女子大生でございます(3/6)
続き。
「…死ねなかった」
彼女は辺りを見渡し、独特の匂いと部屋の作りから病室だと気付いた。
(…母さんが見つけて救急車を呼んだんだろうなあ…)
ぼーっとする頭で考えるとは無しに考えた。
(…これからどうしよう…)
病院で自殺をすることは難しい。
自殺未遂をした患者なら尚のこと、常に監視され、自殺に使える刃物などは遠ざけられる。
仮に自殺をしても直ぐに救助されてしまう。
本人は苦しんで周りに迷惑を掛けるだけの無駄な行為だ。
それでも病院で自殺を図る者は、自殺そのものが目的ではなく構って欲しい場合が多い。
少なくとも彼女は、ここで自殺をする気にはなれなかった。
こんっ、こんっ。
ドアがノックされた。
彼女は少し躊躇った後、返事をした。
「…どうぞ」
ぼそりとした声。
血が足りないのか、身体が衰弱し切っているのか、彼女が思ったほど声は出なかった。
若い看護婦が病室に入って来て声を掛けた。
「綺羅々さん、お加減はどうですか?」
「……」
(…いいわけ無いでしょ?)
彼女の返事が無かったので、看護婦は聞こえなかったのかもしれないと考えて、ベッドの横に来て話を続けた。
「食欲はありますか?」
(…あるように見える?!)
「後で食事を持ってきます。食欲は無いかもしれませんが、点滴より少しでも食べた方がいいですよ」
(食欲が無いって分かってて何無理言ってんのよ!)
衰弱して上手く声が出せない彼女は心の中でツッコミを入れるが、当然看護婦に伝わるはずも無い。
「人生色々あると思うけど諦めたらダメよ」
ぱんっ!
「?!」
いきなり頬を平手で叩かれた看護婦は呆気に取られた。
「…あんたに…っ! …何が分かるっていうのよっ!?」
感情の爆発で心の底から絞り出された声は、彼女自身が知っているどの声よりも掠れていた。
大学デビューでボイストレーニングをしたせいで、それが余計に実感でき、余計に彼女を苛立たせた。
「黙って聞いていれば好き勝手言いたい放題! 私と違って全然イケてないあんたなんかに! どう…けほっ! かはっ! くふっ…」
無理矢理叫んだので、途中で咳き込んでしまった。
『どうせ男に襲われるどころか変な目で見られもしない癖に』
『どうせ馬鹿な子供だとでも思ってるんでしょ』
彼女が続けようとした言葉を思えば、それは幸運だったのかもしれない。
「大丈夫ですか?!」
心配した看護婦は慌てて彼女の背中を摩った。
彼女は追い払おうと手を伸ばしたが力が入らない。
仕方なく、喉と呼吸が落ち着くまで暫く看護された。
「何かあったらナースコールを押して呼んでくださいね」
落ち着いた彼女がもう大丈夫だと追い払うと、看護婦は心配に後ろ髪を引かれながら部屋を出て行った。
(あんたを呼んだって何も解決しないわよ!)
もう咽たく無かった彼女は心の中で悪態を吐いた。
看護婦が居なくなった後の病室には、彼女の啜り無く声だけが静かに響いていた…。
***
こんっこんっ。
「はぁ…」
綺羅々はまた看護婦かとウンザリして溜め息を漏らした。
しかし直ぐに思い直す。
(どうせ追い返しても心配してまた来るんでしょ? それなら元気な振りで騙して来る回数を減らした方がお互いの為よね…)
「どうぞ」
がちゃっ。
「お加減はどうざます?」
「?!」
了承を得て入って来た人物を見て、彼女は驚愕した。
件の人物はそんな彼女の様子には構わず、普通に近付いて額に手を当てた。
「熱は無いざますね」
(待って待って待って!?)
彼女は自分の見ているものが信じられなかった。
頭でも打ったのか、血が足りないのか、実はまだ夢を見ているのか。
それほど目の前の人物は彼女の常識を逸脱していた。
身の丈2メートルはあろうかという巨漢。
腕は丸太のように太く、足は更に太い。
しかもテレビや雑誌で見るボディビルダーのそれとは違う、明らかに実用性重視の筋肉。
控えめに言って今までの人生で会ったことのある誰よりもデカい、デカ過ぎる。
それがあろうことかナース服を着ているのだ。
しかもオマケにサングラスまで掛けているとなれば、自分の目や頭を疑っても仕方あるまい。
(ナニこのバケモノ…?)
彼女は珍獣でも見るような不躾な視線で凝視するが、婦長さんは全く意に介さず、テキパキと計器や器具を確認したり、水差しを変えたりしていた。
(女性…よね?)
ニコッ。
視線が合うと婦長さんが笑った。
「ひっ?!」
「…火?」
婦長さんは彼女の悲鳴を勘違いして周りを見回すが、何も無いと分かると、作業を再開した。
彼女は驚きが収まるに連れて段々と腹が立って来た。
(これでも女性ねえ…生きてて恥ずかしく無らないのかしら? 同じ女性と思いたくないんだけど?)
酷い言い様である。
婦長さんの身嗜みは決して悪くない。
清潔なナース服に身を包み、ナチュラルメイクで肌もきめ細かく、ナースとしては理想ですらある。
しかし、だからと言って女らしさを認めるかは個人に依るだろう。
(女としての苦労なんて全く縁が無さそう)
相手を同じ女として認めない、自分の欠片も苦労していない、能天気に生きていると見下す、女同士で最高級の侮辱の一つだ。
しかし、彼女はふと気付いた。
婦長さんが全然怖くないことに。
彼女を弄ぶ男たちより遥かに逞しいのだ。
もし少しでも男と認識していたら、平気で同じ部屋になんて居られない。
癪なことに、何だかんだ言って、無意識に婦長さんを女と認めていたのだ。
(ふんっ)
何だか負けたような気がして彼女は憮然とした。
婦長さんは最後に挨拶をして、入って来た時と同様に完璧な姿勢で部屋を出て行った。
残りは09:00頃投稿予定です。




