6-10 権力者の思惑④
午前8時頃、シマ研。
紅葉は既に研究室で、1限目の講義を受ける準備をしている。一方で兼孝は机に突っ伏してイビキをかきながら居眠りしている。
━貝塚のやつ、また徹夜明けなの?
兼孝は、自身の研究だけでなく、紅葉の研究のサポート、他研究室からの依頼、さらには下級生のいじめの調査まで請け負っている。平均的な3年生にとってはかなりハードワークのはずだが、本人は「だぁいじょぶだぁ〜ボクが好きでやってるからぁ〜」と、訳のわからない主張をしていた。強がりでないことは紅葉も理解しているが、それが原因で徹夜が続くのも考えものだ。
━こいつ、頭のネジ全部ぶっ飛んでる癖に根はいいやつなのよね…。
兼孝のスマートフォンがピコンと鳴った。その直後、兼孝は上半身を起こし、目を覚ました。
「…おあよ…」
━いや寝起き悪すぎ。
「おはよう貝塚」
兼孝は目を擦り、眼鏡をかけた。
「ん、なんだろ、和真クンからメッセージ…」
兼孝はスマートフォンの通知を見た後、メッセージの内容を確認する。兼孝の目が不気味に光った。
「…今もこんなしょうもないことする人っているんだねぇ」
兼孝は紅葉に和真のメッセージを見せた。
「うわ、これもういじめじゃないのっ」
「クラシカルだけどお手軽かつ陰湿な嫌がらせだね」
兼孝はパソコンを起動させ、文書ファイルを開き、和真からの報告内容を日付を含めて記録した。ユリィが受けた嫌がらせを記録するための報告書として堂ノ上に提出する予定だ。
「和真クンに『疑わしき人物を列挙しておいて。女子のいじめは集団でやってるパターンがほとんどだから』っと」
兼孝がスマートフォンでメッセージを送っている間、紅葉は何気なくSNSを開いた。とりあえずタイムラインをスクロールしてみると、紅葉は信じがたい投稿を発見した。
「貝塚!これ見て!」
紅葉は兼孝にスマートフォンの画面を見せた。
『ユリィ・フロストは危険な兵器』という強烈な一言と共に、ユリィの顔写真がアップロードされていた。写真は学院のデータベースに掲載されているものと同じである。
それを見た兼孝は、フッとニヒルな笑みを浮かべた。
「…あっははははは、あはははははは!」
「なっ、何がおかしいのよ!」
兼孝の高笑いの意味がわからず、紅葉は困惑した。
「まあまあ紅葉さん、これで犯人が特定できるよ。ありがとうぅ〜。あとはボクに任せてよ」
兼孝は新しいおもちゃを見つけた子供のような満面の笑顔で言った。しかし━
「……でももう少し寝かせて」
そう言って兼孝は眼鏡を外し、机に突っ伏した。
「……ほんっと、フリーダムなんだから…」
*
昼休み。
和真は手紙の内容通り、屋上へ足を運ぶ。
階段を登る足が重い。ユリィのことが気がかりである。
屋上への出入り口に到達した。金属のドアノブに触れると、静電気がバチッと和真の腕に走った。
「いった…」
気を取り直してドアを押して開き、屋外へ出た。
この日は雲ひとつない青空が広がっている。
屋上の周囲を見渡すと、1人の女子生徒━
「…西山さん?この手紙は西山さんの━」
「東条君!」
和真の言葉を、西山が無理やり遮った。
「…ごめんね、昼休みに呼び出しちゃって」
「…それは構わないけど」
呼び出された理由に心当たりがない。頭の中をフル回転させているが、思い当たる節がない。
「あの……私……」
西山は息を大きく吸い込み、目を閉じた。
「東条君のことが好きです!付き合って下さい!」
時間が止まったような気がした。
自身の呼吸も、空気の流れも、静止したような感覚━
予想外の出来事に、和真の思考回路はショートした。
「…あ、え……え?」
頭が回らない。声を出すことができない。
和真は目を閉じて、ゆっくり深呼吸した。
「まず、ありがとう。そう言ってくれて、嬉しい。だけど━」
脳裏に浮かぶのはユリィの悲しむ顔、それだけは見たくない。
「僕には、好きな人がいるんだ。君とまっすぐに向き合えないと思う。それは失礼だと思うから、ごめん」
和真は西山の顔を見ながら自分の意思を伝えた後、踵を返して振り返ることもなくゆっくりと屋上から立ち去った。
*
放課後。
兼孝と紅葉は1年生の教室へ向かう。
「犯人はわかったの?」
歩きながら紅葉は訊ねた。
制服切り刻み、靴隠し、SNSによる誹謗中傷。
「今の段階で判明した証拠をまとめて堂ノ上理事長に第一報を送ったよ。まずは制服バラバラ事件のもう1人の犯人は昨日の時点で目星はついてたよ」
「え!?もう理事長に報告したの!?」
「うん、だって小渕さんに直接突きつけたって、時間の無駄だもん。それなら話し合いの余地がありそうな人を相手にする方がいいもん。それにあの人、『自分が悪い』っていう概念が存在しないじゃん?」
教室にたどり着くと、兼孝は目的の人物を探した。先に和真と目が合ったので、「もう犯人は分かった。後は任せて」という合図としてドヤ顔で親指を立てた。和真は頷いたが、伝わったかどうかわからない。
和真はユリィと共に教室を出て行った。ゆかりは違う女子生徒と会話していた。
兼孝の目的の人物は━
西山遥。
「西山遥さんだね?昨日はどうもだね」
兼孝は軽いノリで挨拶した。
西山はぎこちなく礼をした。
「場所を変えよう、ここだと色々不都合だしね」
*
空き教室。
西山は兼孝と紅葉と向かい合って座っている。今にも処刑を控えているような表情だった。
兼孝はスマートフォンで無惨な姿の制服の写真を西山に見せた。
「ちょっと教えて欲しいんだけど、これ、昨日見せたよね?」
西山は弱々しく「はい」と答えた。
「犯人には心当たりはないんだよね?」
兼孝の声は軽いノリのままである。西山は目を泳がせながら間を空けて「はい」と一言。
「昨日キミはこの制服を『フロストさんの制服』だと言ってた。ボクはただ、これを知ってるかどうかを聞いただけなのに、なぜかユリィさんの制服だとキミは知っていた。なんでだろうね?」
西山の顔がわかりやすく青ざめた。
「……だって、あの後でそんなことされそうなのってフロストさんしかいないと思ったから…」
西山は目線を左右に動かしながら必死に反論した。紅葉はじっと西山を観察している。
「わ、私がやったっていう証拠はあるんですか!?」
「岩倉さんに改めて聞いてみたら、もう1人は、西山さんだと言ってたよ。他にも目撃者はいたみたい」
━これは、ブラフ。実際は聞いてないけどね。
西山は、自身の過ちを認めたのか、椅子から崩れ落ちた。紅葉がそっと抱き止め、椅子に座らせた。
「おそらく、キミがやったのはこの深い傷の方じゃないかな」
「どうして、そんなことをしたの?」
紅葉はじっと西山の目を見て訊ねた。
しばらくすると、西山が口を開いた。
「……憎かったから、フロストが」
兼孝と紅葉は黙っていた。
「ゆかりちゃんは、この学校に入ってからのたった1人の友達で、そのゆかりちゃんがユリィユリィってずっとあの化け物の事ばっかり気にかけて……っ!」
今にも泣きそうな声で西山は本音を語り続ける。黙って聞いている兼孝の表情が強張った。
「憎かった……だから、岩倉さんが小渕さんに命令されてフロストの制服をハサミで切ってる時に…魔が差して、私も……」
ついに西山の目から涙がこぼれ落ちた。紅葉はポケットから自身のハンカチを西山に差し出した。
「東条君だってそう、あいつが、あいつさえいなければ……」
西山は堪えきれず、泣き崩れた。
兼孝と紅葉は、ただ、黙っていた。
しばらくすると、兼孝は立ち上がった。
「この事は理事長には報告してある。でも、他の人には公言はしない。何かしらの処分は受けるかもしれないけど」
兼孝は西山のもとへ歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。
「あとは、キミ次第だよ。ユリィさんに懺悔するかどうか、出来ることがあるはずだよ?」
兼孝の声は、子供を諭すように優しかった。




