうに和真をじっと見つめていた。
「かずま」
最初に重い口を開いたのはユリィだった。
「……大丈夫、かずまは、悪くない」
その言葉が、一番欲しかったのかもしれない。しかし━
「うん……でも、僕がやったのは事実だから……」
視界が霞む中、和真は声をどうにか絞り出した。
そしてユリィは両手で和真の手を━
包み込んだ。
「……ユリィ……」
かつて、触れる事を恐れたその手を、和真は受け入れた。
彼女の手は、ひんやりしていた。しかし、ユリィの思いには熱があった。
その熱を感じ取った時、和真は感情を決壊させた。頬に水分が伝っている感覚。
「……もう泣かないって、言ったのに……」
溢れる涙を拭う。
「あー、うん、コホン、2人の世界にちょーっとお邪魔するんだけど━」
兼孝が咳払いし、申し訳なさそうに話しかけてきた。よく見ると、ゆかりや紅葉もバツが悪そうな顔をしていた。
「結論から言うよ。和真クンは石動クンを殺してない」
兼孝が断言した。
「なんなら、石動クンの死亡記録すら事実か怪しい」
キョトンとする和真をよそに、兼孝は続ける。
「和真クンが原因で石動クンが亡くなったというのは、不適切だね」
兼孝は笑ってみせた。それはいつもの悪巧みの笑みとは違うものだった。
床に座って考えていた此人は立ち上がり、一言。
「少なくとも、そのことで自分を責める必要はないわ」
「矢場内さん、貝塚さん……」
此人は和真の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
その時、医務室のドアをノックする音がした。ドアを開くと、意外な人物━
安堂。
和真の心臓は強く唸り始めた。
「あ、あんた、何しに来たの!」
ゆかりが怒鳴る。しかし、安堂は言い返そうとしなかった。それどころか、敵意すら見られない。
神妙な面持ちで、安堂は和真のいるベッドの前まで歩く。そして━
床に正座し、頭を下げた。
土下座。
「……すまなかった、東条」
「……え?」
その場の全員が、素っ頓狂な声を漏らした。
「俺はお前に、酷いことをしてきた。気に入らないという理由で……っ」
━安堂が、なんのつもり、だ……。
和真は安堂を見下ろし、少し考えた。
目的はどうあれ、和真の中では、返事は決まっていた。
「……うん、許さない」
和真のその言葉には、怒りも悲しみもなかった。
「ポチのことは、絶対に許さない」
口にした和真自身ですら冷たいと感じる一言に、空気が凍りつく。
「……でも、僕も許されると思ってない」
沈黙。冷たく、重苦しい空気。
その場の全員が、かける言葉を探しているようだった。
「俺は、本気のお前に勝ちたかった……」
安堂は震える声で、語り始めた。
「剣の才能に恵まれ、上達していくお前に、必死に追いつこうと、焦って、妬んで、憎んで……」
文を紡ぐように、安堂は言葉を絞り出す。
「やり返す力があったのに、やり返して来なかったお前が、気に入らなくて……東条が本気になれば、俺たちが雑魚同然なんて、認められなかった……だから━」
今にも泣き出しそうな声の安堂。
「……勝負ならいつでも受けるよ」
和真は笑ってみせた。
「僕が、君のライバルになるよ」
その一言に、安堂はフッと笑った。
「……お前のそういうところが、気に食わないんだよ」
和真は、少し息を吐いた。
「……謝る気があるなら、ユリィとゆかりさんに謝って欲しいな」
和真がそう言うと、安堂はユリィの前に立ち、律儀に頭を下げた。
「無礼を、許して欲しい」
「……かずまが、いいなら」
ユリィは無表情で目線を和真に向け、答えた。
次にゆかりの目の前へ、以下同文。当のゆかりは、「う、うん?」と困惑した様子だった。
ここで終わると、和真達は思っていた。
「北条ゆかり!聞いて欲しい!」
「な、何?」
安堂はゆかりの手を握り、何かを決心したかのような表情で━
「お前のことが好きだ!付き合って欲しいっ!」
時間が、止まった気がした。
「え」
何が起こったか、把握することに時間がかかった。
「ええぇぇぇぇぇぇっ!」
医務室にゆかりの叫びが響いた。
和真も、ユリィも呆然としていた。
兼孝は呆れ気味に「このタイミングで言う普通?」と小さく呟いた。
ゆかりは目を泳がせながら、一言。
「……今の私は、恋愛に現を抜かしてる場合じゃないというか、なんというか〜、ごめんね」
明らかにその場しのぎの嘘だったが、安堂は項垂れていた。
沈黙。
「……そうか、すまなかった……」
安堂はそう言い残し、医務室を去った。
気まずい空気が流れる。
目を閉じて何かを考えていた此人が口を開いた。
「残念だけど、今から暁星学院に帰還よ」
「なぜですか?まだプログラムが残ってますよ?」
此人の発言に、兼孝は軽い調子で訊ねた。
「国武院は━」
皆が此人の顔を見た。
「腐り切ってるわ」
低い声。
和真は息を呑んだ。
ゆかり、紅葉の表情は強張った。兼孝は「なるほどぉ」と悪い笑みを浮かべていた。
「この学校から学ぶことは何もないわ。生徒達の安全を最優先に考え、離脱します!」
此人はそう言い、スマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけようとした。
「電話が繋がらない、圏外……」
和真も自分のスマートフォンを確認した。左上に圏外という2文字。
先程までは電波は繋がっていた。
「━今すぐここから逃げるわよ!」
此人の一言で状況を把握したのか、全員の表情が一変した。
どこかでガラガラガラという鈍い音がした。
医務室から出た一行は、校舎の中から脱出するため、走って出入り口を目指した。
出入り口は、シャッターで閉鎖されていた。
「どこへ行こうというのですか、矢場内先生」
背後からは男の声。
「天野……代表……?」
「まだまだプログラムは残っておりますよ?そこまで慌ててお帰りにならなくても」
天野は何食わぬ顔で立っていた。周囲には、機関銃を持った迷彩服の男が数人。
「私達をどうするおつもり?」
此人は全員を庇うように前に出た。
「殺しはしません、今はね。どうも我々を嗅ぎ回ってるようで、何が目的ですかな?」
此人はただ、天野をじっと睨みつける。
周囲の兵士がガチャリと機関銃を持ち直す音に、和真は息を呑んだ。
「……これが役に立つとはね、事前に図面を確認しておいてよかったわ」
此人はポケットから何かを取り出した。
「何!?」
「ありがとう、かめむし君!」
そう言い、此人はボタンのようなものを親指で押した。
その瞬間、周辺の蛍光灯の明かりが消えた。
「《アンチキネティック》!」
すかさず紅葉が魔法を発動させた。空間がわずかに歪む。
「な、何が!?まさか、停電!?」
「ナイスよ、紅葉ちゃん!兼ちゃん、みんなをお願い!」
狼狽える天野をよそに、此人は指示を出す。
「がってん!よいしょー!」
兼孝はなぜか楽しむように返事をした後、シャッターに臀部を突き出した。どういうわけか、謎の爆発が生じ、シャッターに人が出入りできる大きさの穴が開いた。
「よし、みんな、逃げるよ!」
「《ディープミスト》!」
ゆかりが魔法を発動させると、周囲は瞬く間に濃霧に包まれた。霧によって兵士達は視界を奪われ、統率が乱れた。
シャッターの穴から兼孝、ゆかり、和真、ユリィ、紅葉が脱出した。
「どうやら、ASFメイカーまでは電力に頼らざるを得なかったみたいね!」
此人はそう言い残し、後を追う。
「くっ、逃すな!ユリィ・フロストは捕まえろ!他は殺しても構わん!」




