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アイドルでございます(2/5)

アイドルの入院生活です。

「やったー! ありがとー!」

「今後もよろしく」


 若い看護婦は貰ったサインを一端テーブルにおいて、アイドル――東條拓巳――の両手を掴んでぶんぶん振り回した。

 彼は蕩けそうな営業スマイルで、いつもの決めポーズを取った。


「はにゃ~…」


 若い看護婦の表情も緩い落書きみたいに歪んだ。

 彼女は手を振る彼に見送られながら、サインを持ってスキップをしながら病室を出て行った。


「…やっと終わったか」


 若い看護婦のスキップ音が遠ざかると、イケメンアイドルは人前では見せない深い溜め息を吐いた。

 看護婦たちが代わる代わる彼の病室を訪れること云十人…と言えば大袈裟か。

 普段のサイン会なら百人千人は朝飯前だが、いつもとは状況が違う。

 サインをして握手をすれば終わりの相手では無く、暫く身を置く、世話になる人たちだ。

 仕事で宿泊する時などはマネージャーもいるが、病院では四六時中事務所の人間が近くにいる訳では無い。

 勘弁して欲しいとは思いつつも、煩い報道関係者から守って貰えていると思えば無碍にも出来ない。

 この男、こう見えて意外と義理堅いのである。

 たった10人かそこらの相手だったが、彼は万人のサイン会を終えたような脱力感を感じていた。


「まあ、これで病院内の看護婦は一通り片付いただろうし、後は落ち着くか」


 余裕が出来た彼の頭に自然と浮かんだのは、こんなことになった切っ掛け。


(思い出したら腹が立って来た。あの三流ゴシップ雑誌の三流ライターめ。誰のお陰で食べられると思ってるんだ。こっちは散々ホモやババアの相手をさせられてるんだ、女くらい好きにさせろよな!)


 若いアイドルが成功する裏側には枕営業が付き物である。

 地位や権力を持った者がそれを利用したがるのは人間のサガ。

 金や社会的地位を得た成功者は余人では味わえないものを味わい、それを提供した者が大口の仕事を得る。

 何時の時代、何処の国でもありふれた光景である。


(そういえばこの前の女は最高だったな。顔は今一だったが身体は中々。世間では豚だのデブだの言われるんだろうけど、あれくらいぽっちゃりしてる方が抱いてて気持ちいいんだよなあ)


 彼は少し太めの女性が好みだったが、彼の性癖を責めるのは酷と言うものだろう。

 彼が枕営業で相手をさせられるのは、成功する為に服を着た体型を優先してダイエットした者や、逆に成功して不摂生に弛んだ者が多かった。

 どちらも健康的とは言い難い。

 テレビなどの仕事を一緒にする女性もそうだ。

 服を着こんだスタイルを重視する以上、中身が細かったり、キャラ作りとして相応に太ましかったりする者が多い。

 女性だってイケメン好きばかりではなく、過度な筋肉や禿げに魅力を感じる者もいるのだ、彼が健康的で肉付きの良い女性を好んだとしても致し方の無いことだった。

 …デブ専と言う程では無いが。


(それに比べてあの女は最低だったな)


 あの女とはゴシップ記事になった女性である。

 事後で寝ている彼とのツーショット写真を勝手に撮った挙句、独占欲と承認欲求から雑誌に送ったのだ。


(相手を見る目が無かった俺も悪いか)


 彼は傲慢な割りに謙虚に反省もできた。

 それくらいでないと芸能界ではやっていけないと言うのが彼の持論でもある。


(マネージャーも枕は減らすと言ってるし、実際に減ってる。俺も気晴らしは減らして慎重になるか)


 枕営業は減っているが仕事は増えている。

 理由は単純、彼が本物のトップアイドルになったからだ。

 枕営業は飽くまで営業、仕事に支障を来たすようでは本末転倒である。

 アイドル事務所が欲しいのは特定個人の気分ではなく、その先にあるスポンサーのコネであり、アイドルが生み出す金だ。

 だからアイドルが大成して、黙っていても大企業から欲しがられる国民的アイドルになれば、枕営業は割に合わなくなるが、贔屓先の機嫌を損ねる訳にもいかない。

 ならばどうするか?

 他の人間を宛がえば良い。

 金の卵を産むガチョウは何羽居ても良い。

 新しいガチョウは常に探し、育て、選別されていくのだ。

 少なくとも彼の事務所はそう考え、そう対応して成功し続けて来た。

 今後もそれは変わらないだろう。

 スポンサーにしても人間である。

 選べるなら若くて瑞々しくて従順な方が嬉しいし、何なら新しもの好きも多い。

 拓巳は彼ら彼女らを心の底では毛嫌いしていたが、その気持ちには共感できた。

 だからアイドルの寿命は短い。

 だから成功する為には形振り構っていられない。

 それもまた、成功したアイドルである彼の持論である。


「それにしても、最近は増えたな…」


 マネージャーが持って来た、例のゴシップ雑誌を見ながら彼は独り言ちた。

 アイドルグループのことである。


 昔からデュオやトリオはいたが、最近は人数の多いグループが増えて来た。

 5人だの7人だのテレビ画面に収まり切らない。

 貧乏人のブラウン管では全員が映ることは少なく、たまに引いた構図で収まっても細部が潰れて映像が荒い。

 ワイドの液晶テレビを売るためとかマネージャーが冗談めかしていたが、それなら人数は頭打ちなので彼は信じていなかった。


(そのうち10人20人と増えて続けて、学校のクラス丸ごとみたいになりそうだな…いや、既に何とかクラブとか言うのがあったか)


 グループにはテレビメーカー以外にもメリットがある。

 違うタイプのアイドルを揃えることで、より多くのファンを囲める。

 また、個人よりもファンに飽きられ難く、他の事務所のアイドルにファンを奪われ難い。

 どちらもアイドルと言うより、事務所の利点が大きいと言える。

 例えると、子供はカレーが大好きで毎日食べたがる割りに本当に毎日食べると飽きるけれど、毎日トッピングを選べるカレー屋は大人でも常連が多いことに似ている。


 反面、グループはデメリットも大きい。

 アイドルを一人ずつ扱うより抑えられるとは言え、人件費を始めとした管理にかかる費用は当然高くなる。

 テレビ出演、コンサート、CDなど、グループとしての収入はほぼ人数割りなるので、一人当たりの収入は思ったより少ない。


(給料から新入りの費用を引かれて困るとか不満を漏らしてる奴もいたな)


 その辺はグループに限らない。

 アイドルが事務所に借金する形の契約もあれば、事務所が費用として計上するので法的な借金扱いはしないが、デビュー後数年は給料が少ない契約もある。

 給与明細に後輩育成料なんて反感を買いかねない項目を態々載せるはずも無いのだ。

 彼の知り合いも、事務所から「一流になったお前たちが今度は後輩を育てる番だ」とか「事務所に恩を返せ」などと言われて、何となく損をした気分になっているだけなのである。


 実際、グループが本当に厳しいのは、現金収入よりもそれ以外の面が大きい。

 特に枕営業は効率が悪い。

 スポンサーとしてはアイドルを選べるので飽き難いし、事務所も受ける仕事の取りこぼしが少なくて助かる。

 しかし所属アイドルは悲惨だ。

 枕が自分の仕事に直結しないこともママある。

 皆同じような条件なので、グループ内での競争は他のアイドルとのものより熾烈で、メンバーの実態は仲間ではなく、難敵と書いてライバルと読むようなものだ。

 「俺の方が苦労してるのに!」と思う者が多くても致し方のないところである。


(俺は成功したからいいが、契約時にグループユニットの案に飛び乗っていたら無理だっただろうな)


 つまり結局のところ、グループの特徴は数と多様性であり突出した見返りの無さ、即ち安定なのだ。

 安定したサラリーマンを選んでいながら、起業に成功した少数の人間を羨むのは、起業に失敗した多数から目を背けたギャンブラーの思考である。

 彼は自分をチップにアイドルという賭けに全力で挑んで勝利して来た。

 だからこそライバルたちも、彼を羨んで陰口を叩いたとしても、その功績は認めるのだ。

 自分もやってみせると奮起して。

次は09:00頃投稿予定です。

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