第76話 ライムは狂っている
ただのクズ。
「そうですか。お疲れ様でしたね」
一夜が明け、冒険者ギルドに呼び出されていた僕達。
正確にはエメラルだけで充分だったらしいが、それでも足を運んだ甲斐はあった。
ギルドマスターのライムと直接話す機会を与えられ、コボル洞窟での一件を報告した。
確かにコボル洞窟には様々な異変が起きていた。、
大量に出現したコボルトの群れ。想定の倍以上の数だ。
更には凶暴化したロアコボルト。明らかに常軌を逸していた。
結果的に僕達が倒してしまったけれど、それは相当弱っていたからだ。
残念ながら犠牲になった者達は帰って来ない。
ネイルとシザース。二人の遺体のうち、片方しか持ち帰ることは出来なかったが、冒険者ギルドに戻り、嬉々とした表情を浮かべ帰還を待ち望んでいた所で、衝撃が走った。ネシアの表情の落差は鮮明に覚えていて、僕の胸がグルリと高鳴った。
(なんて言ったら、不謹慎って言われて殺されかねないから言わないけど)
僕一人の胸の内にコッソリ仕舞っておく。
スッと瞼を閉じて意識を切り替えようとすると、テーブルを絵メラルルの鉄槌が叩いていた。
激しい怒りを露わにすると、ライムの顔をジッと睨み付けている。
「そうですか? お疲れ様でした、ふざけないでよね!」
「エメラル?」
「感情的になっても仕方ない」
エメラルの殺意の篭った眼光が、ライムを凝視していた。
けれど全く意に介していないのか、ライムはケロリとコーヒーを一口。
本当はライムの香り漂う炭酸飲料が飲みたそうな顔をすると、軽やかに受け流してしまった。
「どうしました、エメラルさん?」
「どうしたじゃないわよ。ふざけないで、ネイルとシザースが死んでいるのよ。それなのにどうして」
「澄ました顔をしているのか、だよね?」
ライムに対する怒りの原因。それは死者を弔う気も無ければ、興味も示さない。
自分も責任の一端を担っている筈が、まるで“仕方のない犠牲”のように落としている。
余裕の有り余る態度に激昂すると、エメラルの拳は音速の域を越えてライムに叩き込めそうだった。
「確かに惜しい冒険者二人を失ってしまったとは思います。特にそれが〈《黒牙の影》〉でも表立って行動する顔のような役割を果たしてくれていた二人だという事実が損失の大きさを物語っていますよ」
「……名前すら呼ぶ気がないのね」
「おっと、これは失礼しました。確かネイルさんとシザースさんでしたね。本当、二人の貴重な冒険者を失ったこと、心よりご冥福をお祈り致しますよ」
僕が言える口では無いけれど、あまりにも狂っている。まるでチェスの駒のようにしか見ていない。
使い道の無い、その場限りのポーンのような見立てで、エメラルが腹の底から煮え返る理由も理解出来た。
得体の知れない合理性を持っているのか、“有能で有益な強さ”にしかライムの関心は無く、死んでしまった時点で脳の片隅から振り落としてしまう思考回路を持っていた。
「それだけ?」
「はい?」
「本当にそれだけなの? 人が死んでいるのよ」
「ふぅ。エメラルさん、冒険者にとって死は常に隣合わせです。今回は大変痛々しい冒険だった……そう割り切るのが鉄則ですよ」
「何処に落ちてる鉄則よ。大体調査依頼を出したのはライムさん、貴方自身よね。今回は偶々王都への被害は出なかったけれど、冒険者ギルドのギルドマスターなら、少しは冒険者のことも同等に労わりなさいよね」
エメラルの言い分は間違っていなかった。
冒険者とは言え、無謀に飛び込む鉄砲玉じゃない。
ライムも冒険者の端くれならば理解を示している筈だ。にもかかわらず放棄したような態度を取り、腹立たしく見えてしまう。
「ケアですか? 報酬は充分にお支払いしていますが」
「そういう問題じゃないのよ!」
冒険者が金銭だけを目的に動いていると思うのは多いな間違い。
ライムは根本的に人間に必要不可欠な社会性や理性が欠けているらしい。
僕も同じようなものだけど、それをより一層深く黒く煮詰め、ドロドロがコテコテになるまで掻き混ぜたような異質な精神を抱いている。クロンも険しい表情を浮かべると、ライムを激しく軽蔑する。
「それにしても王都に被害が出ずよかったです。本当、冒険者の皆さんには感謝しています」
「ふざけないで。みんな怒っているわよ!」
「怒る? では報酬をもう少し上乗せしましょうか。その分ランク下位の依頼に与えられた報酬額を減額し……」
「暴挙にも程があるわよ!」
ライムの発想は何処か狂っている。それでも冒険者ギルドのマスターなのか?
イマイチ信用出来なくなると。、エメラルは怒ることさえ億劫になっていた。
急激に怒りのベクトルが変わり、心が冷却されたような不快感を虚無が受け止める。瞬間冷却とはまさにこのことで、エメラルでさえ得体の知れないライムを人間としては見なかった。
(合理性の化物だね)
流石に口には出来ない悪口だと理解していた。
僕は推し量って心のゴミ箱にポイッと放り投げる。
自分らしくないと、サイコパスな本性を隠してしまうと、エメラルは最期に一つだけ物申したいことがあった。
「ライムさん、最後に一つだけいいかしら?」
「はい、なんです?」
「今回のコボル洞窟のこと、何処まで知っていて、こうなることが分かっていたの?」
それはまるでライム自身がコボルトの大量発生や、ネイルやシザースの死に、根本の部分から関わっていると睨むような言い回しだった。
当然否定的に済ませるのがライムであり、エメラルからの信用をこれ以上下げるのは、ディスカベル冒険者ギルドの評判に関わってしまうと自覚していた。道雪包み隠してしまうのがオチだ。
「面白いことを聞きますね。仮にそうだとすれば?」
「「!?」」
「私は絶対に許さないわよ。絶対にね……オボロ・クロン、行くわよ」
否定をするつもりが無い? これは想定外だ。
僕は瞬きをして、クロンも表情では読み難いけれど動揺しているのが窺えた。
そんな中でもエメラルだけはライムの真意を見極めようと苦言を呈し、最終的には理解しがたいものとして畏怖する。
それが正しいと思い、僕らはいち早く退散することにした。これ以上踏み込んではいけないと、直感が囁いている。
「全くエメラルさん達は大変面白いですね」
腕を組み、肘をテーブルに預けるライム。
その声音は不気味であり、まるで味を確かめるような口振りで、やけに気持が悪かった。
そんなことを扉越しに思いつつ、僕の胸が血を騒ぎ立てたのだ。
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