政治家でございます(前編)
せんちゅりーなお話です。
「昨日未明、衆議院議員で自民党所属の伊澄淀政氏が緊急入院をしました。氏は…」
テレビでは地元の有力政治家の緊急入院が放送されていた。
政治家が入院する理由と言ったら相場は決まっている。
マスコミからの雲隠れだ。
「よお! また世話になるぜ」
「またざますか…」
婦長さんはベッドの上で手を振る男に呆れて返した。
テレビのニュースで映し出されているのと同じ顔の男、つまり緊急入院した政治家である。
参議院議員にしては若い中年だが、血色も良く、中年太りの気配も無い。
「病室が埋まったら出て行って貰うざますからね」
呆れて物も言えないといった風情で定期健診を行う。
勿論、男の健康状態に異常は無く、彼女の記録に嘘は無い。
万が一、この記録が世間に漏れでもしたら、炎上すること間違いなし。
テレビも新聞も雑誌も挙って取り上げ、対立派閥は水を得た魚の如く燥いで叩くだろう。
「お前くらいだよ。暴言を許せるのは」
リップサービスだ。
彼にも気を許せる部下くらいは居る。
しかし、一病院の一婦長に気を許しているのもまた事実であった。
「お世辞を言っても譲らないざますよ」
「わかってる」
これはそんな彼らの出会った頃のお話。
***
――日和見病院。
某県某市の片隅にある、ごく普通の総合病院。
そこには、ごく普通の建物があって、ごく普通のお医者さんが居て、ごく普通の診療が行われていました。
ただ一つ普通と違っていたのは…婦長さんは――だったのです!
***
――三年前。
いつもの仕事帰り。
週末なので、道路は当然の権利のように渋滞していた。
その中の一台、公用車に政治家の姿があった。
彼を乗せたセンチュリーも当然止まっていたが、彼は気にしていなかった。
時間は金よりも貴重だと言ったのは誰だったか。
確かに時間はいくらあっても足りないが、それを表に出すようでは、まるで時間に追われる貧乏人のようではないか。
上に立つ者の矜持として彼は表に出さない。
足りない分は効率と手駒と水面下で補っていた。
「市民が手を振っています」
運転をしている秘書が言った。
若い男だ。
清潔そうなオールバックで、高級そうなスーツに身を包んだ、如何にもエリート然とした好青年である。
しかし如何せん、真面目そうではあるが表情に乏しい。
『クールで素敵』と女性受けは良いのだが、本人は喜んでいなかった。
政治家が窓の外を見渡すと、それらしい市民が反応する。
彼が笑顔で手を振ると、市民は喜んで手を振り返し、頭を下げて去って行った。
「変わらないな」
政治家は普段の…自信に満ちた頼りがいのある男の顔に戻って言った。
「何が、でしょうか?」
政治家と秘書の関係には様々な形がある。
この政治家は秘書が独り言に反応することを咎めない。
望んでいないタイミングで独り言に反応されることを嫌う者は少なくない。
「市民だよ。相変わらず莫迦なことに熱を上げている」
先程の市民のことでは無い。
「マスコミや新興宗教に踊らされて、やれ景気が悪い、政治が悪い。やれ男が悪い、女が悪い…よくもまあ飽きないものだ」
彼の言うマスコミや新興宗教とは、民に聞こえの良い言葉を囁き、自分たちに都合が良いように操る連中のことを指す。
前者は国や組織であり、後者は個人や団体だ。
「無意味とは言わんが不毛なことよ」
政治家に比べれば学も経験も足りない秘書から見ても不毛と思われた。
そう思えないからこそ莫迦と言われているのだ。
「…時に、携帯電話をどう思う?」
秘書は最近普及し始めた携帯電話のことだと思った。
簡易携帯電話であるPHSでは無い。
彼の主人は、直ぐ廃れる流行語はあまり使わないのだ。
主人の意図を図りかねた秘書は率直に答えた。
「便利だと思います。メール機能は非常時でも複雑な遣り取りが可能となり、音楽機能は生活に潤いを与え、インターネット機能は幅広い情報共有で世界を一つにしました。この渋滞の原因もリアルタイムで判るようになったのでは?」
広告にも使えそうな模範的な回答だった。
ここ20年で急速に発展したカーナビゲーションが携帯電話で代用できるようになるのも遠くないだろう。
「んふふ」
政治家が望んだとおりの回答を得られて嬉しそうに鼻で笑った。
「違うな。不便の始まりだ」
「………」
秘書は無言で主人の言葉の続きを待つ。
「何時でも連絡が着く。その時は電波が届かなくても、届くようになれば連絡が届く。これは詰まる所、本当の意味での休みが無くなると言うことだ。奪われるとも言えるな」
そう言われても、四六時中政治家の付き人をしている秘書には実感が湧かなかった。
「情報の共有と言っても、その真偽や正当性は誰が証明する? しかも誰もがその発信源となれる。この意味が分かるか?」
秘書は想像して身震いした。
証明されるよりも遥かに多い、不確かで雑多な情報で世の中が溢れ返る。
検索サービスもあるが同じだ。
正しく知っていて自分に不利な情報を流す正直者が、世の中にどれほど居ると言うのか。
「それだけではないぞ。カメラも遠からず携帯電話に搭載される」
主人がそこまで言うのだから、相当不味いことなのだとは判るが、無学な秘書には想像も付かなかった。
秘書の反応に気を良くした政治家は満足そうに頷いてヒントを出した。
「誰でも、何処でも、写真を撮れて、共有できる。これでどうだ?」
秘書は主人の満足のいく答えを出せなくて焦る。
そこで政治家は、今度は窓の外を指差して言った。
「例えばだ。私があの男女のように、点滅している信号を無視して歩道を歩いたとする」
「!」
秘書の反応を見て、政治家はニヤリと笑う。
「理解したようだな。そう、私は瞬く間に世間から叩かれるだろう。インターネットで共有された犯行写真によってな」
そういうことなのだ。
今まで情報は新聞や雑誌、テレビを通さなければ世間に広まらなかった。
利用者の少ないインターネットで見たと言っても、中々信用されなかったし広まらなかった。
いずれにしても、権力者なら圧力を掛けて止めることも出来た。
しかしこれからは違う。
圧力を掛ける間も無く広がる。
インターネット上の全てを確認し続けることは事実上不可能だ。
コピーされれば揉み消してもイタチごっこであり、切りが無い。
政治家や上流階級が、今まで以上に気を付けなければならない時代が来るのである。
尤も、大半は元からボロを出さないよう、普段から己を律しているのだが。
「政治家や上流階級の特権だけにしておけば良かったのだ。金の亡者どもが目先の金や便利さに騙されおって…」
彼が政治家になった頃には、既に止められない状況だった。
数十年掛けて、世間に先駆けて国が量子コンピュータを実用化させていれば、十分な対策を取れたかもしれないが、最早後の祭りである。
「愚民どもも互いに監視し合い、粗探しや陰口に精を出すことだろうよ」
何時の間にか渋滞が解消され、車が動き出す。
政治家は首を吊って遊ぶ子供を見るような気分で、捕まらないからと軽犯罪を日常的に繰り返す窓の外の愚民たちを見送った。
後編は09:00頃投稿予定です。




