幽霊でございます(前編)
病院と言えば…
「次はあたしの番ね」
薄暗い部屋の中、無数の蝋燭に火が灯っている。
看護婦の一人が蝋燭の一本を持って、自分の顔を照らし出しながら言った。
「これはね、先輩から聞いた話なんだけどね。…うちの病院、やっぱり出るんだって」
「やっぱり…?!」
新米看護婦が大袈裟に驚いて確認する。
「うん。霊安室の隣の病棟って今は使ってないじゃない。夜中の見回りをしてた子があの辺りで見たらしいのよ」
ごくりっ。
誰かが唾を飲み込んだ。
「み、見たって何を…?」
新米看護婦が震える声で尋ねた。
「決まってるじゃない。ゆ・う・れ・い」
新米看護婦の顔から血の気が引く。
「あっ」
びくっ。
話し手の看護婦は、怯える新米看護婦が面白いので悪乗りして、彼女の後ろを指差して言った。
「ほら、後ろに…」
「そ、そういうのは止めてよ…」
気丈に振る舞う新米看護婦。
「へぇ…?!」
脅かそうとしたはずの話し手の表情が、恐ろしいものでも見たかのように恐怖に歪み、新米看護婦の後ろを差す指を震わせた。
「えっ? えっ?!」
新米看護婦が恐る恐る振り返ると、そこには蝋燭の火に浮かび上がる顔が…
「何してるざます?」
「「「「きゃぁぁぁぁぁぁあああぁあぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」
その場に居た看護婦たちは全員叫んだ。
半分は本気、半分はその場のノリである。
何なら抱き合って恐怖と驚きを演出している者たちも居た。
「交代の時間ざますよ」
「なーんだ、婦長さんかー」
話し手だった看護婦が、わざとらしく言った。
「ゆ、幽霊じゃないですよね…?」
「馬鹿を言ってないで、幽霊より生きている患者さんの相手をするざます」
本気で怯えていた新米看護婦が恐る恐る確認したが、婦長さんは軽く遇った。
「「「「は~い」」」」
新人歓迎夏の部、納涼怪談話はこうしてお開きとなった。
***
――日和見病院。
某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。
そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。
ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!
***
「きゃっ!」
病院の廊下。
曲がり角から飛び出した病衣の少女は、婦長さんにぶつかりそうになって慌てて飛び退いた。
「陽炎さん、こんな時間にどうしたざますか?」
ここは霊安室の前。
患者が偶然通りかかるような場所では無い。
「霊安室って何か怖いのよね」
答えになっていない。
それに霊安室が得意な人は早々いない。
お坊さんだって好きか嫌いかと問われたら困るだろう。
ましてや10代の少女である。
「…一緒に付いて来てくれる?」
彼女は口元を両の緩い握り拳で隠しながら、上目遣いで、瞳を潤ませながらお願いした。
同年代の同性が見たら、男に媚びを売っていると嫌味を言われること間違い無しだが、本人は至って真面目だった。
「仕方ないざますねえ」
婦長さんは可愛いお願いに肩を竦める。
「患者さんを送るのは看護婦の仕事ざます」
「うわぁ、ありがとう。だから花子さんって大好き」
彼女は嬉しそうに婦長さんの腕に抱き付いた。
そこに同性相手だからと言う意図は無く、もし相手が男の看護士でも同じことをしただろう。
距離感が近く、男を勘違いさせるタイプだ。
「はいはい、では行くざますよ」
「は~い」
少女と婦長さんは霊安室の方に歩いて行った。
その様子を後ろから見ている影があった。
怪談話で大取を務めた看護婦である。
彼女の目には、婦長さんの服の裾を掴む、青白く光る人影が映っていた…。
***
翌日。
「聞いて聞いて! ビッグニュースよ、ビッグニュース!」
姦しい看護婦は控え室に入って開口一番、いつもの台詞を言った。
「今度は何ですか?」
交代時間まで休憩中だった新米看護婦は合いの手を入れる。
彼女のビッグニュースは今に始まったことでは無いが、無視しても話が遠回りになるだけで結局聞かされるので、何時の間にか合わせるようになっていた。
「出たの出たの!!」
「出たって何が?」
「出たと言ったらアレしか無いでしょ? 幽霊よ、幽・霊っ!!」
「…またですか? もう騙されませんよ」
新米看護婦は胡乱気な目で見て呆れた振りをした。
本当は怖い話が苦手なので、内心を悟られないかドキドキしていた。
「今回は違うのよ。婦長さんと一緒に歩いてたのよ。女の子が。人気の無い霊安室の近くで!」
「…迷子になった患者さんを送って行っただけじゃないんですか?」
新米看護婦は、普通に考えれば他に無いと言う至極真っ当な見解を述べた。
「違うって。だって光ってたのよ。ぼわぁって。青白く。稲川○二の怪談ナ○トみたいに」
「………」
新米看護婦の目が据わる。
想像してしまったからだ。
怖い話が苦手なのと怪談番組を見ることは両立する。
怖い物見たさである。
怪談話は怖いが、テレビ番組は作り物だと分かっているから見ることができる。
他人の不幸は蜜の味。
彼女に取っての怪談番組は、『自分じゃ無くて良かった』と不幸な物語を楽しむのに近い感覚だった。
「ど、どうせ見間違いですよ。懐中電灯とか常夜灯とかで目がしょぼしょぼしてたんですよ」
「えー、そんなこと無いって」
「そ、それなら証拠を見せて下さいよ、証拠を」
「そんなの無いよー」
「じゃ、じゃあ信じません!」
新米看護婦はかなり吃ったが、姦しい看護婦は信じて貰えないことに意識が行っていて気付かなかった。
証拠が無いのも仕方が無い。
まだ携帯電話のカメラは普及していない。
彼女とて看護婦の端くれ。
仕事中にカメラやビデオカメラを持ち歩いてシャッターチャンスを狙うはずも無かった。
意外に思われがちだが、姦しい看護婦は仕事に誠実なのだ。
仕事は仕事、遊びは遊び。
切り替えがしっかり出来るタイプなのである。
「はぁ…仕方ないっか」
「さ、さあ仕事仕事っと」
新人看護婦は嫌な話題から逃げるように控え室を出て行った。
しかし、今日は霊安室近くでの仕事もあり、その足取りは言葉とは裏腹に重たかった…。
後編は09:00頃投稿予定です。




