第74話 ロアコボルトを倒して
美味しい所は持って行く。
頭の中がスッとした。世界が空虚なものになった。
異様までの透明感で見渡すと、視覚情報が五感を通じて脳内に広がった。
ああ、心地がいい。気持がよすぎる。血のニオイに釣られるように、僕は短剣をクルクル回した。ハイになってしまうと、いつもの自分が見失われる。
「それじゃあガンガン攻めようか……なっ!」
両手に持つのは赤と緑の短剣。
どちらにも魔力を流すと、赤は炎を緑は風を纏った。
調子に乗って飛び出すと、ロアコボルトは警戒しながらも落ちていた大剣を拾い上げて振り下ろそうとする。
「ヴァウワウジャァァァァァッ!」
「けたたましく吠えてもさ、あははははははははははははははッ!」
だけど僕の敵じゃなかったんだ。
飛び出した瞬間、大剣を素早く躱すと、探検同士を十字に組む。
その状態で押しあてると炎が風に煽られ爆発すると、ロアコボルトの手にした大剣が地面に落ちた……手首の関節が弾け飛び、丸ごと落ちていた。
「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
「遅い遅い遅いよねっ、そんなんじゃつまらないよねっ!」
絶叫を上げるロアコボルトは、両腕が無くなって攻撃出来なくなる。
全身が嗚咽を発し、ドロドロの体液を絶え間なく出し続ける。もはや放っておいても倒れてしまいそうだったが、僕は容赦しない。理性が本能に塗り替えられると、ロアコボルトの全身を切り刻む。
何本もの小さな線がロアコボルトの体に突けられると、徐々に開き、血管が破裂して筋線維がボロボロに朽ち果てた。
「あははははっ、血だ血だ血が溢れて気持ちいいねぇ!」
大量の体液……という名の血液のシャワーが僕をより一層苛烈させる。
本当楽しい、気持が言い、純粋な殺意が湧き上がって来るよ。
もう誰も僕を止められない、止まらない、止めたかったら僕より強くあって欲しい。そんな我儘を発すると、ロアコボルトの腕と脚の健を切った。
「はぁ、完全に我を忘れてるわね。クロン、援護するわよ」
「うん。縛れ。ブラックバインド」
付け入る隙が見当たらないみたいで、エメラルとクロンは呆れていた。
別に止めるつもりは無いらしく、僕の援護に回ってくれる。
嬉しいね。クロンがブラックバインドでロアコボルトの身動きを封じ、その拍子に躓いて仰向けに倒れると、躊躇せずに胸に乗った。
「よっと。あはは、いい顔だね。僕のことが怖くなっちゃった? そうだよね。それじゃあ……もっと楽しもうよ?」
ロアコボルトの胸筋はかなり分厚くて広かった。
座り心地はよくなかったけれど、両足でガッチリホールドする。
これで振り落とされない。恐怖心を感じ、全身が硬直していると、僕は短剣を逆手に持った。
「ふふぅーん。ねぇ、エメラル」
「なによ?」
「トドメ、刺さなくていいの?」
僕はエメラルのことを考えた。ここまでずっと前線を張ってくれていた。
だけど僕が今は前線になって、勝手に戦ってるんだ。それで勝てればいいけどね。
一応エメラルの殺気を感じ取って、自然と視線を向けると、もう諦めているみたい。
「はぁ。それは最後にするわ」
「そっか。それじゃあ……楽しんじゃうね」
僕はエメラルに許可を貰った。とりあえずトドメだけはエメラルに任せる。
それまでは僕が全力楽しんじゃおう。そう思うと、逆手に持ったナイフを、ロアコボルトの胸に突き刺した。
「えいっ!」
グサッ!
「ヴァウ?」
「まぁ効かないよね」
短剣を刺してみるけれど、全然刺さらなかった。
筋肉の強靭な防具に阻まれると、数滴体液が噴き出るだけだった。
相当強固な体らしく、ロアコボルトは拍子抜けして余裕を取り戻したりは……出来ないんだよね、これが。
「それならさ、何度も何度も何度も何度も」
僕は二本の短剣を交互に同じところに突き刺し続けた。
最初は我慢出来るかもしれない。痛みは多分だけど無い。筋肉の鎧に阻まれ、探検が先に折れてしまうかもしれない。
様々な可能性を考慮……するつもりは無く、僕は短剣を突き刺し続ける。その手を一切止める気は無く、ロアコボルトの表情が歪んだ。
「ヴァ、ヴァウジャァ!」
「あはは、ダメだよ。動くと出血量が増えて……早く死んじゃうよね?」
今の僕にとって、ロアコボルトは敵でさえなかった。
目の前で転がる肉塊であり、血を噴き出すオモチャだ。
容赦のない殺意を滲ませ、探検を突き出すと、噴水のように散飛沫が上がり、僕の顔に掛かった。
気持がいい。生温かくて楽しい。愉悦に浸ると同時に、ロアコボルトは恐怖を感じた。
きっとネイルを殺した時、ただ自分の本能と暴力性で容赦をしなかった筈だ。
それが壁に背中を預けた亡骸で、シザースはもっと無残に殺されたに違いない。
それを思えばボクのやっていることは純粋無垢。痛めつけることに快感を覚えていた。
多分も何もサイコパスと表されるに違いない。それでも止めない、止めるなんてもったいない。
短剣を突き刺し、即死させないように疑似心臓でもある魔石核を外した。
「あははははははははははははははははッ、いいよいいよ、その顔だよ。もっと、もっと僕を楽しませて……」
「(ゴン)やり過ぎよ、オボロ」
——僕の意識が途絶えた。後ろから気配もなく振り下ろされた蹴り。頭蓋骨が割れるような衝撃が走ると、僕はロアこのボルトの上に倒れる。
かと思えば、オボロの体は黒い鞭によって拘束されていた。面倒臭そうにポーションを振りかけ全身の血飛沫を洗い流すと、「ふぅ」とクロンが吐息を漏らす。
「エメラル、終ったよ」
「そう。こっちももう死んでるわね」
エメラルはクロンにオボロの回収を任せていた。
どうせこうなると見越しており、いざとなればオボロを止めることを想定していた。
あまりにもやり過ぎだったこともあってか、何処で介入するかヒヤヒヤしていたが、流石に純粋過ぎる殺意はエメラルの前には無慈悲に潰えた。
「全く、流石にやり過ぎよ」
「でも強かったね」
「強かったらなにをしてもいい訳じゃないのよ。冒険者は節度を守らないと、そんなに野蛮な人殺しと同じよ」
オボロを回収すると、ロアコボルトの様子を確認した。
エメラルの見立ても何も、既に絶命している。オボロの突き刺した胸の刺し傷に四尺刀の鞘を突き刺すと、胸骨が折れ、傷一つ無い魔石核が取り出せた。
如何やら出血多量によるショック死だったらしい。もはや動かない死骸が出来上がると、エメラルはやるせなかった。
「はぁ。結局私がトドメを刺したのは、オボロだった訳ね」
「悔しいの?」
「いいえ、悔しくなんて無いわよ。それよりクロン、私も一発蹴り飛ばしていいかしら?」
「うん、いいよ」
エメラルがトドメを刺したのは、まさしくオボロだった。
おかげで気絶させ、意識を取り戻す頃には元に戻っている筈だ。
とは言えやるせないままの感情があった。本当はよくないのだが、死体蹴りをしたいと思ってしまう。
そんなエメラルの気持ちを汲んでか? クロンは背中を押した。
「そう。ネイルやシザースとの絡みなんてほとんど無かったけど、私の大切な友達を傷付けた貴方を決して許さないわ!」
エメラルはネイルとシザースのことを思った。
直接的なかかわりはあまりなかったものの、冒険者という同業者であり、王都の一角を担う冒険者でもあり、ましてや経験も豊富だ。そんな二人の命を奪ったことを力任せに弔うことにして、思いっきり頭を蹴り飛ばした。
ブォ―――――――――――――――ンッ!!!
ロアコボルトの頭が吹き飛んだ。
頸から外れて飛んで行くと、壁に叩き付けられる。
もはや組成は不可能であり、ロアコボルトの命を完全に奪い去ると、エメラルは満足感を得た。とんでもないカタルシスに包まれると、両腕を伸ばして体の緊張を大幅に解く。
「ふぅー、スッキリしたわ」
「エメラル豪快」
「偶にはいいでしょ、偶には。それよりも、オボロとネイルの遺体を拾って帰るわよ」
「ううっ、重いのは無理」
エメラルは感情の悪魔を爆発させ切った。
クロンも久々に豪快なエメラルの活躍を見られただけで満足する。
表情は変わらなかったが、少なくとも親友のストレス発散現場を見て、面白いと不謹慎に思う。
何処かエメラルは複雑な感情を抱いていた。
けれど恥ずかしさなんてものは無く、未だに気を失ったままのオボロに溜息を漏らす。
これ以上ここにいても意味は無い。コボルトがこれ以上盛んに暴れ回ることは無いと信じ、ネイルの遺体も丁重に持ち帰ることを決めた。
「いいから行くわよ。それと、戻ったら絶対に問い詰めるわ」
クロンを無理やり働かせるエメラル。
とりあえずクロンにはオボロが起きるまで任せることにし、ネイルの遺体を袋に仕舞う。
魔法の鞄から取り出した人一人が入るサイズの寝袋に包むと、ライムへの計り知れない怒りを抱きながら、コボル洞窟から脱出を試みた。
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