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氷銀の魔女  作者:
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6-9 権力者の思惑③

 暁星学院理事長。


 厳かな空気が漂う理事長室のデスクには、堂ノ上真聖が煌びやかな椅子に座って堂々と構えている。その横にはコズミックの部隊長であるパブロ溝呂木がずっしりと立っている。


 そんな緊張感のある空気の中、堂ノ上の目の前に涼しい顔をして立っているスーツ姿の青年がいた。20歳前後で色白で長身であるが、矢場内此人ほど細身ではない。何よりも、非常に長い前髪が特徴である。


 堂ノ上は、その青年がまとめた資料を一字一句見逃すことなく目で追っている。溝呂木も立ったままコピーの資料を読んでいる。


「ふむ……よくわかった。ご苦労だったね、亀梨君」


 資料を一通り目を通した堂ノ上に、亀梨と呼ばれた男は何も言わずに一礼した。


「司令、《かめむし》…いえ、亀梨のおかげで与党議員のスキャンダルを発見できましたね。まさか、左派の連中が、中革連の企業から資金を受け取っていたとは…」


 中華革新連合━通称《中革連》は、東アジアの大国で、数少ない魔法推進国家ではあるが、日本ほど魔法技術は進んでいない。


 溝呂木は続けた。


「しかし、彼らが向こうに何を提供していたかまではわかっていないと…」


「そちらは目下調査中です」


 かめむし━亀梨拓夢は口を開いた。


「スキャンダルをマスコミにリークしますか?」


 かめむしは堂ノ上に提案した。


「いや、政治的なカードとして使えるかもしれない。政府にとっては非常に痛いはずだ」


 堂ノ上は立ち上がり、離れたガラスのテーブルへ足を運んだ。靴の音が部屋中に響く。


「……今回の亀梨君の調査で、国武院周辺の出資者まで判明した。これは私としては予想以上の成果だったよ━ご苦労だった。引き続き国武院の調査を頼む。溝呂木隊長も下がってよい」


「はっ、では失礼します」


「はっ、失礼いたします!」


 かめむしと溝呂木はそう言って踵を返し、理事長室を後にした。


「まさか、まだ続けているというのか」


 静かな空間に堂ノ上の低い声がよく響いている。


「《プロジェクト・Y》」





 16時45分。


 和真はユリィと約束した場所に足を運んでいる。


 リュックサックは既に寮の部屋に置いてきたので持ち物はスマートフォンと寮部屋の鍵のみである。


 建物の角を曲がると、いつものベンチには美しい銀髪を風になびかせる少女。


 和真に気付いたユリィは彼の方を向き、少しぎこちなく笑って見せた。和真も微笑んで笑い返した。


 和真はユリィから少し離れてベンチに腰掛けた。


「……かずま」


 ユリィはじっと和真の目を見つめていた。


「どうしたの?」


「……男の子と喋ってるときのかずま、楽しそう」


 ユリィはスカートを掴み、目線を逸らした。


「…うん、楽しいのは事実だよ、でも━」


 和真は一拍置いて、続ける。


「ユリィといる時がいちばん心地いいよ」


 それは本心だ。フィルターのかかっていない、心の底からの本心である。


 和真は自信を持ってユリィの目をじっと見ていた。


 しかし、ユリィは何故か目に涙を溜めていた。ユリィの瞳は、さざなみのように細かく揺らいでいた。


「……どうして、かずまは……わたしが、怖なくないの?」


 ユリィは掠れた声を震わせながら訊ねた。


「なんで?どうしてそう思うの?」


「……さっきの、光……わたしは、化け物、だって……」


 あのオーロラのような光の帯━


 山内の「俺らとは格が違う」という悪意のない声━


「確かに、びっくりしたよ、でも━」


 和真は頭の中で言葉を組み立てた。


「そんな力を持ってたとしても、ユリィは間違って使うような人じゃないでしょ?」


 和真は断言した。


 その言葉に、ユリィは黙って俯いた。


 西陽がベンチの2人を照らす。


「あ!フライパンみたいな形の雲だ!」


 和真がチラッと夕暮れの空を見上げると、フライパンのような雲がぷかぷかと漂っていた。和真はフライパン雲を指差した。


 唐突な話題転換に、ユリィは少し困惑したが、和真の示す方向を見た。


「……ふふっ」


「っはははは」


 ユリィからは自然に笑いが溢れた。その様子を見た和真もつられて笑った。


 人気のない校庭に、2人の幸せそうな笑い声が広がった。





 23時、シマ研の貝塚グループ。


 真っ暗な部屋の中、兼孝はノートパソコンに、採取したデータの入ったSDカードをカートリッジに挿入し、魔力波解析ソフトを起動させる。


 紅葉の研究テーマのためという名目で、データの採取は教員から許可を得ている。


 最も興味深い人物の出番までシークバーを動かす。


 ユリィが極光魔法を発動させた瞬間━


「こ、これは……」


 パソコンモニターのブルーライトが兼孝の眼鏡に反射する。


━やっぱり


━画面が真っ赤だ。


 ライトグリーンの背景に、赤色の線で魔力波を表示するはずのスペクトル図が一面赤色に染まっていた。


━それに、魔法訓練場のASFが数秒ほど完全に消えてしまってる。


 隣の研究室からガラスが割れる音がした。フラスコを誤って床に落としたか。


 真っ暗闇の異様な静けさに、自身の鼻で空気を吸う音が妙に気になる。


━それに、ユリィさん自身の周辺のASFがかき消されてる。


「ユリィさん…キミは、やっぱり…」





 翌朝。


 和真はいつもより早めに校舎に向かった。特に理由はなく、気まぐれだ。


 下駄箱で上履きの靴に履き替えようとすると、何か心当たりのないものが下駄箱に入っていることに気付いた。


 手紙、のようななにか。


 和真はその紙切れを手に取った。ルーズリーフをハサミで切り取ったのだろうか、切り目が少し曲がっていた。その紙には何か文字が書かれていた。


『東条君へ 昼休み、屋上へ来て下さい』


 見慣れない丸い文字に、解読に少し時間がかかった。肝心の送り主の名前は書かれていなかった。


━なにこれ?


 その手紙を制服の胸ポケットに突っ込み、1限目の教室に足を運ぶ。


 教室に入ると、既にユリィが席に着いていた。和真は当然ユリィの隣の席に座る。


 互いにおはようと言い合う。しばらくすると、ゆかりがやってきた。


「おはよ〜、ふたりとも〜」


 ゆかりが挨拶すると、和真もユリィも返す。


 ゆかりがユリィの方を見て、何かに気付いたのか、表情が固まった。


「…ねえユリィ、なんでスリッパなの?上履きは?」


 それを聞いた和真も表情が強張る。嫌な胸騒ぎがする。


「……どこかに消えた」


 ユリィは他人事のように答えた。上履きの靴ではなく、来客用の緑色のスリッパだ。


「どこかに消えたって……」


 まさか━


「隠された?」


 ゆかりと和真は互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。


 脳裏には疑わしい人物を思い浮かべた。


 和真は考えるよりも先に身体を動かしていた。


「ちょっと待って、和真!」


 ゆかりが和真を呼び止めた。


「ここは一旦、貝塚さんに伝えよ。もし犯人が小渕さんだとしたら先生達は動いてくれないと思う」


 祐一の何気ない一言を思い出す。


 親が親だから教師ですら逆らえない。


 親が権力者なら何をしても許される。それをすんなりと認められるほど和真は寛容ではない。


 拳を握る力が強くなる。右手に持っていたシャープペンシルが今にも折れそうな悲鳴をあげている。


「……かずま、ゆかり、わたし、だいじょうぶだから……理事長に言って、新しい靴もらってくるから…」


 ユリィの儚げで健気な発言に、和真は心を痛めた。


 授業の内容が頭に入らない。休み時間の間、紗子を含む数人の女子がユリィの方を見ながらニヤニヤしているところを和真は見た。明確な悪意に、和真は思わず彼女達を睨みつけた。

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