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氷銀の魔女  作者: 涼
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7-4 和真の存在

 暁星学院食堂。


 敦賀(つるが)祐一は午前中に強烈な違和感を抱いていた。


 やけに教室が広く感じた━


 その理由は━


 和真がいない。


 和真はゆかり、ユリィと共に校外学習で不在である。


「なあ竜二」


 お昼時の最も賑やかな食堂で、祐一は対面の沙藤(さとう)竜二に話しかけた。


「どうした藪から棒に」


 竜二はカレーを頬張りながら言った。


「……和真ってさ、でかいなって」


「あいつはでかくないだろ、むしろチビじゃね?」


「身長の話じゃなくて、存在の話だ」


「あー、確かに、いないとなんか、足りないというか……」


 竜二はスプーンを置き、コップの水を飲んだ。


「あとさ、思ったんだけどさ」


 祐一は少し視線を逸らした。


「和真ってさ、かわいくね?」


「お前、そっちの趣味が━」


「バカ、そういうのじゃねえよ。ピュアというか、なんつーか、子供っぽいというか、いい意味で」


 祐一は思い出す。


 ゲームセンターでの和真。


 クレーンゲームに夢中になる姿。


 景品を獲得した時の無邪気な笑顔。


「まあ、俺もあん時弟を見てる感じだったから言わんとすることは分かる」


「おまけに、あのベビーフェイスでムッキムキでつえーとか、ある意味反則だろ」


 祐一の声が裏返った。


「あとひとつ、言えることがある」


 祐一はうどんの麺を飲み込んだあと、真剣な目で、一言。


「あいつは、一番怒らせたらダメなやつ」


「……確かに、優しい人ほど怒った時が怖いとは言うよな」


 竜二はスプーンでカレーの容器をコンッと叩いた。


「特に、ユリィ・フロスト絡みだとな」


 竜二は少しニヤッとしながら言った。


「……知ってたのか?」


 祐一は訊ねた。


 和真がユリィに対して好意を持っているという話は、竜二にはしていなかったはずだったが。


「薄々な」


「なあ竜二、いつか、あいつらがどこか遠い所に行ってしまうんじゃないかって、思う」


 祐一は少し寂しそうに言う。


「まあ、あいつにも、春が来たんだよ。俺らは黙って応援してやろうぜ」


 祐一は少し考えた後、「そうだな」と返した。



*



 暁星学院理事長室。


 重苦しい空気の厳かな部屋にいるのは堂ノ上真聖(しんせい)と、サングラスをかけたスーツの男。30歳後半で、肩幅が広く、高身長と言われる堂ノ上よりも身長が高い。


「これは先輩、いえ、八木沼(やぎぬま)先生」


「お前さんにそう呼ばれるのは背中がむず痒いねえ」


 八木沼寿人(ひさとも)━サングラスの男の名前。国会議員。


「共和民主党の先輩がどうしてこちらに?」


 八木沼はサングラスを外した。ギラギラした目が露わになった。


「おいおい、冗談はよしてくれよ。俺ぁ確かに反魔法主義だけど、別に魔法を否定しちゃいねえ。熊谷や小渕みたいなド左翼と一緒にしないでもらいたいな」


 八木沼は苦笑いしながら答えた。


「……冗談を言える相手がいないのでね、立場上」


 堂ノ上はフッと笑った。


「いいってことよ。俺みたいな国会議員は、ちょっとした冗談でも切り取られて難癖付けて報道される。まるでそれが国民の声かのように」


「いつの時代も、メディアは都合の良いニュースで世論を動かしてきました。プロパガンダと言われれば聞こえはいいですが」


 少しの沈黙の後、堂ノ上と八木沼は互いに目を見合わせた。


「本題なんだが━俺がSANAC(サナック)の極秘防衛隊として前線に出た時の話だ」


「SANAC━アジア北大西洋戦略共同体ですか」


 堂ノ上は八木沼が持ちこんだ資料のページを開いた。


「先輩、国会議員になられた今も前線に出ておられるのですか?」


 堂ノ上が訊ねた。


「政府が中革連と手を組んで戦争する準備をしてるって噂もある。戦争で真っ先に駆り出されるのは若者だ。老害どもはただ椅子にふんぞり帰って命令するだけ。俺なりにノブレス・オブリージュを実践してるだけだ」


 堂ノ上は何も言わず、ただ頷いた。


「中革連の平壌(ピョンヤン)で不穏な動きが見られたので、SANACの特殊部隊が現場に向かったんだ」


 堂ノ上は資料を流し見しつつ、話を聞く。


「俺たちが近づくと、銃を持って攻撃してきたやつらの中に、子供もいたんだ」


 堂ノ上は資料から目を離し、八木沼をじっと見た。


「子供なだけならまだしも、そいつは━」


 八木沼は息を呑んだ。その様子に堂ノ上の表情も険しくなる。


「『腕』を、飛ばしてきたんだ」


「腕、を飛ばす、ですか?」


 あまりに衝撃的な内容に、堂ノ上はおうむ返しをするしかなかった。


「そうだ、そうとしかいえない。投げつける感じじゃなくて、『明確に殺意を持って』飛んできたんだ。そしてその腕は持ち主の身体に戻って元通りになった」


「……」


「……他の連中も━日本人ばかりだった。今SANACで遺体の身元の特定を急いでる━なあ堂ノ上、一体何が起きてるんだ?」


 八木沼の問いに、堂ノ上はしばらく目を瞑った。30秒程度の沈黙の後、口を開いた。


「……人造兵、ですね」


「人造兵?」


 聞き慣れない言葉に、八木沼は聞き返した。


「生身の人間を、戦闘用に改造した、生きた兵器」


「まじかよ、無人のドローン兵器の次は人造兵かよ」


 八木沼は肩をすくめた。


「私は1人、人造兵の少女を知っています。もっとも、彼女は別の目的で改造されたようですが」


 堂ノ上は銀色の髪を持つ少女の顔を思い浮かべた。


「……やっぱり、戦争をおっ始めようとしてるって噂は本当だったんだな……」


 八木沼はため息をついた。


 重苦しく、張り詰めた空気の中、2人は沈黙した。


「なあ堂ノ上、歴史って何のために勉強するか、分かるか?」


 先に口を開いたのは、八木沼だった。


 堂ノ上は、顎に手を当てた。


「……人類が過ちを繰り返さないため、でしょうか?」


「親父も言ってたよ。戦争、中央集権、政治の機能不全━時代が動くサインだ」


「今がその時である、と」


「少なくとも、若者にツケを払わせることはさせんよ」


 八木沼は窓に近寄り、外を眺め始めた。


「……なあ、和真は元気にしてるか?」


「ええ、凄く生き生きしています」


 それを聞いて八木沼は安心したように息を吐いた。


「……俺の親父が亡くなってから、国武院はまるで変わってしまった。そんな場所に飼い殺しにされる和真を、不憫に思って『外の世界』に連れ出した俺を怨んでるだろうか」


 八木沼は外の景色を眺める。制服姿の生徒たちがレンガ畳の地面の上を歩いていた。

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