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探偵と殺し屋の幼馴染  作者: 平井 瑛太
潜入捜査の秋
4/7

第1章  女子高生探偵 石綿真帆

プロローグ 第1章


 よく晴れた春の日。東京都を流れる川の河川敷をボクは、幼馴染の叶汰と走っていた。

「ねぇ、真帆~~!もういい加減、走るのやめようよ!もう・・・私・・・疲れた。」叶汰が突然、大声を上げる。

「じゃあ、そこで休んでいたらどうだ?」そう言いながら、脇にあるベンチを指さす。しかし、走る足は止めない。「ボクは、もう少し走るから。」

「ちぇ~!」叶汰は、ボクを説得するのをあきらめて、そのベンチに座ったようだ。ボクは、かまわず走り続ける。やがて、桜並木が見えた。もうこれで今日、4回目だ。この桜並木が1キロ、往復で2キロあって、さっきのベンチのところを折り返しているから、大体片道1キロ半、往復3キロぐらいある。いつも走っているお気に入りのコース。ボクは走っている途中にいろいろな表情を見せるこのコースが大好きだ。特に春は両側を埋め尽くすピンクや白の桜の花々。そして、右手を見れば、黄色い菜の花が一面に広がる。

(今日はほんとに穏やかだな・・・。すごい走りやすい。はぁぁ!)「やっぱり走るのっていい!」

思わず、大きな声が出てしまったことを少し恥ずかしがりながら、ボクは桜並木を通り抜け、少し離れたところにある目印としているポールを回って、今来た道を引き返した。今度も両側を埋め尽くすピンクや白の桜の花々。そして、今度は左手に、黄色い菜の花、そして、赤い———

「えっ!あれって・・・。」ボクは、左手に見えた景色を見て、思わず足を止めた。そして、土手を駆け下り、菜の花をかき分けながら進む。

そう、ボクが見つけたのは、腹から血を流した女性だった。

「大丈夫ですか!?」ボクはその女性に駆け寄り、声をかける。その女性の腕をとり、脈を測ろうとした。しかし、ボクの指が、彼女の鼓動を感じることはなかった。

「くそっ!もう死んでるのか・・・。」ボクは、腰にかけていたバックからガラケーを出し、110番通報をした。通報を終えたボクは、女性の周りを見渡した。

(特別、不審物はなしか・・・。)

「お~い!真帆~~!どこ~~?」

遠くから叶汰の呼ぶ声がする。この後の初期捜査のことを考えると、彼女がいたほうが何かと便利である。そう考えた私は、一度、現場を離れ、土手のほうに戻ることにした。しかし、その必要はなくなった。

「あっ!真帆。そんなとこで何してんの~!」叶汰はボクのことを目ざとく見つけ、土手を駆け下り、ボクのいるほうに近づいてくる。

「あっ。カナ。ちょっとまっ———」ボクが彼女を止めるよりも早く、叶汰は女性の遺体を見てしまった。

「イヤァァァァァアア!」その声の大きさに思わず、ボクは、耳をふさいだ。

「落ち着けって。カナ。」

「落ち着いてられっかよ!人が死んでんだぞ!真帆は、探偵だから、もう見慣れたかもしれないけど。」

———そう、ボクは、ひょんなことから女子高校生探偵といわれるようになった高校1年、石綿真帆。一人称は〝ボク〟。カナに言わせると、男勝りな性格らしいけど、彼女のほうが男勝りな気もする。それもそのはず、彼女、狛江叶汰は、〝伝説の殺し屋〟の末裔なのだ。でも、彼女は、今までに一度もターゲットを殺せたことはなく、いつもターゲットを逃がし、依頼人にバレないように新しい生活のサポートまでしている。ボクの幼馴染で親友。ちなみに、ボクが女子高校生探偵で、叶汰が〝殺せない殺し屋〟だというのは、ボクたちだけの秘密だ。(ボクが探偵なのは、警察関係者の間では周知の事実だけど・・・)———

「そんなんだから、いつまでも、依頼人から逃げなきゃいけなくなるんでしょ。でも、もしほんとに殺しちゃったら・・・それはそれで困るし・・・。うん。やっぱり慣れなくていいや。」

「なんじゃそりゃ・・・。」カナも幾分、いつもの落ち着きを取り戻したようだ。「ていうか、警察に連絡は?」

「さっき、しといた。とりあえず凶器ないか探すから、遺体、見といて。」

「わかった。」

ボクは、カナから離れて、あたりの菜の花の間を通り抜けながら、凶器を探しだした。すると、女性が倒れていたところから、3メートルほど離れたところに、拳銃が落ちているのを見つけた。ボクは慌てて、ポケットからハンカチを取り出し、それを拾い上げる。

「これって・・・。」

「真帆?何かあった~?」後ろからカナの声がする。ボクはカナのいるほうへ戻った。そして、さっき拾ったばっかりの拳銃をカナに見せる。

「カナ。そこに落ちてたんだけど、これって。」

「あぁ。組織のだ。」

「てことは、まずくないか?」

「うん。いつ、狙ってくるか分からない。」

「どうする?」

「どうするもこうするも、仕方ないでしょ。警察が来るまで何も起こらないことを願おう。」

「うん・・・。」

 それから10分後。所轄の刑事が現場に到着した。

「あなたが通報者の方で・・・、あなたは!」その刑事はボクを見るなり、前の事件で会った時のことを思い出したようだった。

「どうも。お久しぶりです。」ボクは軽く会釈する。

「こちら北星移動。現着です。」刑事が無線を飛ばす。「了解。」そして、こちらに向き直って話した。

「もう少しで、蔵前警部補が到着されるそうです。」

「そうですか。了解です。」蔵前警部補とはボクの親友の姉のことだ。ボクが事件にかかわったときは必ず臨場してくれる。「じゃあ、これだけ、渡しておきますね。」そういってボクは刑事に拳銃を差し出す。

「えっ!?」

「多分、今回の凶器です。」

「これは、どこに?」

「そこです。」ボクはさっき拳銃を拾った場所を指さしながら答えた。すると———

「やあ。」土手のほうから蔵前警部補が歩いてきた。「ほんとに君はよく事件に遭うね。」

「悪かったですね。綾さん。」

「いや。こちらとしては好都合だよ。下手に素人に発見されると大事な証拠が消えてしまうかもしれないからね。」

「そういや、今日は栗原さんたち、来ないんですね。」カナが尋ねる。栗原さんというのは、警視庁捜査一課の警部で、綾さん———蔵前警部補の上司だ。

「なんか、別の殺しが入ったみたいで、途中でそっち向かっちゃった。」

「綾さんは行かなくていいのか?」ボクが尋ねる。

「〝行かなくていい〟?!君がこの事件の第一発見者だっていうから、来ざるを得なくなったんだよ。一応、君の教育係ですから。」

「そしたら、残念だな。今回の事件、厄介だぞ。」

「えっ?」

「よく考えてみろよ。こんな河川敷に防犯カメラがあると思うか?」

「確かに・・・。」

「それに———」ボクは綾さんの耳元であることをつぶやいた。「えっ?本当なの?」

「嘘ついてどうする。」

「よし。そうとなれば、所轄に戻ってじっくり考えるとしましょう。真帆。叶汰ちゃんも。」












第1章 女子高生探偵 石綿 真帆

*1*

 ピピピッ ピピピッ ピピピッ

朝の6時にセットしたアラームが鳴りだす。

ボク———石綿 真帆は、布団の中から腕を突き出し、枕もとでもぞもぞと動かす。けれども、目的のアラームにはなかなか届かない。そうこうしているうちにアラーム音が消えた。あぁ、5分経ったのか・・・。ボクはそう思いながら、再び夢の世界へ———

「コラッ!!真帆!いい加減、起きなさい!」そんな声が聞こえたと思うと、急に体が寒さを感じた。多分、綾さんがボクの掛け布団をはいだのだろう。———綾さんとは、今、ボクが居候している家の主、蔵前 綾。警視庁捜査一課警部補。そして、ボクの親友の蔵前杏の姉だ。———しょうがない。起きるか・・・。

「ふぁぁぁぁ・・・。おはよう。綾さん・・・。」

「やっと起きた。もう、絶対昨日夜更かしたでしょ。」

「えへへ。ちょっと、読んでた小説が面白くて・・・。」

綾さんがボクのベッドの枕元にあるサイドテーブルの上の本を手に取った。

「へぇ~。〝女子高生探偵 嶋崎佑菜 ~運命の出会い~〟か・・・。ほんとに真帆はこのシリーズが好きだね。」

「別にいいじゃないか。ボクが何を読んでも。」

「いいけど。夜更かしは褒められないな~?」

「はい・・・。すみません・・・。」

「ていうか、自分が女子高生探偵なのに、女子高生探偵が主役の本を読んでるのはなんか違和感がある気がするんだけど・・・?」

「そうか?そのシリーズ、トリックが面白いんだよ。佑菜ちゃんの恋もいい感じだし。」

「そういうところは、普通の女子高生なんだよな・・・。」

「悪かったね。他の所は普通の女子高生じゃなくて。」

「はいはい。朝ご飯できてるから、さっさと着替えて降りてきなさい。」

「は~い。」

この時ボクはふと思った。お母さんともこんな会話をしていたと。

「あら、今日はスラックス?」食卓に着くと、食パンにかじりついていた綾さんがつぶやく。

「うん。」

「なんかあるの?」

「特に。気分。」

「そう。ほら、さっさと食べないと遅刻するよ。」

「いただきます。」

「今日は何時帰り?」

「部活やってからちょっと用事があるから、多分8時ぐらい。」

「じゃあ、悪いんだけど、今日の夕飯、自分で作ってくれる?」

「いいけど。なんかあるの?」

「会議と捜査。こないだあった強殺の捜査会議があるんだ。まだ、犯人捕まってないから、とうとう、ウチの班まで声が掛かっちゃった。」

「強殺ってこの間、西日野山王で、地元の地主が殺されて、5000万盗まれたってやつ?」

「そう。」

「ふぅ~ん。頑張ってください。蔵前警部補。」

「あれ?」

「なんだ?」

「いや。〝ボクも連れて行って!〟って言わないんだなって。」

「今日は、別件で依頼があるから。」

「また、例の組織?」

「いや。違う。とある人から依頼を受けたんだ。」

「そう。また、叶汰ちゃんと一緒に?」

「うん。なんだかんだ言ってついてくるって言って聞かなくてさ。まあ、今日は話を聞くだけだから、多分大丈夫だよ。そんなには遅くならない。」

「そう。気を付けてね。」

「ボクを誰だと思ってるんだ?大丈夫だよ。」

「はいはい。すみませんでしたね。」

「ごちそうさんでした。行ってきます!」

「あっ、ちょっと。忘れてる。」駆け出したボクを綾さんの声が引き留める。

「何?」リビングに戻ると、綾さんがボクにガラケーを差し出した。「あっ。ありがとう。」

「もう。ダメだよ。それ、遥香先輩の形見でしょ。」

「あぁ。じゃ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい!」バタン

 ボクと叶汰は少し複雑な人生を経験してきた。

叶汰は小さいころから、伝説の殺し屋の末裔として生きてきた。しかし、その家業を叶汰に継がせたくなかった叶汰の両親は、自分たちの代で殺し屋業から足を洗った。

しかし、3年前。些細なことから叶汰の両親は殺された。叶汰は両親の事件の真相を解き明かすために、殺し屋業を再開。裏の社会とつながりを持ち、事件に関する情報がないか、目を光らせている。けれども、殺すことができない叶汰はターゲットをうまく逃がし、依頼主にばれないように新しい生活をサポートしている。

3年前の事件では、刑事だったボクの父親と母親も命を奪われた。ボクは、探偵としてボクたちの両親の事件を追っている。

そして、ついに、叶汰の情報網にある情報が届いた。それは、ボクたちの両親の事件にある犯罪組織———通称・緋色の組織が関わっていたというものだった。緋色の組織は、全国に拠点を置き、殺人・強盗・爆破などなどたくさんの事件に関与している。しかし、いくら事件の犯人を逮捕しようとも、根本にある組織は一切見えてこないのだ。警察も組織の存在には気づいており、警視庁から組織に潜入している刑事が何人かいるそうだ。それでも、組織の尻尾を掴むことは出来ず、手を焼いている。

 両親を亡くしたボクは幼いころから仲の良かった蔵前杏の姉、綾の家に、叶汰は仕事柄、今も両親と住んでいた家にメイドさんと二人で住んでいる。

 家を出たボクを待ち受けていたのは、叶汰の笑顔だった。

「おはよう。真帆。」

「おはよう。さては朝から一仕事してきたな?」なぜ、こんなことをボクが言ったかというと、カナの家は、ボクが今居候している綾さんの家とはまず最寄り駅の路線が違うし、9駅も離れているからだ。

「うん。でも、ちょっと今回は難しかった。上手く依頼主の目を欺くのが。」

「そっか。うまく逃がせたの?」

「うん。今、優華ちゃんがいろいろしてくれてると思う。」

「優華ちゃんって、カナの家にいるメイドさんだよな?」

「そう!学校があるときは、手伝ってくれてるんだ。」

「へぇ~・・・。そのメイドさんも大変だな。」

「まあ、父さんたちが現役だったころからの付き合いだからね。」

「そうなんだ・・・。」

「ねぇ、そういえば、今日、化学の小テストだったよね。」

「えっ?違うだろ。今日は、数学の小テスト。化学は来週。」

「えっ!?そうだっけ?」

「そうだよ。」

「てことは、問題集ノート提出?」

「うん。まさか持ってきてないとかな———」ふと横を見ると、カナは突然立ち止まり、リックの中を確認していた。

「どう?あった?」

「う~んと・・・。」カナはまだリックに手を突っ込んでいる。そして、何かを見つけたようだ。顔がパッと明るくなる。カナは日常生活を送っている時は、手に取るように感情がわかる。

「あった!」ボクの顔の前にノートを掲げて見せる。

「良かったな。」

「ありがとう。」

「じゃ、早く行くぞ。電車に遅れちゃうよ。」ボクはカナを振り返ることもせずに駆け出す。

「あっ~!ちょっと待ってよ~!」カナの声が背中から聞こえてきた。

 あちこちから朝の挨拶が響く高校。その門をボクと叶汰はくぐった。下駄箱へ行き、上履きに履き替える。ボクと叶汰は自分たちのクラスのHR教室へと歩みを進める。ボクたちはこの高校の1年6組。3つある校舎のうちの一つの3階にある。

 二人が教室のドアを開けると、そこにはいつものクラスメートがいた。

「あっ。おはよう、カナ、ホームズ。」クラスメートの一人がボクたちに気づき、声をかけてくる。

「「おはよう。」」ボクたちは声をそろえて挨拶を返す。

「そういえば、こないだの強盗殺人、まだ、解決してないみたいだね。」隣の席の安東くんが、ボクに話しかけてきた。

「らしいな。」

「えっ?捜査協力はしないの?」

「今朝、綾さんにも聞かれたけど、ボクはそれ以外の事件でちょっと忙しいんだ。」

「へぇ・・・。なんか、ホームズのことだから事件には何でも首を突っ込むんだと思ってた。」

「失礼だな。」

「そうか?」

「ていうか、〝ホームズ〟ってあだ名、どうにかならないの?ボク、一応女なんですけど・・・。」

「えっ?いやなの?」杏が突然、話に飛び込んでくる。

「いっいや・・・。嫌って訳でもないけど、なんか、ボクとホームズは不釣り合いというか、ボクはまだそこまでの名探偵じゃない。」

「謙虚だねぇ~。」カナがはやし立てる。

「そうか?」

「うん。でも、私たちにとっちゃ、真帆は〝ホームズ〟なんだから、いいでしょ。それとも、〝ホーミィー〟がいい?」

「あぁ!確かに女っぽい。」杏が答える。それを聞いてボクは諦めた。

「うん。もう何でもいいです。君たちが好きなように呼んでくれたまえ。」

「そういうところが〝ホームズ〟って言われる所以だよ。」安東くんが言ってくる。

「えっ?どういうこと?」

「その男勝りなしゃべり方とか。」

「あぁ・・・。なるほどな・・・。」

 そして放課後。ボクとカナは連れ立って依頼主から指定された喫茶店に向かった。

「ねぇ。今日の依頼って何なの?」カナが尋ねてくる。

「ある事件の極秘調査。」

「依頼主は?」

「極秘。着いたらわかるよ。」

「その依頼、大丈夫なの?危なくないの?」カナが不安そうに尋ねる。

「危なかったら断ればいい。今日は、話を聞くだけだから。」

「そうなの・・・?」

「大丈夫!ボクがついてるから。」

「うん・・・。」

 やがて、ボクたちは指定された喫茶店に入った。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

「あの・・・、待ち合せんなんですが、桃原さんという方はいらっしゃいますか?」その名前を聞いて隣にいるカナがハッと息をのんだのが分かった。

「はい。お聞きしております。こちらにどうぞ。」喫茶店のウェイトレスさんがボクたちを店の奥のほうへ連れていく。

「お客様。待ち合わせのお客様でございます。」

「あぁ。ありがとう。久しぶりだね。石綿くん。」

そこにいたのは、ボクが探偵として活動することを許可してくれた警視庁捜査一課長・桃原良弘警視だった。ちなみに、ボクとカナが一番苦手とする相手だ。

「何か頼むかい?私がおごろう。」

「では、遠慮なく。」桃原警視自ら依頼してくる事件は、決まって面倒である。ここは、前払いの賃金だと思ってたくさんいただこう。そう考えた。

 「お待たせしました。ハンバーグ定食とナポリタン、サラダ、アイスコーヒーお二つに、ホットカフェラテですね。ごゆっくりどうぞ。」注文した料理をウェイトレスさんがテーブルに並べ、去っていく。そして、ボクたちのテーブルの間は静寂に包まれた。その緊張感に飲まれて、ボクもカナも料理に手を伸ばせなかった。

「まあ、食べながら話そうか。」そういうと桃原警視は、ホットカフェラテに手を伸ばした。それにつられて、ボクやカナも料理に手を伸ばす。この間、わずか1分に満たなかったのだろうが、ボクには何時間にも感じられた。

 そんな状態が5分ぐらい続いただろうか。ボクは我慢を抑えきれずに、桃原警視に尋ねた。

「ボクたちを呼び出して、一体何の用なんですか?」

「実は、ある事件の捜査を依頼したくてだな。」

「そんなのはわかっています。聞きたいのはなんの事件か、です。」

「とある高校に潜入調査に行ってほしいんだ。その高校には、あるうわさがあってな。それを調査してほしいんだ。」

「だから!もったいぶらずに話をしてください!」ボクが桃原警視を苦手とする訳は、このなんともつかめない調子にある。この人と話していると、いつも調子が狂う。

「まあまあ、ゆっくり。焦らずね。」

「わかりましたよ・・・。」

呆れて、ボクは目の前の料理を憤然と食べ進める。ボクの前のハンバーグ定食が半分ぐらいになったとき、桃原警視が口を割った。

「あるうわさってのは、学生が麻薬をやってるっていう話なんだ。」

「まっ麻薬!?」カナが素っ頓狂な声を上げる。

「制服も用意したし、転入の届けも、君たちの高校への連絡も済ませた。だから、明日から行ってくれないかな?」

「行ってくれないか?と言われても、桃原警視、それって断るすべがないですよね。」

「まあ、確かに、そうとも言えるな。」

ケロッと言いのける桃原警視にボクは嫌気がさし、返す言葉を見つけることができなかった。

 「ただいま~。って、もう寝て———」

「おかえりなさい。綾さん。」

部屋のドアからぬっと顔を出す。ボクの部屋は玄関から一番近い所にあるので、ちょうど綾さんが目の前に立っていた。

「うわっ!なんで起きてんのさ。もう12時近いじゃない。」

「明日から、桜台高校に潜入調査することになったから、その準備をしてたんだよ。」

「潜入調査?」

「桃原に頼まれたんだ。断るすべをなくされてね。」

「また、課長はそんなことを・・・。」

「というわけで、明日からしばらくここには帰ってこないから。」

「えっ!?」

「全寮制らしくてさ、そこに入らなきゃいけないんだ。」

「そう・・・。気を付けてね。なんかあったらすぐ電話するのよ。」

「わかってる。じゃ、おやすみ。」

「おやすみ、真帆。」

ボクは自室に戻り、目覚まし時計を明日の朝5時にセットし、部屋の電気を消した。そして眠りに落ちた。


*2*

ピピピッ ピピピッ ピピピッ

朝の5時にセットしたアラームが鳴りだす。

ボクは、布団の中から腕を突き出し、枕もとでもぞもぞと動かす。けれども、目的のアラームにはなかなか届かない。そうこうしているうちにアラーム音が消えた。あぁ、5分経ったのか・・・。ボクはそう思いながら、再び夢の世界へ———

「コラッ!!真帆!いい加減、起きなさい!」そんな声が聞こえたと思うと、急に体が寒さを感じた。大方、綾さんがボクの掛け布団をはいだのだろう。しょうがない。起きるか・・・。

「ふぁぁぁぁ・・・。おはよう。綾さん・・・。」

「やっと起きた。もう、今日から潜入調査だってのに、そんなんで大丈夫なの?」

「大丈夫。カナと同部屋らしいから。」

「あっそう。そういうことじゃない気もするけど・・・。いいから早く着替えなさい。朝ご飯できてるから。」

「ふぁぁぁい。」ボクはあくびをしながら答える。正直、今回の潜入調査には乗り気じゃない。第一、ボクは女子が苦手だ。苦手というかもはや嫌いだ。(仲のいい子は別だけど)なのに、潜入先は女子高ときている。たまったもんじゃない。それに制服はやけにお嬢様感が半端なくて、可愛すぎる。かわいいが苦手なボクにとっては拷問だ。おまけにスラックスはなしでスカート。これじゃ、いざ何かがあっても走れないではないか。そんなことをあれこれ思いながら、昨日、桃原警視の部下が届けてきた制服を着だす。胸には、〝阪本 智花〟と書かれた真新しいバッチがつけられていた。

今回の潜入調査では偽名を使う。ボクが阪本 智花で、カナが阪本 真。一応、双子の設定だ。設定上は、ボクとカナは事件で両親を亡くし、身寄りもなく、警察の世話になって、全寮制の高校に転学するということになっている。

 ボクは、自室を出て、荷物を持って食卓に向かう。

「かわいいじゃん。真帆。」食パンをかじっていた綾さんが茶化しに来る。

「あぁ!もう!うるさい!こういうのボクが一番苦手だって知っているでしょ。綾さん。」

「まあまあ、いいじゃないの。たまには普通の女子高生らしく過ごしても。」

「わかったよ・・・。はぁ・・・。行きたくない。」ボクはぶつぶつ言いながら食パンにかじりつく。

「そんな顔しないの。せっかく、遥香先輩に似てかわいいんだから。」

「はいはい。はぁ・・・。そういえば、もうすぐ命日だな。」

「今年は3回忌。」

「それじゃ、法事の準備、帰ってきたら始めなきゃだな。」

「そうね。お寺にも連絡しなくちゃ。」

「よし。とにかくこれ食って、捜査行ってくるわ。」

「頑張ってね。」

「綾さんも強殺、頑張れよ。」

「分かってるって。」

こんな日常の綾さんとの会話が聞けなくなると思うと、その時初めて寂しさを感じた。

そんなこんなで朝食を終える。そして、ボクと綾さんはそろって家を出た。

「このまま駅に向かえばいいんでしょ?」

「うん。駅でカナのウチの車が拾ってくれることになってる。」

「そう。じゃ、よろしく伝えてね?」

「分かってるって。」

ボクと綾さん家を出るのが同じ時間になるのはとても珍しい。大体綾さんのほうが先に出ることが多い。いつもは大体30分ぐらい出発に差が出る。今日は、ちょうどボクの約束の時間と綾さんの気分(といっても、本当に気分で決められるわけもなく、大体いつも周りの同僚が出勤してくるであろう時間を見計らって決める時間)が一致したのだった。普段、カナ以外の誰とも話さずに登校しているボクにとっては新鮮であった。

駅に着くとすでにカナの家の車は待っていた。ドアのところに一人、メイド服を着た人が立っていて、ボクに気が付くと歩み寄ってきた。カナのところのメイドさん、優華さんだ。

「智花お嬢様。お迎えに上がりました。」

「へ・・・?」

「本日からは阪本 智花様でございます。一応、わたくしがメイドとして学校までお送りすることとなりました。」

「はぁ・・・。」われながらひどく間抜けな返事だったように思った。現に、綾さんが 笑いを押し殺しているのが分かる。

「おはよう!お姉ちゃん。」カナが車から降りてきて、こう言い放った。

「へ・・・?」またもや、ひどく間抜けな返事をしてしまう。隣から押し殺せなくなった綾さんの笑い声が聞こえてくる。

「もう!今日から双子の姉妹なんだから。お姉ちゃんって呼んでも変じゃないでしょ?」

「やけに気合が入ってるな。カナ。」

「当然でしょ!女子高は女子全員の憧れの的だよ?!気合入るよ!」

「そういうものなの?ボクはもう、行きたくなさすぎて、気合なんざ入らないよ。」

「じゃあ、真帆。がんばって!カナちゃん、よろしくね?」

「はい。お任せください。真帆のことならなんでも知ってますから。」

「じゃあ、またなんかあれば連絡するんだよ。」

「分かってるよ。気を付けて行ってらっしゃい。」

「行ってきます。では、真帆をよろしくお願いします。」綾さんがカナのメイドさんに頭を下げる。

「はい。責任をもってお送りさせていただきます。では、智花お嬢様、真お嬢様。学校に向かいましょう。お車のほうにどうぞ。」

ボクとカナは、そのメイドさんにうながされるまま、車に乗り込む。

「ねぇ、カナ。」後部座席に落ち着いたボクは、声を潜めてカナに尋ねる。

「うん?」

「なんか申し訳ないな。殺し屋の仕事以外にもこんなことまでしてもらっちゃって。」

「いいの。優華ちゃんがやりたいって言っていたんだから。」

「そういうもんなのかな?」

「そういうものです。真帆さん。」

「うぇっ!?」いつの間にか、運転している優華さんがじっと前を向いたまましゃべりかけてきていた。しかも、本当の名前で呼ばれた。そのクールというか冷淡というべき口調にボクは驚きを隠せなかった。

「今回の事件捜査、不可解な点が多すぎます。ですから、長年仕えてきた叶汰お嬢様をそんな終わりの見えない危険そうな捜査のために手元から離すのは不安なんです。多分、真帆さんの教育係の彼女もそう思っているはずです。」

そのセリフからは口調とは裏腹なカナに対する母親目線の優しさを感じた。

「そうなんですかね・・・?」

「そうですよ。だから、電話してあげてくださいね。」

「はい。わかりました。」優華さんの口調で言われると、頷かざるを得ない雰囲気が半端ない。

「ふふふ。」突然、カナが笑い出す。「どうしたの?優華ちゃん?カッコ付けてるの?」

「なっなんのことですか?叶汰様。」

「だっていつもはもっと角の取れた甘い声でしゃべってるクセに。」

「えっ?!そうなの?この優華さんが?」

「なっ何を言っているのですか?お嬢様!わたくしはいつもこのように・・・。」

「カッコつけても無駄だよ。この子を誰だと思ってるの?優華ちゃん。天下の名探偵、泣く子も黙る女子高生探偵とはこのお方。女子高生探偵の石綿 真帆だよ?」

「えっ?そうなんですか?」

「えぇ。まあ。」ボクはカナと優華さんの勢いに飲まれそうになりながらもなんとか答える。

「なぜそうといってくれないんですか?叶汰お嬢様!!」

「だって、探偵だって言ったら優華ちゃん、絶対に避けるでしょ。真帆のこと。」

「それはもちろんでしょう。わたくしたちがやっているのは法に触れることなんですよ?そんなことがバレたら———」

「あっ。それなら大丈夫です。カナの両親が殺された事件では、ボクの両親も殺されていますので。事情は知っていますし、頼りにさせてもらってますから、警察に言う、なんてことは絶対にしません。カナはボクのかけがえのない親友だから一緒にいたいんです。それに、実際に殺してはないでしょ?それなら法では裁けませんよ。」

「はぁ・・・。」

「大丈夫。ホントに真帆は味方だから!」

「お嬢様がそうおっしゃるのなら。それでは———」すると突然、優華さんが車を路肩に止めた。そして運転席からボクたちの座っている後部座席にくるりと向き直った。

「叶汰お嬢様のこと、よろしくお願いします。真帆さん。」

「はい。お任せください!優華さん。」

「良かったです。お嬢様の親友がこんなにお優しい方で。」

そう言うと優華さんは再び車を発車させた。けれど、その時の優華さんの口調にボクは、違和感を覚えた。

 それから程なくして、ボクたちの乗る車は目的の私立桜台高校の前についた。

「な~んだ。お出迎えはなしなんだね。」門の所に誰もいないのを見たカナが不満そうに言う。

「真お嬢様。そんなことをおっしゃらないでください。無理を言って転入させてもらうんですからね。」

「またそのしゃべり方。何なの?」

「演技です。クールなメイドということにしておこうと思いまして。」

「あっそう。じゃ、いってきます。」そういうとカナはさっさと車を降りてしまう。

「あっちょっとカナ~!」慌てて追いかけようとしたボクは腕を優華さんに掴まれた。「えっ?」

「お嬢様のこと、くれぐれもよろしくお願いしますね。お嬢様、たまにお風呂で寝落ちされることがありますので、注意を払っていただけると助かります。あと、夜更かししてしまうこともありますから、しっかり叱ってください。それに勉強も言わないとしないですから。」

「はい。わかりました。」

「それと、今日からは叶汰お嬢様ではなく、真お嬢様ですからね。お気を付けください。」

「はい。すみません。気を付けます。では。」

そう言ってボクは車を降りた。

「優華ちゃんと何話してたの?」カナが尋ねてくる。

「カ・・・真のお世話を託されてた。」

「あっそう。ていうか、お世話されるのはお姉ちゃんのほうじゃない?」

「えっ?」

「だって、朝にすごく弱いじゃん。お姉ちゃん。」

「うッ・・・。」カナはたまにほんとに痛いところに突っ込んでくる。思わずボクは歩みを止めてしまった。

「どうしたの?お姉ちゃん。行くよ?」少し前にいるカナが振り向く。

「うっうん。ごめん。」

「事務室に行けばいいんだよね?」

「うん。そうだけど、こんな広い敷地の中で探すってのもキツイと思うんだけどな・・・。」

目の前には、私立桜台高校の広大な敷地が広がっていた。「確か、関東一の敷地面積を誇る女子高だったよね?」

「うん。まあ、そこら辺の誰かに尋ねれば、大丈夫だって。」

「でも、周りには全然人がいないけど?」

「確かに・・・。」それもそのはず。今は午前7時半過ぎ。寮から女学生が出てくるとは到底思えないのだった。

「仕方ない。そこの建物に誰かいることを祈ろう。」ボクは校門を入って右側にある建物を指さして言った。

「そうだね。」カナがうなずく。ボクたちはその建物に向かって歩き出した。

「すみませ~ん!どなたかいらっしゃいませんか~?!」ボクは目を付けた建物の入り口で大声を上げた。

「すみませ~ん!誰かいませんか?!」すると、カナに袖を引かれた。

「もういいんじゃない?多分、誰もいないよ。」

「そうだな。じゃあ、別の建物に行こうか。」

その時。ボクたちの間を風が吹き抜けていった。もちろん、ボクたちの間だけピンポイントでなんて都合のいいことはなく、ボクとカナは慌ててスカートを押さえる。すると———

ギギィィィ———

「えっ?何!?何の音?」カナが声を上げる。二人で振り返ると、さっきまで閉まっていたはずの建物のドアが開いていたのだ。

「今の風で開いたのか・・・。」

「入ってみる?」

「うん。入らない手はないだろ?」

「え~~~・・・。入るの?なんか怖いじゃん・・・。」

「じゃ、ここで待ってる?」

「それもいやだ。」

「じゃ、行くよ。真。」そう言ってボクはドアの開いた建物の中に入った。

その建物には机も椅子も何もなかった。ただ、がらんとした空間が広がっているだけだった。

「お姉ちゃん。何もないじゃん。戻ろうよ。」カナ———真がおどおどした声を上げる。

「そうだな・・・。うん?」その時ボクは、部屋の奥にドアがあるのに気が付いた。

「真。あそこにドアがある。行ってみないか?」

「え・・・。お化けとか出そうじゃん・・・・。」おかしい。その時ボクは違和感を覚えた。普段のカナならこんなことでは驚きもしない。普通にズカズカと入っていくだろう。しかし、その違和感の真相を確かめる時間はなかった。

「あなたたち!そこで、何してるの!」後ろのほうから声が聞こえてきた。

「ヒッ!」真が短い悲鳴を上げ、ボクに抱き着いてくる。

「とにかく出てきなさい!」その声の主はそう言い放った。ボクとカナはおとなしく建物から出て行った。

外で待ち受けていたのは教師風情の女性だった。

「あなたたち、普段から言っているでしょ?この建物に入っては———あなたたちは!今日転入してくるはずの阪本姉妹じゃない!迎えのものが来なかったの?」その女性は驚きを隠せないようだった。

「はい。来ませんでしたが・・・。」ボクが答える。

「ごめんなさいね。初日からこんなので。あっ、えっと私は村井 裕子。あなたたちの担任よ。担当は数学。よろしくね。」

「はっはい・・・。」真がおどおどしながら答える。

「で、ここに入っちゃいけない理由って何なんですか?」

「実は、この建物、もう10年近く使われていないから、いつ壊れてもおかしくないの。だから立ち入り禁止になっているの。」

「でも、そしたらおかしくないですか?何か規制線を張るわけでも張り紙をする訳でもないじゃないですか。誰でも入れますよ?」

「えっ?おかしいわね。ここにはカギがかけられてたはずなのに・・・。」ここで村井先生は時計を見た。「あっ、そろそろ行かないと朝礼が始まっちゃうわよ。」

「そういわれてもどこに行けばいいのやら、わからないんです。」

「あぁ・・・。そうだったわね。いいわ。私についてきて。」

そういうと村井先生はスタスタと歩いて行ってしまう。ボクと真は慌てて追いかける。しかし、村井先生がきょろきょろと周りを見渡しているのにボクは気づいていた        。

 ボクと真は、村井先生に連れられて1号館と呼ばれる校舎に案内された。そして、事務室に顔を出し、校長、副校長に挨拶を済ませた。一応、無理を言っているわけだから申し訳なくしている演技をしておいた。こういう、人をだます演技にかけてはカナ———真の右に出るものはいなく、横で見ているボクも騙されかけたほどだ。まあ、一応ボクも演劇部の一員だから、演技には自信はあったが・・・。

 その後、ボクと真は村井先生に連れられ、自分たちのHR教室に向かった。

「あなたたちが編入するのは1年C組。校舎は5号館1階ね。一番、寮からは遠いけど、頑張って。」

「はい。わかりました。」

 教室に入ったボクは少し吐き気を覚えた。なんせ、教室には女子。女子。女子!女子!しかいないのだ。しかも、あのボクが着るのに抵抗感を覚えていた可愛すぎる制服を着ている。そんな場にいて、女子恐怖症のボクが平気でいられるわけがない。

「はい!みんな。転入生を紹介します。」村井先生がクラスの生徒に声をかける。すると今までいろいろな方向を向いていた生徒たちが一斉にボクたちのほうを見る。ここで一層吐き気が増してしまった。

「はい。じゃあ、自己紹介して?」

「じゃあ、私から。初めまして。阪本 真です。ここにいるお姉ちゃんとは二卵性の双子です。好きな教科は数学と化学です。よろしくお願いします!」真がボクの異変に気付いたのか、先に自己紹介をしてくれる。その間に、ボクは幾分、落ち着きを取り戻していた。これまでにかかわった事件で遭遇した修羅場に比べたら平気だ、と思うことで多少、楽になった。

「初めまして。真の二卵性の双子の姉の阪本 智花です。一人称は〝ボク〟です。よろしくお願いします。」

「じゃあ、二人に何か質問がある人?」あまりにボクたちの自己紹介が短かったからなのか、村井先生が問いかける。

「はい!」一番前の列の右から2列目に座っていた少女が勢いよく手を挙げた。

「じゃあ、灰原さん。」その灰原と呼ばれた少女に対してボクはあまり吐き気を覚えなかった。なぜなら彼女は、言い方は悪いけれど、どちらかというとかわいいよりもカッコイイだったからだ。

「このクラスの委員長をやっている(はい)(はら) (もも)()です。二人は前、どこにいたんですか?」

「北星市のほうにいました。」ボクはそう答えた。

「あっ!そうなのか!実は、オレも昔、北星市に住んでたんだ!あっ・・・。すみません。つい、いつものクセで。女子なのにオレって変ですよね・・・。」

「そんなことないと思います。」ボクは思わず声を上げた。

「えっ?」

「ボクも、一人称は〝ボク〟ですけど、別に変だとも思いませんし、変と言われたこともありません。

それに、一人称なんて所詮、自分を指す表現。誰かほかの人を指す表現じゃありません。だから、ほかの人にとやかく言われる筋合いなんかありません。だから自分が〝ボク〟なり〝オレ〟なり、そう言いたいのなら、それでいいのだと、ボクは思います。そして、自分の言いたいように一人称を決めるのなら、それに自信をもって使えばいいと思います。」

「ありがとう。智花さん。」灰原さんが答える。「オレも、自信をもって使うことにするよ。」

「はい!じゃあ、そろそろ1時間目始まるから、これぐらいにしておきましょう。えっと、じゃあ、灰原さん。どこかの休み時間のタイミングで二人に学校を案内してあげて。」

「はい。わかりました。」

 その日は何事もなく進んでいった。桃原警視の話によると麻薬をやっている可能性があるのは夜。それまで、ボクと真は束の間の休息、という訳だ。そして、今は昼休み。と言っても、今日は午前で授業は終わり、すでに放課後である。ボクと真は灰原さんに学校内を案内してもらっていた。

「じゃ、行こっか。」灰原さんが声をかける。

「うん!よろしくね。桃夏ちゃん。」真と灰原さんは早速打ち解けたようだ。

「まずはこの校舎、5号館は一番新しい校舎。5年前に建てられたばっかり。トイレもきれいだし、教室の床もぼこぼこしてないから机が揺れてしまうとかもないの。」

「へぇ~・・・。」

「そうなの。で、この校舎には1年生5クラスの教室と新図書室、カフェテリアがあるの。」

「新図書室?」聞きなれない言葉に思わずボクは問い返してしまった。

「1号館にも図書室があって、今、ウチの学校には二つ、図書室があるの。で、コッチのほうが新しいからそう呼ばれてる。」

「へぇ~。そうなんだ。」

「うん。じゃ、次は4号館ね。」

こんな感じでボクたちは小1時間をかけて、5つの校舎、体育館、武道場を回った。さすがは関東一の敷地面積を誇る女子高とだけあって、事務室に荷物を取りに戻った時には、ボクと真はへばっていた。

「お疲れ様。これで全部案内できたな。」灰原さんが言った。

ボクたちは今、朝、荷物を預けた1号館の事務室にいて寮の鍵をもらうのを待っていた。

「はいはい。お待たせ~。」奥から事務職員のおばさんが出てくる。「これが鍵ね。二人分。」

「「ありがとうございます。」」ボクと真はその女性から鍵を受け取った。

「部屋は、201号室ね。灰原ちゃん。案内、よろしくね。」

「はい!分かりました。じゃ、行こっか?智花ちゃん、真ちゃん。」

ボクたち3人は連れ立って事務室を出た。

「悪いな。灰原さん。せっかくの午前授業だってのに。」

「いいんだ。オレには一緒に過ごしてくれる友達なんていないからな。」

「えっ・・・?」「桃夏ちゃん・・・?」

「あっ!ごめん。君たちに話すことじゃなかったよね。ごめん。忘れて?」

「じゃあ、なってやるよ。友達に。」その時の彼女の寂しげな横顔が、いつかのカナの横顔に見えて、ボクは思わずそう言い放っていた。

「へ?」灰原さんが素っ頓狂な声を上げる。

あぁ・・・あの時もこんな感じだったな———

 9年前。ボクとカナがまだ小学校2年生だった頃。ボクのいた学校にカナが転校してきた。当時のカナは今からは想像もできないほど、地味で内気で、教室ではいっつも本を読んでいた。いつしか、ボクのクラスメートは彼女を避けるようになり、やがていじめが始まった。ボクは直接、手を出さなかったが、止めることができなかった。いじめのターゲットがボクに移るんじゃないかと思って、怖くて声を上げられなかった。

 いじめが始まって2カ月がたったある日。その日は雨が降っていた。カナの持ってきていた傘が盗られた。クラスメートは昇降口で困り果てている彼女を見て、陰で笑っていた。けれども、ボクはとても笑う気になれなかった。結局、その日、彼女は先生に借りた小学2年生には大きすぎる傘をさしながら帰って行った。その日の夜。ボクは警視庁捜査一課警部だった母、遥香にいじめのことを打ち明けた。

「ボクはどうしたらいいの?」

ボクは母に尋ねた。しかし、返ってきたのは右頬の痛みだった。数秒遅れて叩かれたのだと分かった。ボクの目からは大粒の涙が溢れ出た。そして、ボクは自分の部屋に駆け戻った。なぜ、母に叩かれたのか、ボクには理解できなかった。その日は、自分のベッドで枕に顔をうずめて一晩中泣いた。

 翌朝。真っ赤に目を腫らしたボクを見て、父、颯太は驚きの表情を見せた。

「どうしたんだい?何かあったのかい?」

「お父さん・・・。ボク、ボク、ボクっ・・・あ、っ・・・、ぅあ・・・!うわぁぁ~ん!」そこまで言ってボクの目からは再び涙が溢れた。

「どうした?真帆。辛いことがあったのなら、お父さんに言ってごらん?とりあえず、今日は学校、お休みしよう。お父さんも今日は仕事が無いしな。一緒にのんびりしよう。」

今思えば、この時父は事のあらましを母から聞いていたのかもしれない。母は口下手な人だったから・・・。

「うっ・・・ん・・・。」

 朝ご飯を食べ終わると突然、父はボクが普段お出かけするときに使うお気に入りの帽子をかぶせてきた。

「へ?」

「少しは落ち着いたか?」

「・・・。」

「そうか。まあ、焦らなくていい。話せるようになったらでいいから。とにかく今は、ドライブにでも行かないか?」

「・・・?」

「少しは気が晴れるかもしれないだろ?太平洋を見に行こう。」

ボクはコクリと小さくうなずいた。

 ボクと父は、父の愛車で太平洋へ向かっていた。車中でボクはだいぶ落ち着きを取り戻していた。正確にいつ止まったかまでは分からなかったが、涙も止まっていた。走り始めて2時間。ボクと父は千葉県の太平洋沿岸に着いた。

「どうだ?真帆。きれいだろ?太平洋。」

「うん。」

「実はな、ここ、父さんが母さんに告白した場所でもあるんだ。」

「うん。」

「この海、見ていると、悩んでることがちっぽけに思えてこないか?」

「・・・。」

「なにがあったか、話してみてくれないか?話してくれなきゃ、お父さん、力になれないだろ?」

ボクは昨夜、母に話したいじめのこと、そして母に叩かれたこと、すべて話した。それを聞いた父は黙って海のほうを見た。

「母さんがお前を叩いた理由は分かるな・・・。」

そう父がつぶやいた気がした。

「真帆、いつも言ってるよな。〝困っている人のそばにいてあげなさい。〟って。どうして今回はそれができなかった?」

「・・・怖かった。それをしたら次はボクが狙われるんじゃないかって。」

「そうか・・・。そしたら、お前は一歩前に進んだんだな。」「えっ?」

「お前は今まで、怖がるということをしなかったろ?前の事件の時だって、一人で突っ走って危ない目にもあった。でも今回は怖がってその叶汰ちゃんを助けられなかった。確かに助けられなかったのはだめだ。彼女は今独りぼっちだ。誰か一人でも周りにいれば彼女は勇気づけられるはずだ。でもな、怖がって一歩踏み出せなかったことは恥ずかしいことじゃない。自分を守ることにつながるからな。人間、生きていなきゃなんの意味もない。」

「でも、叶汰ちゃんは・・・。」

「いじめの件は、お父さんが学校に相談しておこう。だからお前は、叶汰ちゃんとお友達になっておいで。そうすれば彼女も少しは明るくなるだろうから。」

「うん。分かった。」

「よし。そうと決まれば、帰るか。」

「えっ?もう?」

「いやぁ~。実は警部に呼ばれてな。午後から仕事に行かなきゃいけなくなったんだ。」

「警部ってお母さん?」

「うん。」

「そっか。じゃ、ボクは警視庁から一人で帰るよ。」

「えっ?でも危ないだろ?」

「大丈夫だよ!ボク帰れるもん!」

「そうか。じゃ、そうしようか。」

 その後、ボクは父と警視庁で別れた。その後、ボクは一目散にカナの家に向かった。当時はまだ連絡網が存在していたから住所は知っていた。それに当時からボクは記憶力に優れていたから一目見ただけで覚えてしまっていたのだった。警視庁から45分掛かってカナの家に辿り着いた。そして、カナの家のインターフォンを押した。

 ピンポーン

やがて奥から誰かの足音が聞こえてきた。そして、ドアが開かれた。そこにいたのはなんと狛江叶汰本人だったのだ。

「あっあの・・・。」

「いらっしゃい。石綿さんだったっけ?」

「うん。覚えててくれたんだ。」

「そりゃもちろん。」

「ごめんな。狛江さん。いじめられているのに助けてあげられなくて。」

「いいのよ。気にしないで?ね?」

「でっでも・・・。」

「私なら大丈夫だから。」

「でもさ、見ているだけの人が一番ひどいと思うんだ・・・。止めなきゃって思ってたんだけど、怖がって声を上げられなかった。本当にごめんなさい。」ボクは深々と頭を下げた。

「もう、良いって言ってるでしょ?大丈夫だから。」

「ありがとう・・・。」

「じゃあさ、代わりって言っちゃなんだけど、友達になってくれない?」

「へ?」突然のセリフにボクは思わず口をつぐんでしまった。

「だから、友達になろうよ。嫌?」

「うっううん、いいよ。なろう!友達。」

 こうしてボクとカナは出会い、今では親友に、そして探偵とその相棒になったのだった。

「だから、友達になろうよって言ってんの。」

「お姉ちゃん、言い方。」

「えっ?」

「きつい言い方になっているよ?」

「あっ・・・ごめん。」灰原さんはやはり突然のことに困惑しているようだった。それもそうだろう。出会ってまだ半日しかたってないのだから。けれど、彼女は次の瞬間、ボクたちを見つめて、こう言った。

「ありがとう!よろしくな!」

「うっうん。」慌ててボクが返事を返す。そっと横を見ると真が狐につままれたような顔をしていた。

「真?どうした?」

「いや、ううん。何でもない。ただちょっと昔のことを思い出してただけ。私が親友と出会った日のことを。」

「そうなんだ。」灰原さんが言った。

「うん。ごめんね。改めて、よろしくね。桃夏ちゃん。」

「うん。こちらこそ。」

「よろしくな!灰原さん。」

「うん。あのさ、下の名前で呼び合わない?」

「へ?」

「オレのことは桃夏って呼んで。オレは智花って呼ぶから。」

「分かった。いいよ。」

この時はまだ、彼女の存在があの事件に大きく関わってくるとは思ってもみなかった。

 その後。ボクと真は桃夏に案内されて寮の自分たちの部屋に向かった。

「ここが201号室ね。」そういうと桃夏はスカートのポケットから鍵を取り出した。それにはストラップが付いていた。

「今日はありがとな。桃夏。」

「いいんだよ。」

「じゃ、また明日。」真が言う。

「なに言ってんだ?真。」

「えっ?どうしたの?お姉ちゃん。」

「今、桃夏はボクたちがさっき事務室で用意された鍵ではないものを取り出してドアを開けたんだぞ。その証拠にストラップが付いている。つまりそれは桃夏自身の鍵だ。ということは、桃夏はボクたちと同じ201号室の住人さ。」

「さすがね。」桃夏がほとんど聞こえないような声でつぶやいた。

「えっ?」

「あっううん。なんでもない。でもすごいな。智花。」

「初歩的な推理と観察から導き出せる簡単な推理さ。別にすごいことでもない。」

「そんなことないよ。十分すごいさ。もっと誇ってもいいと思うよ?」

「ありがとな。」

「じゃあ、いい加減入ろうか。」

「うん。」

 寮の部屋は意外と落ち着いた作りで、入ってすぐの右側に冷蔵庫とキッチン。そして左側にはドアがあり、そこを開けると無駄に広い洗面所と浴室。キッチンの奥にはこじんまりとしたリビングがあった。その両側にはドアがあり、リビングに向かって左側のドアには〝灰原 桃夏〟とネームプレートがかけられていた。その反対側のドアにはボクと真の名前が書かれたプレートがかけられていた。

「案外広いんだな。寮っていうよりワンルームマンションだな。」それがボクがこの部屋に抱いた第一印象だった。

「だろ?」桃夏が答える。「今までここ、一人部屋だったから広すぎて寂しかったぐらい。」

「えっ?ずっと一人だったの?」真が声を上げる。

「うん。今年、いつもより入学者が2人少なかったから。でも、これからは寂しくないね。」

「騒がしいかもしれないけどね。」

「全然大丈夫だよ。じゃ、荷解きでもしておいで。今晩は下の食堂で歓迎会らしいから7時に下に降りてきて。」

「わかった。桃夏は何するの?」

「ちょっと出かけてくる。」

「あっそう。気を付けて。」

ガチャ

桃夏が部屋から出ていった。ボクは慌てて携帯を取り出す。そして、あるアプリを開いた。

「お姉ちゃん?何してるの?」

「さっき桃夏に発信機をつけたんだ。それのGPSが今どこにあるか見てるんだ。」

「そんなもの持ってたっけ?」

「いや、昨日警視に渡された。真がトイレに行っている間に。」

「で、お姉ちゃんは桃夏ちゃんが怪しいと思ってるわけ?」

「いいや。彼女は白だ。でも、違う何かが引っかかるんだ。麻薬よりももっと怪しい何かがありそうな気がする。」

しばらく、ボクと真は携帯の画面を見つめていた。そして5分ぐらいが経ったころだった。

「あの立ち入り禁止の建物に入って行った。」桃夏のGPSは朝、村井先生にボクたちが怒られたあの建物のところにあった。

「そういえば、なんで真、朝、あんな怖がってたんだ?いつもならあんなところすぐに入っていくだろうに。」

「実は、あの時、組織の気配を感じてたんだ。だから・・・。」

「つまり、この学校にはあの組織も関わってるってことか?」

「多分。そうだと思う。それに、あの桃夏ちゃん。どこかで会ったことが会ったような気がするんだ。」

「まあ、とにかく、まずは麻薬をどうにかしないと・・・。」

「そうだね・・・。」

「寮の中を少し歩いてみないか?」

「そうだね。そうしよう。何かしないことには何も始まらないもんね。」

「そう来なくっちゃ!」

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