お星様でございます(1/4)
前話からの続きです。
「…次のニュースです。米航空宇宙局は本日未明、周回軌道を逸れた小惑星MX666が地球に衝突する危険性があると発表しました。小惑星MX666は…」
緊急ニュースとは言っていない。
ニュースキャスターは淡々と手元の台本を読んでいる。
台本を横から渡された訳では無いので、番組の放送開始前から予定されていた内容なのだろう。
「怖いわねえ」
ニュースの迂遠な言い回しを理解した年配の看護婦が言った。
地球に衝突すると言うことは、小惑星が隕石として落下すると言うことである。
自分だけ納得して説明しないのは御愛敬か。
首を傾げたり、きょとんとする者が多い。
「つまり、隕石が降って来るかもしれないってことですか」
「あっ」
「なるほど」
幽霊だけでは無くオカルトにも興味のある新人看護婦の言葉で、他の看護婦たちもニュースの概要を理解した。
「そう言えば今年だっけ。ノストラダムスの予言って」
「そうそう。1999年7月に恐怖の大王が降って来るとかいうやつ!」
「去年くらいから、よく漫画とか雑誌とかで話題になってるよね」
「え? 核爆弾じゃないの?」
暇な入院患者がテレビや雑誌をよく見るので、この手の流行っている話題は看護婦さんの耳に自然と入って来る。
生前、ノストラダムスは予言者として名を馳せたが、その後の見解は安定していない。
彼は予言者らしく簡潔な明言をしなかった。
彼の残した予言書の難解さはその最たる物と言えよう。
後の世で、その予言書と一致したと解釈できる事例を見つけては的中したと喧伝すれば、信じる者と同様に、信じない者もまた多くなるのは必然だった。
だから流行好きの多い日本で世紀末に流行っているとも言える。
「うちのクラスでも、男子たちがたまに話してるよ」
華蓮が自分の弁当を広げながら、姉の婦長さんに話を振った。
当然、この手の話題は小学校でも流行っているのだ。
「降るのは雨と雪だけで十分ざます」
「あ、私は雪もやだ。車が滑る」
「え~? スキーいいじゃん」
「そう言えば去年は…」
真夏なのに話題は何時の間にかスキーに代わり、楽しい昼食時間は過ぎていくのだった…。
***
――日和見病院。
某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。
そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。
ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!
***
「あの馬鹿どもが! 知ってて隠していやがった…!」
政治家伊澄淀政は愛用のセンチュリーに乗って、シートベルトを絞めながら、珍しくはっきりと悪態を口にした。
運転席に座る秘書の男は黙って聞いている。
愚痴を聞かせたい訳では無いと理解しているからだ。
彼が小惑星落下を知ったのは、ニュースの僅か数時間前である。
早朝に連絡があって臨時閣議が開催され、霞が関は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
結果だけを見れば、アメリカや中国との連携強化、ニュースの報道許可など、初動として十分な内容が決定したように見える。
しかし実態は違う。
対応が消極的過ぎるのだ。
『不確実な情報で市民を混乱させないため』
尤もらしい建前で、『日本に墜落する可能性が極めて高い』事実を報道規制したのが、その際たる物だ。
アメリカや中国との連携にしても、外務大臣の腰が重い。
与党の意見に野党が一々反論するという定例行事もあったが、今回に限れば可愛いものだった。
何せ、与党の中でも小惑星の迎撃に消極的な意見が多く、意見が分かれていたのだから。
彼には消極的な者たちの大半に思い当たる共通点があった。
「…道理で最近やけに引き際が良かったり、海外資産を買い漁っていたわけだ…」
事前に小惑星落下を知った彼らは、日本を見捨てて自分たちだけ海外かシェルターに避難するつもりなのだ。
「売国奴どもめ! 事が済んだらお望み通り政界からも社会からも日本から追い出してやる!」
彼は愚痴を零しながらも考えを巡らせた。
(無理を承知で自衛隊を動かすか…)
小惑星の撃墜は現実的では無い。
国際宇宙ステーションは建築段階であり、宇宙での小惑星の破壊は不可能。
大気圏内でのミサイルによる迎撃にしても、秒速十数キロで移動する物体に当てることは難しい。
仮に破壊できても日本全土に破片が降り注ぐ。
落下地点から離れた地域にとっては、そちらの方が被害が大きくなるだろうことも、迎撃反対派が多かった理由の一つである。
(統合幕僚長なら乗ってくれるだろうが、それでも被害を減らすのが精いっぱいか…)
先程の閣議からして、議会を通すには時間が足りない。
かと言って、彼にも統合幕僚長にも、独断で自衛隊を動かす権限が無い。
成功しても断罪は免れず、失敗すれば末代まで批難されることは確実。
彼はそれでも、何もしないよりはマシと判断して電話を取った…閣議は携帯電話の持ち込みは禁止なのである。
(アメリカや中国が静か過ぎる。現地の知り合いにも連絡を…)
彼は知らなかったが、アメリカも中国もこの事態には後手となっていた。
幾つもの偶然が重なり合って、小惑星の軌道が想定を大幅に上回って逸れたからだ。
アメリカから見れば、日本は単なる同盟国に留まらず、中国への橋頭保にして見えない城壁。
冷戦時代にそうであったように、有ると無いとでは雲泥の差。
(…財務省はこの際無視だ。現状では、あの銭ゲバどもは失政の尻拭いに予算を出さんだろう)
中国にしても、日本は目の上のたんこぶに留まらず、得意とする長期的な計画の一端を担っている。
予期できない小惑星落下で急に日本が地図から消えれば計画が大幅に狂う。
勿論メリットもあるが、長年に渡る計画への歪みや中国本土への影響を考えれば、小惑星落下は阻止できるに越したことは無かった。
(…日本沈没などさせてなるものか!)
しかし、お互いに腹を割って話せば協力できることも、疑心暗鬼から難航して実現しない。
そこには人類が繰り返して来た悲しい歴史の縮図があった。
誰もが吹けば飛ぶ小さな島国の沈没を避けたいと思いながら…。
次は直ぐです。




