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アイドルでございます(5/5)

アイドル事件完結編。

 婦長さんは拓巳を縛っていた縄を解いて、その縄で床に転がる女を縛った。

 彼は婦長さんが携帯電話を取り出したのを見て、分かっている質問をした。


「彼女をどうするんだ?」

「警察に引き渡すざます」


 婦長さんは手を止めて律儀に答えた。


「引き渡したらどうなる?」

「実質的な監禁と強制猥褻ざますから、少なくて1年、長ければ10年ざますね」


 彼には何故、病院の婦長が実刑確定で量刑を具体的に口にするのか気になるところだったが、それ以上に引っ掛かっていることがあった。


「少し待ってくれないか? 彼女と話がしたい」

「分かったざます」


 婦長さんは理由も聞かずに即答し、女の上半身を起こして活を入れると、彼女は間も無く意識を取り戻した。


「…んんっ」

「俺が分かるか?」

「…拓巳くん? …そっか、あたし…」


 彼女の顔には先程までの狂気は無く、何処か納得と諦観をしていた。


「まだ警察は来ないの?」

「それより聞きたいことがある」

「?」

「君は整形をしてないよね? 何でだい?」


 本来なら女性にするような質問では無いが、彼女は気にせず、


「うん。だって拓巳くん嫌いでしょ、整形手術」


 何で当たり前のことを聞くのだろうと首を傾げながら答えた。


「顔も身体もだよね?」

「うん」


 彼には押し倒されている時に感じたある疑問があった。

 彼女が余りにも彼の好みのド真ん中過ぎたのだ。

 彼の好みは一般的では無い。

 胸や尻や太腿が相当ふくよかな女性が好みなのだが、かと言って只のデブが好きな訳でも無く、他は人並みに細い方が好みなのだ。

 胸の大きさを売りにするグラビアアイドルなどは居るが、彼女は全てを満たしていた。

 態々世間の評価から外れる体型に整形手術をする者や、自力で時間を掛けて目指す者はあまり居ない。

 そもそも、彼は好みを公表していない。

 アイドルや事務所が、ファンを増やせないニッチな好みを公にするはずも無いのだ。

 整形手術にしてもそうだ。

 美容関係はスポンサーとしても広報としても影響が大きいので、アイドルは整形手術や化粧を積極的に否定する発言を出来ない。


「どんな仕事をしてるんだい?」

「仕事? アルバイトを掛け持ちだよ。スーパーとかコンビニとか」

「もっと稼げる仕事はしないのかい? 水商売とか?」

「うん。だって拓巳くん水商売嫌いだし、休みが取れなくてコンサート行けなくなるもんね」


 それが彼が彼女を直ぐに思い出せなかった理由だった。

 親に金の無心をしたり、身を売って大金を稼いだりしない彼女は、太客として目立てなかったのである。

 スタイルに関しても同じだ。

 彼が他の男に媚びる女を好まないから、コンサートなどでもスタイルが目立つ服装を避けた結果、あまり印象に残らなかったのだ。


(やっぱり彼女は…)


 『一途』なのだ。

 テレビや雑誌などに隠された彼の本音を読み解き、彼の理想になる為の努力を惜しまない。

 そのスタイルも、整形手術をしないのも、身売りや金の無心をしないのも、彼を好きな自分よりも彼(・・・・・・)自身を大切に思うが故の必然。

 それはある意味で、トップアイドルになる為に何でもした、全てを賭けた彼と同じ生き方だった。

 だから彼に望みが生まれた。

 特にやり残したことなんて無いと思っていた彼に。

 だから彼は問う。


「アイドルは誰か一人のものにはならない。分かるよね?」

「うん」

「ファンが罪を犯したら、それはアイドルの落ち度。君が誰かを…例えば雑誌の彼女を傷付けたら、それは俺の落ち度」

「違う! 拓巳くんは悪くない!」

「じゃあ我慢できる?」

「…うん」

「約束できる?」

「うん、拓巳くんとの約束なら」

「じゃあ約束だ…











…付き合ってくれ」

「?!」


 彼女は突然の夢にまで見た台詞に、言葉を失った。


「世間には内緒だ。理由は言わなくても分かるよね?」

「…いいの?」

「何が?」

「あたしなんかで、本当にいいの?」


 それは彼を押し倒した女とは思えないほど弱気な、けれども確かな返答だった。

 もし、本当に自信があれば、恋に狂って凶行に及ぶことも無かったのだろう。


「君がいい。■■■…」

「――っ」


 彼は先程思い出したばかり彼女の名前を呼んで唇を重ねた。

 彼女は驚いたが、唇の感触に幸せを実感して瞳を閉じて、腕を彼の背中に回した。

 何時の間にか婦長さんの姿は無く、二人はベッドに倒れ込んで…。


***


 東條拓巳(とうじょうたくみ)はトップアイドルである。

 故に裏切り裏切られには慣れていた。

 それは芸能界に限らず、雑誌の女もそうだった。

 だから彼は端から求めていなかった。

 しかし彼女は違った。

 誰に望まれるでも無く何よりも彼を大切にする彼女は、彼が願うなら決して彼を裏切ることは無い。

 だから彼は彼女に求めた。

 諦める以前に求めてすらいなかった『それ(・・)』を。


 数か月後。

 スキャンダルの熱りが冷めた頃、東條拓巳は退院して芸能界に復帰。

 インタビューで好きなタイプを聞かれた彼は、恋人のイメージをぼかして答え、世間にその髪型や体型の女性が増えることになる。

 但し二人の関係は公表するまで巧く隠され、彼の俳優転向後に電撃結婚して世間を騒がせることとなる。


 その陰に、ヤンデレストーカー監禁逆レイプ事件があったことは、彼らと婦長さんの胸の内に永遠に仕舞われたのだった。


 めでたし、めでたし。

次は明日の08:00頃投稿予定です。

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