第2章 疑惑のふたり
プロローグ 第2章
ボクとカナは、綾さんとともに車で警視庁山辺署に向かった。
その道中、カナは何かにおびえるように肩を震わせていた。そのカナに対して、ボクはただ、背中をさすってやることしかできなかった。カナに———カナだけでなくボクや綾さんにも———組織の魔の手が迫っているのは目に見えた。
「真帆。今回の件、捜査本部が立つことになったって。」
「そう。本部長は?」
「私。」
「えっ?」
「いやぁ、出世もそろそろかな・・・。」
「ふざけないで!」
「ごめん。」ボクの語調が特に強かったらしい。綾さんはすんなり謝った。
「でっでも、綾さん、まだ警部補だよな。」
「うん。なんでも桃原課長の命令らしいんだ。」
「へぇ・・・。でもなんでまた、綾さんなの?」
「それを解くのが、君、探偵の仕事というものじゃないのかい?」
「はいはい。分かりましたよ。」
———「でも、真帆ならすぐに解いちゃいそうだけどね。」いつものカナなら、ここでこんな風に言うだろう。でもそれを言えないぐらい、カナには今重い影がのしかかってきているのだろう。
「あのさ、綾さん。ボクとカナなんだけど、いつぞや使ったあの偽名に戻ってもいいかな?」
「偽名って、阪本姉妹?」
「うん。その方がカナも少ししか変わらないかもけど、安心できるかなって。」
ふと横を見ると、カナがこちらをハッとしたように、振り向いた。
「真帆・・・。」
「大丈夫。カナのことはボクが死んでも守ってあげるから。」綾さんに聞かれるとまずいので小声でカナに耳打ちした。
「分かったよ。じゃあ、偽名を使うことを伝達しておこう。」
「あっ、綾さん。」
「何?どうしたの?」
「桃原警視にはこのこと言っちゃだめだ。それに、あいつの前でボクたちの話を今後、一切しないでくれ。」
「分かったけど、どうして?」
「話せる時が来たら、しっかり話すから。だから、それまではボクの指示に従ってくれ。」
「はいよ。真帆。くれぐれも一人で突っ走って危険な目にあわないでよ?遥香先輩に合わせる顔がなくなっちゃうから。」
「分かってるよ。そんなことぐらい。」
ボクはぶっきらぼうに返事をした。そんな話をしていると、車は山辺警察署に到着した。
*
「では、北星川河川敷、拳銃を用いた殺人事件の捜査本部会議を始めさせていただきます。」
警視庁山辺警察署、3階にある会議室。壇上で綾さんがマイクを使って話し出す。会議室には、少なくとも60名の警察官が集められていた。ボクとカナは最前列の一番端の席に座っていた。
「ここからじゃ、モニターが見にくいな。」
「コラ。捜査会議に入れてもらえてるだけ感謝しなさい。」独り言のつもりで言ったことだったがカナには丸聞こえだったようだ。すかさずたしなめられる。
「はい・・・。すみません・・・。」
「まず、配布資料1枚目をご覧ください。事件概要が載っています。遺体発見場所は東京都山辺市下新井の北星川河川敷。被害者は、所持していた免許証から、東京都北星市在住の27歳女性、五十嵐由紀だと推定されます。遺体の第一発見者で通報者は、そこにいる阪本智花さんです。今回は、一課長からの指示で捜査協力してもらうことになりました。遺体の近くから拳銃が一丁見つかっていることから、この拳銃を用いた事件と考えます。鑑識によると、犯行に用いられた拳銃は、例の組織〝緋色の組織〟のもので間違いないそうです。したがって今回の事件は、〝緋色の組織〟に関係する事件と考え捜査を行う。捜査中は、必ず誰かと二人以上で行動し、配布された無線機のGPS装置を常時オンにしておくこと。では、詳細について笹岡から。」
すると、マイクを置いた綾さんがこちらに歩いてきた。壇上では、綾さんの部下、笹岡巡査部長がモニターを使いながら、事件の詳細を説明していた。綾さんはボクたちの隣に腰を下ろした。
「偽名の件の説明、あれで大丈夫だった?勘づいてる捜査員も多いと思うけど。」
「うん。十分。だって、ボクたちと関わったことのない人しかいないんだろ?」
「うん。まあね。それで、私は本部長だから署に居なきゃいけないから、二人には捜一期待の若手で私の高校の後輩。それに加えて昔のペアっ子の———」
「片山 詩織が付かせていただきます。」綾さんの後ろからひょっこり現れたのは小柄でとても捜査一課強行犯係とは思えない女性警官だった。
「詩織。勝手に出しゃばんないの。」
「すみません。」
「こんな感じでそそっかしいしドジも多いけど、捜査眼だけは確かだから。」
「「はぁ・・・。」」完全にボクとカナは流れに飲まれていた。
「ひどーい。先輩。捜査眼だけって。それ以外にも私のいいところありますよね。」
「そうかな~?ついこないだもホシを追い詰めたのに、逃げられたのは誰でしたっけ?」
「うぐ。」
「まあ、そういうことで。頼むよ。うちのかわいいかわいい双子をね。」綾さんが片山刑事に向かって言う。すると、綾さんはくるりと向きを変え、壇上のテーブルにもどっていった。
「よろしくね。智花さん、真さん。」片山刑事がこちらを向いて話しかけてくる。
「はい。よろしくお願いします。」カナが答える。
「よろしくお願いします。ちなみに、片山さんって階級は?」
「巡査部長。なんで?」片山刑事がにこやかにほほ笑みながら尋ねてくる。
「いや。気になっただけです。」
「そう。二人は今までも捜査してきたの?」
「えぇ。綾さんのお手伝いですけど。だから、資料上は綾さんが解決したことになってます。存在を知っているのは綾さんと笹岡さん、栗原さんに桃原警視ぐらいですかね。」
「蔵前先輩とはどんな関係なの?」
「親戚です。」
「そうなんだ。」
「ちょっとお手洗いに行ってきます。行こう?真。」
「うっうん。」そういってボクと真は席を立った。
*
お手洗いに行くと言っておきながら、ボクは真を人気のない廊下に連れて行った。
「あの、片山巡査部長、気を付けたほうがいいと思う。もしかすると、組織の一員かもしれない。」
「えっ?」
「さっきからボクたちに疑いの目を向けていた。」
「えっ?」
「とにかく、気を付けよう。いいね?」
「うん。」
第2章 疑惑のふたり
*1*
ボクと真は桜台高校の寮の中を歩いていた。1階には食堂と101号室から110号室、2階には201号室から240号室、3階には301号室から340号室といった具合に部屋があると分かった。そして、ボクたちは4階に上がっていった。すると、階段を上りきったところで廊下から走り込んできた誰かとぶつかってしまった。ボクの背後にあったのは階段。そして正面からぶつかられたのだから———
「うわぁぁぁ~~!」ボクは勢いよく階段の下へ転がって行った。
「お姉ちゃん!!」
ドカッ
ボクは階段の踊り場の壁に体を強く打ち付けた。そこでボクの記憶は途絶えた。
*
「———ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。」カナの声が聞こえる。そうか・・・さっき誰かとぶつかって、階段から落ちたんだっけ・・・。体中が痛い・・・。
「お姉ちゃん。起きて!人が刺されてる!」
刺されてる?違う。ボクはただ階段から落ちて、体を打ち付けただけで刺されては・・・。いや、待てよ。さっきぶつかってきた相手、あいつが刺されてるのか?
「早く!お姉ちゃん!起きて!事件だよ!人が刺されてる!」
*
「えっ?」ボクは真に体を強く揺さぶられて意識を取り戻した。
「痛っ!」慌てて起き上がろうとすると、体中に痛みが走った。
「大丈夫?お姉ちゃん?」真が慌ててボクの体を支えてくれる。
「あぁ。ボクは大丈夫だ。それより刺されているってのは、大丈夫なのか?」
「せっ背中に刃物が刺さってて。一応、まだ意識はあるみたい。」
「分かった。」ボクはブレザーの胸ポケットからガラケーを取り出す。そして、119番通報をした。
「もしもし、救急ですか?東京都渋池区にある桜台高校の女子寮で人が背中に刃物を刺されて倒れています。まだ意識はあるようです。とにかく、急いで!」
『わかりました。もう救急車は向かわせましたので、あなたのお名前、倒れている場所を教えてください。』
「ボクの名前は阪本 智花。倒れているのは女子寮の4階の階段部分です。」
『わかりました。では、救急車到着までお待ちください。』
通報を終えたボクは、倒れている人に近づいた。倒れている人は、背中に刃物を深々と刺されていて、体の外に出ているのは柄の部分だけだった。
「真。怪しい人はいなかったか?」
「いなかったよ。」
「分かった。じゃあ、彼女を止血しておいてくれないか?」
「了解。」
ボクは再びガラケーを取り出し、綾さんの番号を押した。ワンコール、反応はない。ツーコール目でようやく綾さんが電話に出た。
「もしもし、綾さん?」
『どうした?智花お嬢様。寂しくなっちゃった?』
「バカ。何のんきなこと言ってんだ。傷害事件だ。早く、桜台高校に臨場してくれ。まだ犯人は近くにいるはずだ。」
『分かったわ。今すぐ向かう。』
「ねえ!お姉ちゃん。意識が・・・。」
「何!?」ボクは慌てて倒れている人の腕をとる。しかし、ボクの手がその人の脈を感じることは無かった。
「・・・死んでる・・・。」
その時、階段のほうから声が聞こえた。
「あっ。ここにいた。今までどこにいたんだい?部屋にいないから心配して———ハッ!どうしたんだ?二人とも。その子は・・・。」
「誰かに刺されたんだ。桃夏。この人が誰か分かるかい?」
「分かるも何も、クラスメートさ。1年C組。赤羽 葵。でも、なんで・・・?葵の部屋はオレたちと同じ2階なのに。なんで、4階にいるんだろ?」
「えっ?この子もボクたちと同じ階の生徒なのか?」
「あぁ。しかもこの4階には3年生しかいないから、彼女はほぼ接点はないと思うぜ。」
「そうか・・・。」
「で・・・。葵は・・・。」
「残念だけど・・・、もう、手遅れみたいだ・・・。」
「そうか。」桃夏はさっきまでの印象からは絶対見せないような暗い顔をしていた。「先生を呼んでくるよ。」
「ありがとう。助かるよ。」
桃夏は再び階段を下りて行った。
「なんか、今の桃夏ちゃん。すごく悲しそうだったね。」
「あぁ。何か彼女とあったのかもしれないな。」
「まあ、クラスメートだったからね・・・。」
遠くから救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえたのはそれからすぐのことだった。
*
現場に到着した救急隊によって、赤羽葵の死亡が確認された。生徒たちは1階の食堂に順次呼び出され、事情聴取を受けることになった。ボクと真は最初に事情聴取を受けた。
「じゃ、階段を上がって4階に着いたとたん、廊下から被害者が飛び出してきてぶつかったんだね?」取り調べを担当している栗原警部が尋ねてくる。
「はい。そうです。」
「そうか。じゃ、これでもう戻っていいよ。」
「では、警部さん。この集音器とカメラだけ設置していってもいいですか?」
「何の為だね?」
「捜査のためですよ。」
「なに言ってるんだ。捜査をするのは私たち警察だ。」
「あれれ~?栗原さん、気づいてないんですか?ボクですよ。ボク。石綿 真帆ですよ。」
「えっ?!なんでここいるんだ?」
「警視から聞いてませんか?潜入調査ですよ。」
「いや、何も聞いていないが・・・。」
「やっぱりそうですか・・・。警視らしいといえば警視らしいですね。」
「そうだな。じゃ、この2つは置いておくよ。」
「ありがとうございます。では、失礼します。あっ、そういえば綾さん———蔵前警部補は?」
「あぁ。蔵前か?蔵前なら今、聞き込みに行ってるよ。2年と1年は特に関係のありそうな生徒以外は部屋で事情を聴くことになったからな。」
「そうですか・・・。では、ひと段落したら、201号室に来るように言ってもらえませんか?」
「わかった。じゃ、お疲れ様。」
「はい。」そういうと、ボクと真は部屋を出ようとした。
「あっ。ちょっと待って。てことは、隣の阪本真は狛江くん?」
「はい。そうです。」真が答える。
「そうか。じゃあ、頑張ってね。潜入調査。」
「「はい。」」ボクと真が同時にこたえる。
*
部屋に戻るとボクはタブレット端末を取り出した。そして、イヤホンをジャックに差し込み、真と片耳ずつつけると桃夏の声が聞こえてきた。
『オレは、葵とクラスメートの灰原 桃夏。1年C組のクラス委員長をしてます。』
『被害者との関係性は?』栗林警部の声も聞こえてきた。
『特に親しいわけでもありませんでした。ただのクラスメートって感じですかね・・・。』
『そうですか・・・。では、事件が起きた午後5時頃は何をされてましたか?』
『その時は・・・オレは日課の散歩をしてました。あいにく一人でしたので証明してくれる人はいませんよ。誰かがオレにGPSでもつけていない限りね。』
「ねえ、お姉ちゃん。」
「なに?」
「もしかして、桃夏ちゃん。GPSに気づいているんじゃない?」
「かもな。まあ、バレたらその時だ。」
『そうですか。では、あと被害者の赤羽さんが恨まれるようなことはありましたか?』
『無いと思います。』
『分かりました。では、お帰りいただいて結構です。ご協力ありがとうございました。』
画面の中の桃夏が席を立ち、食堂を後にした。その時、ボクは悩んでいた。
桃夏は麻薬とは関係がないだろう。もし、麻薬をやっているなら、それ相応のにおいがするはずだ。なら、今回の調査の目的を伝えてもいいはず。しかし、何かが引っかかっていた。それは、真がさっき言った一言だ。
〝実は、あの時、組織の気配を感じてたんだ。だから・・・。〟
これが本当なら、容易く誰かに素性を明かすことはできない。真———カナがボクと一緒に警視庁の依頼で潜入捜査をしているとバレたら、カナの身に危険が及ぶ。一体、どうしたら・・・。
ボクが悩んでいると、ガチャと音がして、201号室の入口のドアが開けられた。桃夏が戻ってきたのだ。ボクは引き続き、桃夏に打ち明けるべきかどうか悩み続けていた。
「で、お姉ちゃん。あの事件はどうするの?」
「う~ん・・・。どうしようかね・・・。」
「桃夏ちゃんに手伝ってもらったほうがいいんじゃないんの?」
「オレがどうしたって?」
「「ワッ!」」突然桃夏の声が聞こえてきて、ボクと真は思わず声を上げた。
「もう。びっくりさせないでよ・・・。心臓に悪いだろ。いつ入ってきたんだよ!」
「ごめん、ごめん。で、オレがどうしたって?」
「いや。ボクたち、この学校に来たばっかだろ?だから人間関係とか一切知らないから、桃夏に手伝ってもらおうかなって話してたんだ。」
「えっ?なんで、君たちが捜査をするんだ?」
「あっ・・・、いや、あの、昔から警察に知り合いがいて、その人に頼まれて、よく事件の捜査をしてたんだ。」
「そうなんだ。で、今回の事件を捜査してほしいと頼まれたけど、オレの手伝いが必要だということだな?」
「あぁ。桃夏さえ———。」
「やる!絶対やる!面白そうじゃん!事件捜査。一回やってみたかったんだよな。オレ、ミステリーが好きだからさ。」
「そっそうなんだ・・・。じゃ、よろしく頼むよ。」桃夏の熱量に思わず押されながら答えた。
こうして、ボクと真と桃夏のトリオが誕生したのだった。
*
本題の麻薬事件と今回の殺人事件の情報は何一つ手に入っていなかった。ボクたちは事情聴取の様子を見届けていた。もちろんタブレット端末で。
「やっぱり事情聴取だけじゃわからないな・・・。」3年生全員の事情聴取が終わったところでボクはつぶやいた。
「そうだね。」真もうなずく。
「もう一度、尋ねたいんだけど、彼女が恨まれるような節はあった?」真が尋ねる。
「どうだろう・・・。でも、彼女は何人かの3年生と仲が良かったみたいだ。」
「そうなの?」
「あぁ。いつも3年生と一緒に居たみたい。」
「クラスには仲のいい子は居なかったの?」
「あんまり居なかったな。あっ!でも、森谷 明華が、仲良かったと思う。」
「その森谷って子は、何号室だ?」
「えっと・・・確か・・・208号室だったと思う。」
「よし。じゃ、さっそく行ってみよう!」
ボクと真、そして桃夏は部屋を出た。
*
ボクたちは208号室の前に着くと、ドアをノックした。
「はぁい?こんな時間に誰?」そんな声がしてドアが開くと、いかにも絶世の美少女って感じの生徒が現れた。ボクは思わず、真の後ろに下がった。
「なんだ。阪本さんたちか。それに委員長まで。どうしたの?」
「実は、さっきの事件のことで一つ聞きたいことがあって。」ボクの異変を察知した真が尋ねてくれる。
「さっきの事件って、アオちゃんの事件のこと?」
「アオちゃんと呼ぶほどの仲だったんですね?被害者の赤羽 葵さんとは。」真が続ける。
「そりゃ、幼馴染だしね。」
「その割には、落ち着いていらっしゃいますね。」いくらか落ち着きを取り戻すことができたボクはさっそく違和感を確かめる。
「えっ?まっまあ、突然すぎて実感がわかないっていうか、なんというか・・・。」その口調からはとても嘘をついているようには思えなかった。ただ、一人の幼馴染を失った悲しみと向き合おうとしている女子高生だった。
「そうか・・・そうだよな。辛い所申し訳ないんだけど、一つだけ聞かせてもらえるかな。さっき、桃夏から聞いたんだけど、葵さん、3年生と仲が良かったんだってね?具体的に誰と仲がいいとか教えてくれない?」
「それなら、3年A組の久保井先輩に野村先輩に、B組の江戸川先輩、瀬川先輩、C組の横倉先輩に、アオちゃんの従姉の上原先輩と特に仲が良かったよ。」
「そうか。ありがとう。じゃ、おやすみ。」そう言ってボクは208号室を後にしようとした。その時、
「ねぇ。なんで、あなたたちが捜査なんかしてるの?」森谷さんが至極当然の質問をした。しかし、この質問に素直に答えることができる状態ではない。返事に困っていると、それまで口をつぐんでいた桃夏が口を開いた。
「Need Not To Know。君は知る必要のないことだ。では、おやすみ。何かあったら内線で食堂に連絡するように。食堂には警察の人がいるから。」
そう言うと桃夏は強引に208号室のドアを閉めた。
「さ。戻ろう?」桃夏がニカッと笑いながらこちらを振り向きざまに言った。
「うっうん。」ボクは慌てて返事する。
「なんか、いまのカッコよかった!」真が言う。
「そうか?」
「うん。お姉ちゃんも確かにカッコいいけど、お姉ちゃんとは比べ物にならないぐらい。」
「あっありがとう。」
思わず、桃夏が顔を赤らめていた。こういうことをサラッと言ってしまうのが真———カナの恐ろしい所でもある。
「それじゃ、オレたちの部屋に戻ろうか。」
「そうだな。」
*
自室に戻ったボクたちは、今までの状況を整理することになった。
「じゃあ、ここまでをまとめるね。」真がしゃべりだす。手元には、先生から借りてきたホワイトボードが3枚。真の字でぎっしりおおわれていた。
「今日午後5時過ぎ。この桜台高校の女子寮4階の階段の所で、背中に刃物を刺されて、この高校の1年C組の赤羽 葵さんが死亡しました。彼女は階段でお姉ちゃんとぶつかっています。彼女が刺されたのは4階の廊下かどこかの部屋と考えられます。」
「なるほど。」どこか聞き覚えのある声が聞こえた。ボクは声のした方を振り向いた。
「綾さん!何してるの?」部屋の入り口には綾さんが立っていたのだ。
「自分から呼んでおいてその態度はないでしょ。」
そこで、ボクは栗原警部に頼んだことを思い出した。
「悪い。そういえばそうだったな・・・。」
「しっかりしてくださいよ。智花お嬢様?」
「はいはい。悪かったな。」
「あの~。」桃夏の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。「お取込み中失礼します。えっと・・・。どちら様ですか?あっ。オレは、彼女たちのクラスメートの灰原桃夏です。」
「どうも。私は警視庁捜査一課警部補、蔵前 綾です。よろしく。」
綾さんが警察手帳を見せながら言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「桃夏には、捜査協力してもらうことになったんだ。」
「なるほど。だから捜査会議まがいのことしてたのね。」
「うん。」
「でも、ほんとによく事件に遭遇するよね。智花は。」
「悪かったね。」
「あの・・・。そろそろ続き行っていいですか?」真が言う。
「あっ、ごめん。どうぞ続けて。」綾さんが答える。
「はい。凶器は背中に刺さっていた一般的な家庭にならどこにでもある包丁です。包丁の種類と購入履歴から持ち主を特定するのは至難の業かと。」
「確かにそうだな。」
「そうかな?ここは寮。無料の食堂があるからわざわざ金のかかる自炊なんかする人のほうが少ないと思うけど。」桃夏が突然言い出す。
「そうか・・・。でも、内部の犯行だと決まったわけじゃ・・・。」
「いやいや。外部からの犯行は無理だよ。事件は午後5時過ぎだったから外はまだ明るかったし、こんな広い敷地で誰にも見つからずに女子寮に辿り着くなんて無理だぜ。」
「確かにそうだな・・・。つまり、犯人は内部の人間。それも、3年生の誰か。」
「やっぱりオレは、彼女が仲良かったっていう先輩たちが怪しいと思う。」
「だろうな。」
「仲が良かった先輩って?」綾さんが尋ねる。
「そんなことも知らなかったのか?」
「だって、私が担当したのは2年生だけだし。で、誰なの?その先輩って。」
「3年A組の久保井先輩に野村先輩に、B組の江戸川先輩、瀬川先輩、C組の横倉先輩に、被害者の従姉の上原先輩。下の名前までは・・・。」
「A組の久保井薫、野村柚、B組の江戸川愛由菜、瀬川頼子、C組の横倉香織、上原知美、です。」桃夏が淡々と答える。
「さすが桃夏。学年が違うのによくわかったね。」真が感心したように言う。
「えっ?まっまあ。オレ、昔から記憶力だけはいいから。」
「そっか。」
「じゃ、その人たちを訪ねてみよう。」そういってボクは腰を上げようとした。
「待って。さっき被害者の部屋を訪ねて思ったんだけど、私達が行くと怪しまれない?」真がつぶやく。
「そっか・・・。確かに転入初日の人間が事件捜査って怪しさ満点だもんな・・・。じゃ、綾さんと桃夏で行ってきてくれないか?」
「うん!行く!」桃夏が張り切って言う。
「はいよ。」綾さんがやや面倒くさそうに言った。
「じゃ、綾さん。コレつけておいて。」そういってボクは綾さんにボールペンを渡した。
「「何?コレ。」」綾さんと桃夏が不思議がる。
「盗聴器付きボールペン。」
「えっ?」
「それとボクのパソコンがつながってるから、ボクたちも部屋に居ながら音声が聞けるって訳さ。」
「分かった。っていうかなんでこんなもの持ってるの?」
「Need Not To Know」真が作ってくれたなんて、口が裂けても言えない。
「あっそう。じゃ、行こうか。桃夏ちゃん。」
「はい。」
桃夏と綾さんは連れ立って部屋を出て行った。ボクと真は自分たちの部屋に戻り、パソコンを起動させる。そして———
「えっと、どうやるんだっけ?」真に尋ねる。
「はいはい。このファイル開いて、パスワード入力したら終わり。あとは、音声が入ってくるのを待つのみ。ていうか、ほんとに智花は機械に弱いよね。」
「悪かったな。機械音痴で。」
「いや。いいんだけどね。一見して完璧に思える智花の可愛い一面だからね。」
「なんだそりゃ。」
「それで、真帆はあの先輩たちが殺人事件に絡んでるって考えてるの?」
「あぁ。そして今回の殺人は麻薬グループの仲のもつれが絡んでるはずだ。」
パソコンから声が聞こえてきたのはその時だった。
『失礼します。久保井先輩、野村先輩。夜分にすみません。灰原です。少々よろしいでしょうか?』
『なぁに?』いかにも面倒くさそうな声が聞こえてきた。
『警察の人が話を聞きたいと言っています。』
『えっ?警察?あっそう。柚~!警察の人が来たよ~。』
「ねぇ。今の久保井先輩、明らかに動揺してたよね。」真が尋ねてくる。確かに、今の声には明らかな動揺の色が見て取れた。
「あぁ。ほぼクロと断定してもいいかもな。」
「えっ?それは殺人の?」
「それはまだ断定できないけど、麻薬のほうは決まりだな。」
『はい。お待たせしました。話って何でしょう?』今度はいかにも協力的な声が聞こえてきた。
『先ほど発生した事件に関連しまして少し、お話を聞きたいのですが、お部屋の中でも構いませんか?ほかの人に聞かれたくないので。』
『分かりました。』
「素直に部屋に入れるんだね。」真が尋ねてくる。
「怪しまれないようにってことだろうな。どうせ麻薬があるのは自分たちの部屋だろうから。共有のリビングにだけ入れるってことだろうな。」
「そっか・・・。」
『それで刑事さん。話というのは何でしょうか?』
『実は、被害者と仲が良かったとのお話を聞きましたので、誰かから恨まれる節は無かったかと思いまして。お話聞かせていただけないでしょうか。』
『恨みですか・・・。私たち、結構仲良かったけど、恨まれるような子じゃないし、そんな話も聞いたことないです。』
『そうですか・・・。では、なぜお二人は被害者と仲が良かったんですか?』
『部活が同じで、初めて会った時、出身中学も一緒だったので地元話で盛り上がりました。それから、色々な話をするうちにどんどん仲が良くなっていきました。それに私たちのクラスメートに彼女のいとこが居たので、余計に仲良くなったんだと思います。』
『そうですか。ありがとうございました。では、失礼いたしました。』
そういうと、綾さんと桃夏は部屋を出たのだろう。綾さんのヒールの音と桃夏のスリッパの音が聞こえた。二人がボクたちの部屋に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。
*
「多分、あの二人が麻薬に関係していることは間違いないと思う。綾さん。どうだい?部屋を調べてみないかい?」ボクは綾さんにこっそりと耳打ちした。桃夏はカナと何か話していた。
「いいけど、それには令状を取らなきゃ。」
「いや、任意でいい。」
「そう。」そういうと綾さんは携帯を取り出し、電話をかけ始めた。
「ねぇ、智花。」
「どうした?桃夏。」
「あの人たちがホントに葵のことを殺したのか?」
「はっきりとは言えないけど、さっきの慌てようから見てまず間違いないと思う。明日、警察に部屋を調べてもらうよ。」
「でも、そんなことしても拒否されるだけだろ?」
「まあな。でも、彼女たちが犯人ならば、拒否したうえで証拠を隠したり、ほかのやつらと口裏を合わせたりしようとする。それを狙うのさ。」
「なるほど・・・。さすがだな・・・。」
「それに、もう1件、調べたいことがあって。」
「何?」
「桃夏なら関わってないし、口外しないって信じて話すけど、この学校で麻薬をやってる生徒がいるっていうタレコミがあったんだ。」
「そっそうなのか?」
「あぁ。」
「それで、その麻薬にもあの先輩たちが関わってると考えてるのか?」
「うん。」
「それで、殺人の調べとともに、麻薬の調べもするってことか?」
「そう。綾さんも意図は分かってると思う。」
「なるほどね・・・。」
「じゃ、今日は遅いし、休むとするか。明日は休みだもんな。」
「そうだね。」「そうだな。」
そこに電話を掛け終えた綾さんが戻ってきた。
「今日この後はどうするの?」
「もう休むよ。」
「でも、夕飯、まだなんじゃない?」
そう言われた途端、真のお腹が鳴った。
「あっ・・・。」
「ふっふふふ。そういえば、食べてなかったな。どうしよう。事件があったから、食堂は閉まってるし、君たちの歓迎会もこれじゃできないもんな。」桃夏が言った。
「それなら、近くのお店に行きましょ。」綾さんが提案する。「せっかく智花と真に新しい友達ができたんだから。」
「いいですね!」桃夏が勢いよく答える。
「桃夏ちゃんは乗り気だけど、二人はどうする?」
「もちろん、綾さんのおごり、だよな?」ボクは半分、彼女へのからかいも込めて言った。
「えっ・・・。ちょっと給料日前だから・・・。」
「嘘だよ。ちゃんとお金は持ってますから。」
「じゃ、早く行きましょ。遅くなると寮長に怒られますよ。」桃夏が言ってきた。
「そうだな。でも、寮長って桃夏、君のことだよね?」
「あっ、バレた?」
「バレバレだよ。被害者は同学年だったから部屋番号を知ってても不思議はないが、なんで2つ上の学年の先輩の部屋番号にクラスにフルネームまで知ってるのさ。それに、君だけ、一人だったのも不思議だ。そして、君の部屋、2階の一番端にある。この点から考えて判断したのさ。」
「さすが、世の中を騒がせている女子高生探偵だな。」桃夏がまたボソリとつぶやいた。
「うん?」ボクは聞き取れず、聞き返した。
「いっいや。さすがだなって。さすが、何回も捜査協力しているだけのことはあるな。」
「ありがとな。」
その時、ボクの制服の胸ポケットに入ったガラケーが震えた。
「ん。電話か。もしもし、阪本です。あぁ、栗原さん。どうしました?」
電話の主は警視庁刑事部捜査一課強行犯一係の栗原警部だった。
「えっ!?ほんとですか!わかりました。すぐ行きます。」
「どうしたの?お姉ちゃん。」真が尋ねてくる。
「事件に進展があったみたいだ。ちょっと行ってくる。」
「じゃ、オレたちも。」桃夏が言った。
「いや。今回はボクだけで行く。大丈夫。あとでちゃんと説明するから。三人でご飯、食べてきなよ。」
「でも、智花は・・・。」
「いいんだ。腹が減っているほうが頭が回る。いいか。ボクは頭脳なんだ。桃夏、残りはただの付け足しだよ。かのシャーロックホームズだって言ってただろ。」
「はぁ・・・。」
「じゃ、行こっか。ああなったお姉ちゃんは止められないよ。」真が桃夏に耳打ちしていたのに、ボクは気づいていた。
*
ボクは電話をかけてきた栗原警部がいる1階の食堂に向かった。
さっきの連絡で栗原警部はやや興奮気味で、凶器が見つかったと言っていた。でもボクはこの事件について何もつかめていなかった。唯一つかめているのは被害者の交友関係ぐらい。そして、麻薬に関わっている人がその被害者の友人にいる可能性がある。それぐらい。限りなく真実とは遠い気がした。けれど、凶器が見つかったとなれば、あとは警察が解いてくれるだろう。そんな淡い期待と欠伸を押し殺しながら、食堂へと歩みを進めた。
「お待たせ様です。栗原警部。」
「悪いね。夜遅くに。」
「いいえ。大丈夫です。で、見つかった凶器というのは?」
「コレだよ。」
そういうと栗原さんはビニール袋に入れられた、血の付いた刃物を掲げて見せた。
「今はまだ鑑識が調べていないから、凶器かどうか分かったわけじゃないが、ほぼ確実だと思う。」
「この刃物の柄についている茶色い土のようなものは何でしょう?」
「あぁ。それか。実は発見されたのが、寮と校舎の間の中庭だったんだ。埋められてたみたいだ。」
「埋まってたにしては発見が早かったですね。」
「いや。警察が調べだしたころにはもう、埋まってなかったんだ。何者かによって移動させられたか。あるいは、犯人が自らご丁寧に掘り出してくれたか・・・。」そんな栗原警部の説明を聞きながら、ボクは凶器の写真を何枚か撮った。
「分かりました。ありがとうございます。では、ボクはこれで。」
「もういいのかい?」
「これ以上いると怪しまれかねないので。あとは、自室で考え込みます。また、何か分かったことがあれば、電話してください。解決できたら連絡しますので。」
「わかった。お疲れ様。」
ボクは食堂を出ると、201号室に戻っていった。
ガチャ
「ただいま~。ま、誰もいないか・・・。」
201号室は、静まり返っていた。ボクは、さっき撮ってきた凶器の写真を見つめた。唯一犯人に近づく手がかりであろうこの凶器の物語は何か。それを解きほぐすことができたならば、事件を解決できるだろう。
「待てよ・・・。この包丁、右利き用だな。でも、まあ、右利きのほうが圧倒的に多いこの世界じゃ、右利きだってわかっても意味ないか・・・。」
そこでボクは少しの間考え込んだ。そして、ガラケーを取り出し、桃夏の電話番号を選択した。
「あっ、もしもし。桃夏?悪いね。食事中に。」
『全然大丈夫。まだ注文が終わったぐらいだから。』
「そうなんだ。」
『で、どうしたんだ?』
「あのさ、さっき言ってた3年生の中で右利きの人がいたかどうかって知ってる?」
『えっ・・・。右利きかぁ・・・。あっ!全員左利きのはずだぜ。仲良しみんな左利きだから印象に残ってるって前に葵が言ってたぜ。』
「そっか。ありがとう。」
『犯人が分かったのか?』
「いや、まだだ。犯人の目星は分かったがな。」
『えっ!?ホント?』電話口から綾さんの声が聞こえてきた。
「あぁ。戻ってきたら詳しく伝えるよ。じゃ、ボクはもう少し推理を深めるよ。」
そう言ってボクは電話を切った。
犯人が右利き用の包丁で犯行に及んだってことは、右利きの犯人か、それともあの被害者と仲が良かった3年生のうちの誰かが自分たちへの嫌疑をそらすために、わざわざ右利きを選んだということだ。しかも、今回の被害者は周りから恨まれている筋は無かった。ということを踏まえると、やはりさっきの推論では後者が正しい可能性が高くなる。
「ねぇ、母さん。どうしたらいいんだろう・・・。」ボクは制服の胸ポケットに入っているガラケーを制服越しに触りながらつぶやいた。このガラケーは3年前に死んだ母の形見だ。
「どうしたら、犯人に近づけるんだろ・・・。ふぁぁぁ・・・。疲れたぁぁ・・・。」
気づくとボクは、夢を見ていた。
*
「母さん!父さん!嘘だよね?!嘘だ!死んじゃいや!ボクを一人にしないでよ・・・。」
ボクの前には鮮血に身を染めた母・遥香と父・颯太が横たわっていた。すでに父はこと切れていた。母も、もう危ないと見て取れた。その時、母がポケットからガラケーを取り出した。そして、泣き崩れるボクの手を握り、ガラケーを押し付けてきた。
「母さん!お願い。生きて!死なないで。また、ご飯、作ってよ・・・。一緒にどっか行こうよ・・・。買い物しようよ・・・。ねぇ、だから・・・、生きてよ・・・、っ・・・あ、っ・・・、ぅあ・・・っ・・・」
「真帆。ごめん・・・ね・・・。で・・・も、真帆・・・・なら・・・大・・・丈夫・・・。」母さんが今にも消え入りそうな声で話す。「なん・・・てっ・・・たっ・・・て・・・、私・・・と・・・颯・・・太・・・さ・・・ん・・・の・・・む・・・す・・・め・・・だから・・・。悲・・・しく・・・なっ・・・た・・・ら・・・、つ・・・ら・・・く・・・なっ・・・た・・・ら・・・、こ・・・の・・・ガ・・・ラ・・・ケーの・・・メー・・・ルボッ・・・ク・・・ス・・・を・・・。」そこまで言うと、ボクの手に押し付けられていた母さんの手から力がスッと抜けた。
音もなく、ボクと母さんの手からガラケーが地面に落ちた。
「母さん!!!!!」
*2*
「———?智花?智花?大丈夫か?」
「———さん。母さん・・・。ハァハァハァハァ・・・。」
「ちょっと、智花。大丈夫か?」
ボクは誰かに揺さぶれている感覚を感じた。
「桃夏ちゃん。いいよ。寝かしておこう。両親が亡くなってから、何回かこんなことがあるんだ。」
遠くで、誰かの声がする。どことなく懐かしい声・・・。ハッ!もしかして、母さん!?
「母さん!」ボクはガバッと起き上がった。開けた目に飛び込んできたのは、綾さんと真、それに心配そうな桃夏の顔だった。
「やっと気づいた。大丈夫?智花。」桃夏がいかにも心配そうに声を掛けてきた。
「えっ・・・。」
そして、ボクはすべてを悟った。うたた寝をしていたら思い出したくない、忌々しい記憶を思い出してしまったのだと。目から涙が大量に流れ落ちているのに気付いたが、それを拭う気力も起きない。
「ま・・・智花。ちょっと外、歩いてくる?」綾さんが声を掛けてくる。
ボクは無言のまま、コクリと頷いた。
「じゃ、桃夏ちゃん、真ちゃん。ちょっと外歩いてくるね。」
「はい。」
そして、ボクと綾さんは、201号室を後にした。
*
「どうしたの?急に。」
ボクと綾さんは学校のそばを流れている川の河川敷を歩いていた。
「なんか、思い出しちゃった・・・。」
「そっか・・・。」
「今回、初めて母さんが死んだときの夢だった。」
「今までは違ったの?」
「うん。今までは大体、母さんが生きてた頃の思い出とか、事件現場の様子とかだった。」
「大丈夫・・・じゃ、ないか・・・。」
「うん・・・。」
「2年かぁ・・・。事件から・・・。ほんとにごめんね。全力で捜査は続けてるんだけど・・・課長からもう深堀するなと釘を刺されちゃったし・・・。堂々とは操作できてないんだよね。」
「課長って桃原が?!事件を調べるなって?!」
「うん。」
「なんでまた急に・・・。」
「無理しなくていいんだよ。この課長からの件だって、殺人が起きたから刑事がやっても不思議じゃないから、無理に真帆がやらなくてもいいんだよ。辛かったら休んでいいんだよ。」
「いや。麻薬の件も殺人もボクが解決する。桃原にギャフンと言わせるためにも。それに桃夏のためにも。」
「えっ?」
「桃夏、殺人があったとき、ひどく悲しそうな顔をしてたんだ。それに麻薬の話をした時も。」
「そっか・・・。でも、あんま無理しちゃだめよ。」
「分かってるって。それで、一つお願いがあるんだけど・・・。」
「何?」
「女性警官用の制服を一着、用意してもらえないかな?」
「多分、用意はできるけど、なんで?」
「明日の部屋への捜索、ボクも一緒に行っていいか?」
「いや、それはいいんだけど、わざわざ制服に着替える必要ある?」
「さっきも言ったろ。ボクの正体がバレでもしたら、潜入調査してる意味がなくなるだろ。」
「そうだね。分かった。用意するように連絡しておくよ。」
「ありがとう。」
「ほんと、素直なとこあるよね。真帆って。」
「じゃ、ボクはもうちょっと歩いてから戻るよ。」
「はいよ。ちゃんと桃夏ちゃんに謝っとくのよ。心配かけてって。私は署に戻るから。」
「分かった。ありがとな。ホントに。」
そう言ってボクは綾さんと別れた。ボクは、母や父のとの思い出を振り返りながら、河川敷を歩いていた。
20分ほどそうしていた後、ボクは寮の部屋に戻った。
*
「お帰り。」部屋に戻ると真が声を掛けてくる。どうやら、桃夏は寝たらしい。それもそのはず、現在の時刻は11時半を過ぎていた。
「真、お風呂は?」
「もう入ったよ。」
「そっ。じゃ、ボクも入ってくるな。」
「うん。寝落ちしないでね。」
「カナじゃないから、大丈夫だよ。」
「えっ!どうしてそれを?!」
「フッフン。ボクを誰だとお思いで?天下の女子高生探偵、石綿真帆だぜ。」
「そういえばそうでした・・・。」
「お風呂、入ってきます。」
「はいよ。」
その後、お風呂を出て、ボクが二段ベットの下の段にもぐりこんだ時には、真もすやすやと寝息を立てて寝ていた。
*
翌朝。ボクは綾さんからの電話を受け、朝5時半に学校前に止められた覆面パトに向かった。
パトの窓をノックすると、後部座席のドアが開けられた。助手席には綾さんが座っていた。
「おはよ。智花お嬢様。」
「その言い方、やめてくれ。気持ち悪い。」
「いいじゃないの~。実際、かわいい顔してるんだから。」
「いやだ。」
「もう可愛くないんだから・・・」
「オホン。」
「あっ・・・。千速さん。お久しぶりです。」パトの運転席に座っていたのは、前に事件でお世話になった川岡千速巡査部長だった。
「はい。コレ。頼まれてた制服。」千速さんが制服の入った紙袋を渡してきた。
「ありがとう。」そう言ってボクは服を脱ぎだす。
「ちょっちょっと。ここで着替えるの?」
「いいだろ。この車内には女性しかいないし、この時間に周りを歩いているような人なんていないだろうし。それにこのほうがバレないから。」
「まっまあそうだけど・・・。」
「相変わらず突っ走るね。真帆ちゃんは。」千速さんがくすくすと笑いながら、運転席から振り向いて話しかけてくる。
「そうですか?」そんな会話をしながらボクは着々と着替えていった。
*
「じゃ、工藤巡査。行こっか。」綾さんが言う。
ボクは、女性警察官の制服を着、綾さんにメイクをしてもらい、髪型も変え、少しばかり変装をした。そして、ボクは二つ目の偽名を使うことになった。〝工藤 佳凛〟。警視庁山辺署、山辺東交番に勤務する巡査である。そういう設定だ。
「はい!先輩!」それともう一つ。綾さんと千速さんの後輩である。
ボクと綾さん、千速さんはパトから降りた。
*
「お疲れ様です。」
ボクたちは寮の1階にある食堂に向かった。そこは捜査の現場本部になっている。
「お疲れ様。」本部長席に座っている栗原さんが顔を上げる。どうやらうたた寝していたようだ。
「うん?こちらは?」栗原さんはボクを見て不思議そうに首をかしげる。
「山辺東交番勤務の工藤 佳凛です。応援で参りました。」
「応援?」
「ほら、ココ、女子寮じゃないですか。どちらかというとガサ入れは女性警官のだけのほうがいいかと。」
綾さんが答える。
「そうか。まあ、いいか。でも君、交番は?」
「大丈夫です。今日はもともと非番ですので。」
「そうか。じゃあ、よろしく頼む。」
「はい。」
「ガサ入れは10時開始だ。それまでに準備しておけ。」
「「はい!」」ボクと綾さんが同時に返事する。
*
「ふぁぁぁ。おはよう・・・。桃夏ちゃん。」私はリビングのソファーに座っていた桃夏に声を掛ける。
時計を見ると9時を回っていた。
(お姉ちゃんたら起こしてくれても良かったのに・・・。)
「おはよう。ずいぶんお寝坊さんだね。」
「ごめん。ちょっと疲れてたみたい。」
「そういえば、智花はどこ行ったんだろう。」
「多分、散歩だよ。お姉ちゃん、いつも朝これぐらいの時間に散歩に行くから。」(多分、昨日の捜査に繰り出してるんだろうな・・・。それに私にも言わないってことは知られたくないことなんだろうな・・・。)
「へぇ~、そうなんだ。」
「うん。そういえば、桃夏ちゃん、朝ご飯食べた?」
「いや、まだだな。」
「じゃ、私作るよ。」
「えっ?」
「だって食堂に警察の人がいるなら、営業はできないでしょ。」
「まあ、そうだけど・・・。」
「じゃ、決まりね。」
そう言って私は冷蔵庫の扉を開ける。しかし———「何も、ない・・・。」
「いやぁ・・・、いっつも食事は食堂か外食だから・・・。」
「じゃ、食べに行こっか。」
「うん。そうだな。でも、智花は?」
「いいよ。お姉ちゃんは。また〝腹が減っているほうが頭が回る。いいか。ボクは頭脳なんだ。桃夏、残りはただの付け足しだよ。かのシャーロックホームズだって言ってただろ〟って言うにきまってるから。」
「ハハハ。確かに言いそうだね。」
「でしょ~。」
*
「ハックション!」
「おや、工藤。風邪かい?」
「ハハハ。大丈夫ですよ。多分どこかで誰かが噂してるんだと思います。」
「人気者だねぇ~。」
「まあ、一応は有名人ですから。」
「このっ!生意気だな!」そう言うと綾さんはボクの小脇をつついてくる。それを千速さんは微笑みながら見ていた。
「そういえば、佳凛ちゃん、朝ご飯食べたの?」
「あっ、そういえば、昨日の夜から何も食べてないですね。」
「やっぱり。さっきコンビニでおにぎり、買ってきたから食べる?」
「いいんですか!?ありがとうございます。」
「はい。どうぞ。」千速さんがコンビニのビニール袋を渡してくれる。中にはいくつかおにぎりが入っていた。しかもすべてボクの好みを押さえている。
「さすが、千速さん!私の好きな具ばっかりです!」
「良かった。」
「工藤、早く食べちゃってよね。もうあと30分でガサ入れよ。」
「分かりました。綾警部補。」
*
「蔵前、工藤、川岡。ちょっと来い。」
「「「はい!」」」栗原警部に呼ばれたボクたちは返事をする。
「ガサ入れに行くぞ。」
ボクたち3人に加え、段ボールを抱えた警官が7人で今回のガサ入れをするようだ。ボクたちを先頭に問題の先輩たちの部屋に向かう。
「そういえば、ほかの先輩の所に聞きに行きませんでしたね。」
「それならもう行ったよ。昨日の夜のうちに、千速と手分けして全部回った。でも、被害者と特段仲が良かったのはあの二人だけだったみたい。」
「そっちにもガサ入れはするんだよな?」
「うん。一課と所轄署の女性警官が強制的に集められてる。でも、ほかの部屋はウチより10分遅く入ることになってる。」
「そっか。」
そんな会話をしている内に、ボクたちは問題の部屋に到着した。
コンコン
「失礼します。警察のものですが、久保井さん、野村さん。いらっしゃいませんか?」ボクは少し声を張り上げて言った。
「はあい、何ですか?」部屋のドアが開く。いかにも眠そうな女子生徒が出てきた。
「警視庁の工藤です。昨日の事件に関連して、あなたたちの部屋を捜索させていただくことになりました。ただ、あくまで任意ですので、もちろん拒否権もあります。」
「えっ・・・?私たちを疑ってるんですか?」
「どした~?薫。」
「警察が部屋を捜索したいって言うんだけど・・・。」
「5分ぐらい待ってもらえます?今、部屋の中に服の類が散らばってるので。」
「構いません。よろしくなったらもう一度出てきていただけますか。」
「はい。ではすみません。」
部屋のドアが再び閉められる。
「じゃ、綾さん。あとはよろしく。」
「えっ?工藤は?」
「ボクは外に回るよ。多分5分の間で証拠隠滅を図ると思うから。」
「分かった。じゃ、千速、一緒に行ってあげて。」
「了解です!」
*
ボクと千速さんは急いで問題の部屋の窓の下に向かった。
「捨てるとしたら窓からだよね。」
「多分ね。」千速さんが詰まりながら答える。
「多分?」
「いや、いくら追い詰められても窓から捨てるかなって。」
「いや、昨日の動揺ぶりを見る限り、正確な判断をできる余力はないと思う。」
「そっか。」
しかし、5分経っても窓からは何も落ちてこなかった。その時、ボクの無線から綾さんの声が聞こえてきた。
『一課蔵前班、対象部屋に入ります。』
「急ごう。千速さん。ガサ入れ始まった。」
「うん。分かった。」
*
部屋に入ったボクは、リビングで指示を出している綾さんに声を掛けた。
「蔵前警部補。」
「やあ、遅かったね。そして読みは外れたね。」
「はい・・・。」
「こっちも収穫なしかな。全部の部屋を探してみたけど・・・。出てきたのは被害者と一緒に写ってる写真とあとは普通の女子高生なら持っててもおかしくないようなものばかり。」
「台所は?」
「まだ捜査してないけど。」
その言葉を聞いたボクは、急いで台所へ向かった。シンク下の収納を開けてみると、そこには調理道具がいくつも置いてあった。ただ一つ、あるものを除いて。
「やっぱり無い。」
「どうしたの?工藤。」
「警部補。私の読みは外れていませんでした。」
「えっ?」
「では、さらなる証拠を探してまいります。」
「ちょっと!?工藤!?」
「警部補。私が付いて行きますので!」
「あっあぁ。」
ボクは部屋を飛び出した。その後ろには千速さんが付いてきていた。
*
ボクが猛ダッシュで向かったのは、ボクと真が最初に入った今は使われていない倉庫だった。
倉庫前に着き、ドアノブを回すが、鍵がかかっているようでビクともしない。
「くそっ・・・。」
「佳凛ちゃん。ここに何があるって言うの?」千速さんが尋ねてくる。
「麻薬です。ここ、もう何年も使われていないはずなのに、ドアがやけに動きやすいんです。雨風でさびているはずなのに。」
「てことは誰かがここに入っていたってこと?」
「そういうことです。だけど、鍵がかけられてる・・・。」
「真帆。下がって。」ふと、振り返ってみると、千速さんは拳銃を構えていた。
「えっ?千速さん。何するつもりですか?」
「ドアを撃つ。鍵を壊す。」
「でも、そんなことしたら・・・。」
「大丈夫。これで証拠は見つかるんでしょ?それなら上も文句は言えないから。それに一般人もいないし。」
「千速さん・・・」
「いいから下がって。」
「はい。」ボクはドアの前から離れ、千速さんの後ろ側に回る。
「いくよ。」
パァァァン
あたりに銃声がこだました。
「入るよ。真帆ちゃん。」
「はい。」この時の千速さんの表情は、どんなイケメンよりかっこよかったと言えると思う。
「入ったはいいけど、何もないわよ。この部屋。」
倉庫の中に入った千速さんは首をかしげる。しかしボクには見当がついていた。
「奥の部屋に入りましょう。そこにあるはずです。」
そう。ボクとカナが最初にここに来た時に、入ろうとしていた部屋だ。千速さんが先陣を切る。そのあとにボクは付いていく。この部屋のドアは鍵が掛かっていなかった。ドアを開けると———
「うわっ・・・すごい匂い・・・。」千速さんが顔をしかめるのも仕方ない。その部屋には、大量の大麻があったのだから。けれど、ボクはそれ以外にも違和感を感じていた。バタンと千速さんがドアを閉める。
「真帆にこれ以上嗅がせる訳にはいかないわ。とりあえず、本部に戻って報告をしましょう。」
「いや、待って。今、大麻以外の匂いもしていた気がする。」
「えっ?」
「血の匂い・・・。」そう言ってボクはポケットに入れておいたマスクを取り出す。「これしてれば、大丈夫でしょ?」
「まあ・・・。でも、大麻の匂いって本当に落ちにくいよ。それでもいいの?」
パッとしない千速さんを置いてボクは再び部屋に入った。部屋の中には少なくとも50株以上の大麻の鉢植えがあった。
「千速さん、コレ、絶対売りさばいてますよ。」
「そうだね。この量だとその可能性が高いわね。」
「すごい匂いですね・・・。」
「あ~あ、せっかくのスーツが大麻臭くなっちゃう。それに今日、匂いを落とすのも大変だな・・・。」
そんな千速さんの愚痴を後ろで効きながら、ボクは大麻をよけながら、進んでいった。すると、部屋の隅に人影を見つけた。
「千速さん、人がいる。」
「えっ?」慌てて千速さんが近づいてくる。
「大丈夫ですか?」ボクはその人に近づきながら呼びかける。しかし、反応はない。
「大丈夫ですか?聞こえますか?」千速さんも呼びかける。依然反応はない。ボクはその人に近づき、顔を覗き込んだ。
「ぎゃっ!!」思わずボクは声を上げていた。現場を何度も見てきたボクですら驚くような凄惨な顔で彼女は亡くなっているのが見て取れた。
「どうしたの?佳凛ちゃん。」
「この人、亡くなってます。すでに・・・。」
「うっうそ・・・。コレ、この学校の制服よね?」
「しかも、スカーフが黄色なので、1年生です。」
「とにかく、本部に連絡を・・・。」
そんな千速さんの言葉をどこか遠くで聞きながら、ボクは制服の肩についている無線機のスイッチを入れ、叫んでいた。
「こちら工藤!校門すぐ横の廃倉庫でこの学校の生徒とみられる女性の遺体を発見!至急!応援願います!」




