7-3 過去と現在の対立
兼孝と紅葉は初等部や中等部の教室を見学し回っていた。
「紅葉さん、気付いたかな?」
兼孝が不気味な笑みを浮かべた。眼鏡の奥の目が怪しく光っていた。
「何が?」
「ASFの感覚。学院のものと微妙に違うと思わない?」
「言われてみれば。地下の訓練場のは魔法を発動させた瞬間に空気が肌にまとわりつくような感覚になるけど、ここのは━」
「そう、常に何か圧がかかる感じ。まるで魔法そのものを拒絶するような」
兼孝は笑いながらそう言った。普段は冗談みたいな性格だが、その目は冗談ではなかった。
「試しに何かやってみる?」
紅葉は提案した。
「……今はやめとこう」
「……え?」
「建物の中で発動させるのはリスクだね。万が一の事まで考えると、後で屋外で試してみよう。魔力波のスペクトルも見てみたいしね」
兼孝は窓の外を眺めながら理由を述べた。砂地の広場で、中等部の生徒が剣の訓練を行っている。
「学院のASFの作用機序は分かってるね?」
「発動させた魔法の魔力波を、場の魔力波で打ち消すんだよね━まさか……」
「確信はないけど、多分紅葉さんの想像通りだと思うよ。あれは最近発見されたもので、公にはしてないし、実用化もできてない。だとしたら━」
「学院の技術情報が……」
紅葉は息を呑んだ。
「……漏洩してる可能性が高い」
「じゃ、じゃあ……誰が、どうやって?」
紅葉がそう訊ねると、兼孝は黙って首を横に振った。
しばらくの沈黙の後、兼孝が口を開いた。
「……ひとつわかるのは、学院内部の人間。一部の3年生や教職員が対象……これは報告書案件だね」
兼孝の声は真剣そのものだが、口元は緩んでいた。
沈黙。空気が妙に重い。
窓の向こう側からは、声変わりを迎える前の男子達の掛け声が聞こえてくる。体格の良い男性教員の掛け声に応じて剣の素振りをしている。
「……コッチでは『武士道』という科目があるね、一般の学校でいう『道徳』かな」
重苦しい空気を察したのか、兼孝はそれを払拭するように話題を変えた。
「興味深いね。次のコマで『武士道』の授業をする教室に行ってみよ」
兼孝はいつもの軽い調子でそう言った。リーフレットをチェックし、歩き始めた。
━……嫌な予感がする……。
一抹の不安を抱きながら、紅葉は黙って兼孝の後を追いかけた。
*
数学の授業の次は英語の授業だった。
結論から述べると、死屍累々であった。
英語の授業をしていたのは、還暦を迎えたであろう男性であった。この男性は非常に滑舌が悪く、特にカ行の発音が致命的に聞き取りにくい。
そのためか、先生の発言を理解できず、居眠りする生徒が続出した。
ユリィが後ろの席から見る限り、ほとんどの生徒がフリーズしていた。
ユリィ自身も記憶が飛んでいる部分があった。どうにか先生の話を聞こうとするが━
━……何言ってるか全く分からない……。
和真の方を見ると、途中半目になりながらも板書を写すために意地で手を動かしていた。一方ゆかりは、女子がしてはいけない顔で固まっていた。
それでも英語教師は1人で淡々とチョークを動かしていた。
「はい、ひょんはいの授業のポイント、はていほうはほはんりょうは、If説にhad+はほぶんしで━」
ユリィは隣の和真のノートを覗き込んだ。
和真の字は、いつもより雑だった。
*
地獄の英語の授業を終え、教員が教室を出ると、生徒達は授業中の惨状が嘘のようにドタドタと席を立ち、グループを形成した。
「……かずま、眠そうだった……」
「ユリィも目を開けて寝てたでしょ」
和真は笑いながら指摘した。その笑みにつられてユリィもつい口元が緩んだ。
眠気で重くなった身体をほぐしていると、1人の男子生徒が和真に向かった。
「東条!先生が呼んでるぞ〜」
「は〜い、今行くよ〜。じゃ、ちょっと行ってくるね」
和真はそう言い残し、教室を離れた。
それを見計らったかのように、金髪の男子生徒が、ゆかりに近づいてきた。先の授業から時々こちらを睨みつけていた男子である。
「おい、貴様ら」
金髪の男子は狩人のような眼でゆかりを見下ろして威圧した。
ゆかりは一瞬ビクっとしたが、すぐに立ち上がり、臨戦態勢に入った。
「東条和真とはどういう関係だ?」
「そういう言い方をされるとムカつくんだけど?」
ゆかりは怯まずに返した。
「俺の質問に答えろ」
「……和真はふつうに友達、だけど」
ゆかりがそう言うと、男の視線はユリィに向いた。ゆかりがユリィの顔を見ると、ゆかりの顔は凍り付いた。
「おいチビスケ、貴様は?」
ユリィの凍てつくような視線を気にする事なく、男は問いかけた。
「……知らない」
「貴様と東条、随分と親密そうだったが?」
「……知らない」
言いたくない。あなたには関係ない。
「貴様ァ、俺のことバカにしてんだろ?」
男はユリィに詰め寄る。しかしユリィは全く動じない。
「ちょっとあんた!」
ゆかりがすかさず2人の間を割って入る。
「あんたも侍なんでしょ!?その態度があんたの武士道なわけ!?」
「魔法に頼るしかない軟弱者は黙ってろ!」
男は大声で怒鳴りつけた。
教室の空気が一気に凍った。
「安堂、さすがにそれは━」
1人の男子が指摘したが、安堂と呼ばれた男にギッと睨みつけられた。
「そういえば、東条も、魔法に逃げた軟弱者だったなァ━アイツの昔話、聞きてえかァ?」
この言葉に、ユリィの中で何かが切れた。
「アイツぁな、弱くて、泣き虫で、諦めの悪いだけの落ちこぼれなんだぜ?」
ゆかりは何も言わない。
その時、教室に数人の教員と矢場内此人が駆けつけた。誰かが呼んだのだろうか。それに続いて和真も教室に戻ってきた。
「何事かしら」
此人はひどく落ち着いた声で訊ねた。
「ユリィ、ゆかりさん、何が━」
和真が2人に近づき、安堂の顔を見た瞬間、火花が飛びかねない目で睨んだ。
「……チッ、ダルいことしやがる」
安堂は踵を返した。
「話を聞かせてもらうわ」
此人は逃すまいと安堂の腕を掴んだ。安堂は振り払おうと抵抗するも、全く動く気配はなかった。




