第72話 普通に強いロアコボルト
あの怪しい薬品が役に立つフラグ。
僕とエメラルは、狂気に憑りつかれたロアコボルトに突撃した。
当然のことだが、前に出るのは僕じゃない。エメラルが先頭を切ると、大剣を振り下ろしたロアコボルトを相手に、堂々と避け切った。
「そのくらい、私が避けられない訳無いでしょ?」
かなり大振りだったが、ロアコボルトの斬撃は挙動が分かりやすい。
魔物とは言え、どのみち腕の筋肉を動かす際には、微弱な静電気が走る。
中止して見ていれば、肩や肘の辺りが微かに動く気配があるので、エメラル同様、大きく横薙ぎに払った大剣を僕が躱す。
「隙が大き過ぎるのよっ!」
「そうだね。切り裂くよ」
僕が右に、エメラルが左に走り抜ける。
ロアコボルトは視線を右往左往させるが、狂気状態では目で追い切れない。
アドレナリンが多量に出ていたとしても、大剣一本では捌き切れない筈だ。
ズドッ。バサッバサッ!
鈍い蹴りがロアコボルトの方に直撃した。鈍器にでも殴られたような鈍い音が走り、肩の骨が砕けるのが分かる。
筋肉の線維が千切れるものの、ロアコボルトは動じる気配がない。
ましてや僕が短剣で幾つもの斬撃痕を付けたものの、それでもビクともしない辺り、充分タフだった。
「ダメね。ただのキックだとビクともしないわ」
「充分削っているけどね」
「充分ですって? なに言ってるのよ、オボロ。動きを削れて……ないでしょ!」
呑気に会話をしつつも、ロアコボルトは待ってくれない。
大剣を振り下ろした速度は〇秒を余裕で切っているが、気配だけでエメラルは回避した。
一歩だけ後ろに下がりロアコボルトの斬撃を煽ると、仕方が無いので次の手を打つ。
「クロン!」
「うん、ブラックチェーン」
クロンは杖を振り抜くと、黒い鎖が飛んだ。
ロアコボルトの腕を拘束すると、大剣を手放させようとする。
けれど無駄だったらしく、ロアコボルトは野性味溢れる強引さで引き千切った。
「ヴァウンジャァァァァァァァァァァッ!」
「想定済み。エメラル、オボロ」
クロンは魔法が破られても動じなかった。
わざと出力に制限を掛け、鼻っから解除されることを想定していた。
悠々と鎖を破壊するロアコボルトだったが、殺気の無い気配への対応は若干遅かった。
「背後ががら空きなのよ」
「そうだね。はぁぁぁぁぁッ!」
空中に散った僕とエメラルは同時攻撃を仕掛ける。
別に背後を取ることが血迷った行為でも、反則級な訳でもない。
拳と斬撃の競演を見せつけるものの、うなじを切り付けた筈がやはり効いている節が無い。
「ヴァージャ?」
「うん、困るね。倒れてくれないか」
「仕方ないわね。正直、ダメージを与えているのに、倒れる気配が無いわ」
振り返り様に拳を叩き付けようとした。
僕とエメラルに当たる訳も無く余裕で躱すと、愚痴を零してしまう。
相当ダメージを与えている。全身が傷だらけなのだが、狂気に憑りつかれているせいで、まるで倒れる気配がない。
「こうなったら……抜くしかないわね」
ロアコボルトは想像以上にタフだった。
そのせいか、まともな攻撃はほとんど通用していない。
もちろん筋肉が薄い部分もあるけれど、それでは直接的な決定打には繋がらない。
そう確信したエメラルは、背中の四尺刀に手を掛ける。
「エメラル、それってつまり?」
「もちろんよ。この刀を……」
まさかとは思ってしまった。
ついにエメラルが四尺刀を抜く。今までまともに見たことが無い。
完全に奥の手であり、四尺刀をエメラルが抜いた時、姉であるトパーザにも匹敵すると、クロンは言っていた。
期待して視線を飛ばすと、四尺刀を少し抜いた瞬間、鯉口から溢れる圧倒的な殺意に気圧される。
「ヴァウリヤァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
ロアコボルトも死の香りを感じ取ったらしい。
急に高らかに吠え始めると、手にしていた大剣を地面に突き刺す。
身軽にした状態で距離を縮めると、分厚い筋肉の拳を叩き付けた。流石にこれには如何してしまい、エメラルは瞬時にバックステップを取る。
「ちょっと待ちなさいよ……チッ!」
舌打ちをすると、エメラルは軽やかに躱してみせる。
元々小柄であり、善戦を張れるアタッカーなエメラルなので、芯を捉えきれない。おまけに全て見切っている。
きっとこんなこと言ったら「オボロもでしょ!」と怒られるかもしれないけれど、そのおかげで直撃を喰らわずに拳を素早く躱して見せた。全然当たらないので、ロアコボルトの動きを惹き付ける。
「狙われているね、エメラル」
「背後ががら空き」
「そうだね」
僕とクロンは眼中にさえなかった。
急に視界からずれて余裕を持つと、ロアコボルトの背後に回り込む。
これだけ余裕を持てるならきっと援護した方がいい。実際、エメラルはしばらくは持ちそうだよ。
「感心している場合じゃないわよ!」
だけどムキになって怒られた。
でもロアコボルトはエメラルにだけ興味津々で、嘲笑うみたいに攻撃を受け流す。
最小限の動きでロアコボルトを惹きつけ続けると、感心している場合でしかない。
「そうだね。なにか決定的な手段があればいいけど」
「私には無い」
「そうだよね……あっ」
とは言えエメラルでもそう長くは持たない。
五分……いや、十分……十五分くらいが限界だと思う。
何かロアコボルトにダメージを与える方法は無いだろうか? せめてこの暴走状態を覆す方法が欲しい。クロンに死線を置くってダメらしく、持って来たアイテムを確認する。何か特効薬になるようなものは……あっ!
「どうしたの?」
「いいや、少し試したくなったんだよ」
ポケットから取り出したのは小さな箱。
中にはアイリッシュに貰った注射器が入っており、中には謎の液体。役に立つとは言われていたけれど、本当に役に立つのだろうか?
鎮静剤みたいな硬貨なら最高だけど、まさかそんな読んでいたような最高の薬な筈が無いだろう。
それでも僕は注射器を見た瞬間に嬉々として、ゴクリと喉を鳴らした。
「アイリッシュさん、頼みます」
試して見たくなった。特異な態度で気配を殺す。
一応僕には三人の師匠から教わった業があるから、それを駆使すれば……行ける。
確信と覚悟を以って注射器を手にすると、クロンに援護を任せてロアコボルトに接近した。
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