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政治家でございます(後編)

撃たれた政治家、後編です。

「―――っ!」


 政治家は痛みに目を覚ました。

 彼はベッドの上に仰向けになっていた。

 部屋に見覚えは無いが、消毒液や薬品の入り混じった独特な匂いから病室なのだと気付いた。


「…俺は助かったのか」


 まだ腹部は痛むが、意識を失う前ほどでは無い。

 病室の空気がそうさせたのか、彼は無意識に自分のことを俺と呼んでいた。

 それに気付き、公人では無い自分を意識する。


「気が付いたざますね」

「?!」


(何の冗談だ?)


 彼は目の前のナース服を着た女性を見て動揺したが一切表情には出さなかった。

 流石は永田町で海千山千の怪物たちと渡り合う参議院議員。

 彼もまた立派な怪物だった。


(殺し屋にしては下手な変装だ)


 圧倒的な身長にがっしりした肩幅で構成された背中は広く、並大抵の男では完全に隠れてしまうほどだ。

 立派な胸板は銃弾ですら貫けそうに無い。

 まるで護衛をする為に生まれて来たかのような体格の持ち主だった。

 彼の護衛では彼女には何一つ敵わない。

 と言うより、


(護衛として欲しいくらいだ)


 理性的な彼は既に警戒をしていなかった。

 それと言うのも、彼女がしていることがあまりにも普通の看護婦なのだ。

 もし殺すつもりならば、ここまで悠長にはしていまい。

 或いは何時でも殺せるからこそ悠長なのか。

 もしそうなら警戒しても無駄だと、彼の理性が言っていた。


「じゅ…んんっ…状況を教えてくれないか?」


 噛んだ。

 麻酔が残っていた訳では無い。

 心の中は冷静な怪物の彼をして尚、自覚も出来ない本能的な恐怖は抑え切れなかっただけだ。


 看護婦の語った内容は納得のいくものだった。

 あの夜、襲撃者たちに撃たれた傷が原因で彼は意識を失った。

 それから間も無く救急車が到着して、彼を搬送し、この日和見病院で手術が行われて手術は成功、後遺症の心配も無いと言う。

 襲撃者は目撃者の動きを牽制していたが、襲撃者の視界外の誰かが携帯電話で救急車を呼んだらしい。

 襲撃者も流石に救急車を妨害はせず逃走した。

 政治家にしてみれば、襲撃者を一人も捕まえられなかったのは残念かもしれないが、彼自身が無事だっただけでも儲け物だろう。

 愚民に叡智を与えてはいけないが彼の持論だが、この時ばかりは携帯電話の普及に感謝した。


***


 襲撃と言うと大袈裟かもしれないが、病院でも事件は起きた。

 届いた市民からのファンレターの中にカミソリが入っていたり、見舞いに来た少年が包丁を腰溜めに構えて突っ込んで来たり、窓の外から手榴弾が投げ込まれたり…。

 しかし、そのどれ一つとして、政治家にかすり傷一つ負わせることは出来なかった。

 カミソリ入りのファンレターは、隣にいた看護婦がカミソリを避けて開いて発覚した。

 少年が上着の下に隠していた包丁は、隣にいた看護婦が少年の手首を捕まえて止めた。

 窓の外から放り込まれた手榴弾は、隣にいた看護婦が懐から取り出した裁縫用の針を差し込んで爆発させなかった。


(最初の襲撃の成果が無さ過ぎたせいだろうな)


 遣り過ぎた彼への警告が無意味なら、襲われた彼への世間の同情だけが集まって逆効果となる。

 かと言って、同じことを繰り返しても同一犯だと疑われ、他の人間が彼に成り代わることが困難になる。

 今更引き返せない首謀者たちの思惑が、散発的な襲撃に現れていた。

 そんな何度目かの襲撃の後、彼は看護婦に尋ねた。


「お前は怖くないのか?」

「何がざますか?」


 看護婦は不思議そうに小首を傾げた。

 これが目を見張る美少女なら、見せられた相手は心臓が跳ね上がるところだが、生憎と彼女はいかつい強面である。


「俺の担当は怖いだろ? 逃げても良いんだぞ」


 普通の看護婦なら上司に担当を変えて欲しいと願うだろう。

 許可されずに病院を辞めたとしても、誰も責めることなど出来まい。

 しかし彼女の答えは違った。


「看護婦が患者を護るのは当たり前ざます」


 余りにも呆気らかんとしていた。

 無知なのでも、無謀なのでも無い。

 其処にあるのは看護婦としての誇りだけ。

 だから政治家は判っている質問をした。


「お前はいつまで俺の担当を続けるんだ?」


 そして予想通りの答えが返って来た。


「退院するまでざます」


 政治家はもう、この病院で警戒することは無くなった。

 少なくとも彼女が担当である限り。

続けて完結編を投下します。

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