妹でございます(前編)
小さな女の子のお話です。
「るんるんっ♪」
眩しい夏の日差しの中、幼い少女が鼻歌を歌いながら歩いていた。
日差しを照り返す金色の髪は腰まで届き、すっきりとした目鼻立ちを引き立てている。
少しお洒落なワンピースのスカートからは膝が見え隠れしていた。
左腕には手提げ籠を提げている。
年のころは二桁には届くまい。
その笑顔には年相応の無邪気さが溢れていた。
その愛らしさに、街行く人々の多くが振り返る。
美少女である。
「お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」
見るからに普通の男が、笑顔で少女に声を掛けた。
少女は全く反応せずに通り過ぎて行く。
無視された男が笑顔のまま固まった。
日常茶飯事である。
勿論、少女も男に気付いていない訳では無く、無視したのだ。
と言うのも、知らない人に見れられるのも声を掛けられるのも、少女にとっては珍しいことでは無い。
少女も最初の頃は丁寧に断っていた。
しかし、ある時、一人に反応したら、遠慮していた人たちも次々に声を掛けて来て、大事な約束に遅刻してしまったのだ。
そんなことがあって以来、少女は知らない人を無視するようになったのである。
「ねぇ、君。テレビ好きかな?」
そうこうしている内に、次のチャレンジャーが現れた。
爽やかな声の主は、スーツを着こなしているが、真面目さよりも軽薄さが見え隠れする好青年だ。
街角で若い女性に声を掛ければ誰もが立ち止まって話を聞こうとするような好青年も、これだけ歳の差があるとどう転んでも怪しさしか無い。
当然、少女に無視された。
男は諦めず、少女に並んで歩きながら声を掛け続けたが、無視され続けた。
腹を立てた男は少女の進行方向を塞いだ。
少女が避けると、避けた方に回ってまた道を塞ぐ。
ニヤリ。
してやったりと口角を上げた男は、次の瞬間には地面に俯せに寝ていた。
周囲の人たちから男に侮蔑の視線が送られる。
数刻後、警察に叩き起こされた彼は幼女誘拐未遂として連行されていった。
こうして今日も何人もの勇敢な…もとい無謀な人たちを置き去りにして、少女は無人の野を進むが如く、陽気に坂道を登っていくのであった。
***
――日和見病院。
某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。
そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。
ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!
***
日和見総合病院の敷地は広い。
幼い少女は迷いの無い足取りで、裏口にある関係者入り口へと向かった。
今は病院関係者の出勤時間から外れていることもあって、途中、誰にも出会わなかった。
仮に会ったとしても、少女を止める者は居なかったであろう。
何故なら、少女は病院関係者として有名なのだから。
「失礼しま~す」
返事は無い。
少女が声を掛けて裏口に手を掛けると、ドアはあっさり開いた。
鍵が掛かっていなかったのだ。
(不用心だなぁ)
昼間なので言い過ぎである。
社員全員が会社の鍵を持っている会社は珍しい。
鍵の多さは紛失の多さやセキュリティの低下に直結するからだ。
社員証で出入り出来る大企業もあるが、セキュリティを意識して出入り口に警備員が常駐していたり、監視カメラで常時監視していたりと厳しい。
病院学会で話題に挙がることもあるが、少なくとも、ここ日和見病院で採用されるのはまだまだ先になりそうであった。
建物に入った少女は、真っ直ぐ医者や看護婦たちの控え室へ向かった。
「失礼しま~す」
「は~い」
少女が声を掛けて控え室に入ると、休憩中だった年配の看護婦が返事をして振り返る。
「あらあら、まあまあ~。華蓮ちゃんじゃな~い。久しぶりね~」
看護婦は驚き、椅子から立ち上がって歩み寄った。
今にも抱き付きそうな勢いである。
いや抱き付いた。
頭を撫で始めた。
匂いまで嗅ぎ出した。
「相変わらず可愛いわね~」
「荒間さん。お久しぶりです」
少女…華蓮は少し恥ずかしそうに抱き返した。
「今日はどうしたの?」
「お弁当を持って来たんです」
華蓮は手提げ籠を持ち上げて見せようとしたが、抱き付かれたままなので腕が揺れただけだった。
それに気付いた看護婦は漸く彼女を放した。
「偉いね~。お姉さん喜ぶわよ」
「えへへ~」
華蓮は本当に嬉しそうに照れた。
「もう直ぐ、お姉さんも休憩に入ると思うから一緒に待つ?」
「うん!」
二人は他愛ない世間話を始めた。
と言っても、片方は小学生、片方は守秘義務のある看護婦である。
本当に他愛ない話だった。
…主に婦長さんの最近の武勇伝である。
***
数十分後。
華蓮が急にドアの外を見る。
世間話をしていた看護婦が首を傾げる。
華蓮が人差し指を唇に当てると、彼女は意味は分からないなりに頷いた。
子供の考えることに一々納得できる理由を求めないあたり、子供の相手に慣れていると言えた。
華蓮は彼女の陰に隠れて待った。
カタンッ。
間も無く、控え室の外から話し声が聞こえて来たかと思うと、ドアが開いて看護婦たちが入って来た。
次々に先に休憩に入っていた荒間と挨拶を交わす。
そして婦長さんが控え室に入った途端、
バチーンッ!
破裂するような音が部屋に木霊した。
看護婦たちは誰一人、何が起きたのか理解できなかった。
彼女たちが周りを見渡すと、華蓮の拳が婦長の手の平に当たっていた。
荒間の陰に隠れていた華蓮が飛び出して突き出した拳を、婦長が腰を落として手の平で受け止めたのである。
華蓮の低い身長では、力を込めて自然に殴れるのは、婦長の腰から太ももの高さだからだった。
看護婦たちの反応は二分した。
驚いている新人と納得したその他大勢。
驚いている新人に、荒間が説明する。
「この子の名前は天障院華蓮。婦長さん…花子さんの妹さんよ」
後編は09:00頃投稿予定です。




