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氷銀の魔女  作者:
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7-2 宿命との再会

 国武院の駐車場に到着した一行は、一旦学院に戻るバンを見送り、敷地へ向かった。


 敷地の門をくぐると、いかにも現代建築のコンクリート造りの建物がいくつか鎮座しており、それらの建造物に経年劣化している様子は見られない。


「すご」


「はえ〜」


 各々、建物群を見た感想をこぼしていた。


「武士道って言うくらいだから国武院ってもっと古くさい場所かと思った。()、みたいな」


 今のゆかりの一言は、一行の思ったことを代弁したのだろう。


「言いたいことは分かるけど、それこそ『ステレオタイプ』だよ」


 和真は苦笑しながら言った。今のゆかりの一言で少しだけ心が軽くなった。ズボンのポケットから手を出した。そこには、御守りという名の頭痛薬の箱が入っている。


 一行が受付のある建物へ向かう途中、どこからともなく小さな影が接近してきた。


 犬。秋田犬だろうか。


━ポチ……。


 家族のような存在だった犬。その時の悲しみ、後悔、自責の念、怒り、憎しみなどが絡み合った感情を思い出し、和真は心を痛めた。


 一行が歩き進む中、和真は立ち止まり、犬をぼんやりと見つめた。犬は和真の方を向いた後、どこかへ去っていった。


「……かずま、どうしたの…?」


 和真が立ち止まったことに気づいたユリィも立ち止まった。


「ううん、なんでもない」


 和真はそう言い、駆け足で一行の後を追いかけた。


 一行は受付のある建物の中に入った。


 自動ドアの入り口の正面には受付窓口があり、ガラスの向こうにはオフィスが広がっている。そこでは、職員がパソコンのキーボードを叩き事務作業を行っている。


 此人が代表してオフィスに声を掛けると、職員がやってきた。此人が事情を話すと、職員はピッチで誰かに連絡した。


 数分後、オフィスの奥の部屋からスーツ姿の初老の男性が歩いてきた。


「本日は国立武士学院へお越し頂き、ありがとうございます。私は代表の天野と申します」


 代表の天野巌(あまの いわお)は笑顔で一礼し、名刺を差し出した。暁星学院一行の教員という体である此人とかめむしが天野と名刺の交換をした。


「こちらこそ、このような機会をいただきありがとうございます。私は矢場内、彼は亀梨と申します。本日はよろしくお願い申し上げます」


 此人は代表して営業スマイルで挨拶と会釈をした。和真達も遅れて一礼。


「立ち話もアレなもんで、早速学院を案内します」


 天野も対抗して営業スマイルで学院の案内を開始した。


 国武院は初等部、中等部、高等部に分かれている。一行はそれぞれの教室、体育館、道場などを天野に案内してもらった。外部の人間にとっては意外だろうが、教室の机と椅子は見慣れたものである。


 最終的に天野に連れられた場所は、高等部の教室であった。彼らは国武院の一期生で約30人。学年でいうと高校1年生━つまり和真と同期である。


 和真は見知った顔が自分に視線を向けられることに敏感になっていた。


 天野は教室にいた教員に後を任せ、教室を去っていった。


━この先生、誰だっけ?新しく来た人かな。


「本日は本校と暁星学院の生徒さんとの交流会だ。暁星学院の方々、挨拶よろしくお願いします」


 教員に促され、順番に自己紹介をする。女性陣の挨拶の時に、ヒソヒソと


「女子だ」


「レベルたけー」


「青髪の子俺のドストライクだ」


など聞こえてきた時は和真の目が鋭くなっていた。その隣に立っているユリィは不機嫌に見える和真を不安そうに見つめていた。


「交流会と言っても、午前は同じ授業を受けてもらい、午後は親睦会となる」


「じゃ、3年生組と教員組は引き続き見学、ってことでいいですね?」


 兼孝は右手を上げた。


「ええ、段取り通りなら」


 此人、かめむし、兼孝、紅葉は教室を去った。


 和真、ユリィ、ゆかりは指定された場所に着席した。後ろの方の席であるため、何人かはチラチラと振り向いていた。


「それじゃあ、朝礼は以上だ」


 教員はそう言って教室を出た。


 その瞬間、大勢の男子がゆかりとユリィに群がった。事実上の男子校である国武院の男子生徒たちは鼻息を荒くしていた。


 目の前に男子が次々に質問してくる状況に対し、ゆかりは「ちょっと待って」と言いたげにしていた。ユリィは軽いパニックになり、目で和真に助けを求めていた。


「はいはいお前ら、2人とも困ってるよ。質問は一つずつ」


 男子一同は助け舟を出した和真に注目した。渋々と言った雰囲気であった。


「彼氏はいる?」


「連絡先交換しよ」


「東条とはどういう関係?」


など、和真は1人ずつ指名し、コントロール。


 ゆかりはやんわりとぼかしながら答える。ユリィは「…知らない」の一言で乗り切る。


 和真は質問する男子に対してこれでもかと睨みつけていた。特にユリィに対して興味津々に迫る男子に対しては和真の周囲に稲妻が走っているようだった。


 そして、そんな和真を気に入らなさそうに睨みつける4人組がいた。和真は彼らの視線に気付いたが、特に気にしなかった。


 間も無くしてチャイムが鳴った。丸い眼鏡をかけた穏やかな印象の男性の教員が教室に入ってきた。男子達はバタバタと各々の席へ戻った。


「起立!礼!」


 当番と思われる生徒が元気よく号令をかけた。一礼し、「お願いします」と元気よく全員で挨拶。


「今日は新しい単元の指数対数をする予定でしたが、暁星学院の方々が教科書を持っておられないことを考慮して問題プリントを作ってきました。三角関数は一応やったという話は伺っていますので……」


 教員はプリントを列の人数分を最前の生徒に渡す。1番後ろの和真達にもA3サイズのプリントが行き渡る。


「一旦問題は解いてもらいます。今から20分あげますので、やってみて下さい。一応他の人との相談はありにします」


 和真は問題を読んだ。


━左側は教科書レベルだが、番号が大きくなるにつれ、応用力が試されるな……。


━最後のこれ、大学入試みたい。


━最初はただ計算するだけ。この問題は3倍角で暗記してるから問題ない。最後のは方針は立ってるから計算するだけ……。


 カリカリとペンを動かし、慎重に計算をしていく。プリントが真っ黒に。裏面もびっしりと、計算の跡が残った。


「スペースが、足りない」


 和真はフェルマーのような独り言を呟いた。


 5分で解き終わり、見直しをする前に辺りを見回した。ゆかりとユリィはそれなりにペンが動いている。男子の中には、隣の生徒と相談しながらペンを動かしている者もいれば、用紙に向かって微動だにせず硬直している者もいる。そもそも机に突っ伏している者もいる。

 

 ユリィはペンを置き、和真を見た。


「かずま、終わったの?」


「うん、あとは見直しだけ、ユリィも?」


 和真が訊ねると、ユリィはコクリと首を縦に振った。


「え?あんた達、もう終わったの?」


 ゆかりがこちらを見ながら訊ねた。


「うん、まあね」


「こっちは最後の問題。(2)で詰まってる。式変形が思いつかなくて……」


 和真は立ち上がり、ゆかりの解答用紙を見た。


「あー、これ、sin2xの方を2倍角にすると上手くいかないから、cosxの方に半角の公式を使うとcos2xが出てくるから━」


「あ、そういうこと?ありがとう和真!」


 ゆかりが思いの外大きな声を出した。教室に響いた。全員が一斉にこちらを向いた。


「……ご、ごめんなさ〜い、あははは……」


 ゆかりは目を逸らした。


 和真が席に戻ると、前の席の男子が振り返って覗きこんだ。


「東条、これ、どうするの?」


「えっとね、これはθと2θで加法定理で計算してみて。加法定理は覚えてる?『咲いたコスモスコスモス咲いた』のやつ」


「『渋谷の子ギャルコスプレサイコー』じゃなくて?」


「うん、覚え方は聞いてない」


 気付くと和真の周りには数人の男子が集まっていた。


「みなさん、相談OKとは言いましたが、一応授業中ということをお忘れなく」


 教員が苦笑いしながら注意した。


「はーい!」


 男子達は悪びれることなく元気に返事した。


━返事だけは一丁前なのは変わらないね…。


 和真はこの空気にどこか懐かしさを感じた。


 そんな和真を獲物を狙うような目で睨む男子生徒がいた。


━安堂……譲吉……。


 和真はその視線に気付き、少し心拍数が上がった。


 明確な敵意。


 和真は顔を顰めた。シャープペンシルを持つ手が震えていた。

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