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第三話 それは彼の誠実なる忠告



 アーサー殿下とのお茶会から数日後、殿下が騎士団の訓練場を見学することになった。


『普段通りの貴方が見たいので、どうか私のことはお構いなく』


 ……騎士として励む私を見たいという意向らしい。

 私は式典などでの王女殿下の近衛の任がある一方、平時は騎士団での部下の指導も任されている。

 私が所属する第一騎士団の団長も、アーサー殿下の来訪を喜んでいた。


「普段通りの私と言ってもな……」


 別にこれと言って、他の騎士たちと違うところはない。

 いつも通り、訓練用の騎士服に袖を通し、髪をひとつに束ねる。

 更衣室から表に出ると、周囲の騎士たちの視線が一気に集まってきた。


(気まずいな……)


 普段は気さくに話しかけてくれる同僚たちも、今日はなんだかよそよそしい。

 ふと視線を見学席に移すと、そこには既にアーサー殿下の姿があった。

 アーサー殿下は隣にいる団長から何か説明を受けていたようだったが、私に気付くと満面の笑みでこちらに手を振ってきた。


(あの方は……!)


 周りを一切気にせず、ただひたすらに私に笑顔を向けるアーサー殿下。

 更に周囲からの視線が突き刺さる中、アーサー殿下を無視するわけにもいかず一礼をする。


「あの噂本当だったのか……」

「やはりラインフィールズ嬢と結婚を……?」


 周囲からは私たちの様子を伺うかのような囁き声が聞こえる。

 それを耳にしながらも、私は隊長を務めている部隊の元へと足早に駆け寄った。


 実際に訓練が始まると、集中しているからか普段通りの訓練を行うことができた。

 基礎体力を維持するためのトレーニングに、二人向かい合っての実戦練習。

 部隊長として部下を指導する傍ら、自分の剣術も磨き上げる。


「よし、そこでやめ!」


 私の声を合図に、目の前で実践訓練をしていた隊員たちが手を止める。

 軽く息が上がっている隊員たちを見ながら、休憩を取るように指示を出した。

 私も額に滲む汗をぬぐいつつベンチで体を休めていると、私の目の前に人影が差した。


「お疲れ様です、ジュリエット」


 見上げると、アーサー殿下の姿。見学席から降りてきたらしい。

 慌てて立ち上がろうとしたところを制される。それどころか、隣にアーサー殿下が座ってきた。

 ……汗の匂いが伝わってしまいそうで、落ち着かない。


「上から見ていましたが、ジュリエットの剣術は素晴らしいですね!」

「恐れ入ります」


 今日も怒涛の勢いで私を褒める言葉が飛び出してきた。

 思わず身構えるが、そのあとに続く言葉は意外なものだった。


「よく見させてもらいましたが、ジュリエットの剣術は興味深い……やはり女性と男性とでは体の動かし方が違う。戦場と今回の訓練でしか貴方の剣捌きを見たことがないですが……それでも分かります。無駄な動きが何一つない。ここまでさぞ訓練を重ねられたのでしょう」


 アーサー殿下が次々に語る言葉には、私をよく見ていたことがはっきりと表れている。

 そして……武を誇りとする私を、肯定してくれている。


「特に相手の剣のいなし方が鮮やかだ。美しさすら感じます。……やはり関節の柔らかさが男性とは異なるからでしょうか。ジュリエットの型は通常のものから変えているように見えたのですが」

「お分かりになりますか!」


 思わず殿下の言葉に飛びついてしまう。

 そこに気づいてくださるとは!


「そうなんです! 実はラインフィールズ家で受け継がれてきた型を少々アレンジしておりまして、相手の間合いに入らずに相手の力を受け流すような動きを増やしております」

「なるほど、間合いの管理ですか」

「ええ! やはり純粋な力勝負では男性に勝てませんから、鍔迫り合いには持ち込みたくない。相手の攻撃を避けつつその隙に相手の急所を狙うように体を使って」


 ここまで話して。

 目の前のアーサー殿下がとても穏やかな顔つきで、喋る私を見守っていることに気付いた。


「――も、申し訳ございません!」


 やってしまった……!

 アーサー殿下が私の剣術の特徴に気づいてくれたことが嬉しくて、ついつい言葉数が多くなってしまった。

 高貴なるお方を相手に、自分のことをべらべらと……一介の貴族がやっていい行為ではない。

 しかも剣術の話を……淑女にはあるまじき行為だ。


「お許しくださいませ、アーサー殿下……!」

「そんな、謝らないでくださいジュリエット! 貴方の話が聞けることほど嬉しいことはないのですから」

「し、しかし……」


 頭を下げて謝罪をしていると、アーサー殿下の手が私の肩に触れる。

 殿下に促されおそるおそる顔をあげると、殿下は慈しむような瞳で私を見ていた。


「貴方の剣術は、貴方が磨き上げた至宝。誇るべきことです。……そうして自己を研鑽する貴方を、私は愛しているのですから。だからどうか……貴方のことをもっと、私に教えてください」


 その言葉に、胸が締め付けられるような感覚がした。

 殿下の言葉は温かく、まるで私を包み込むような優しさで溢れている。

 その大きな優しさを感じながらも、私の胸は高鳴って何かを訴えかけていた。


「……アーサー殿下は、お優しいのですね」


 胸の高鳴りを押さえつけるように、努めて落ち着いた声を出す。

 ――しかし。


「いいえ、ジュリエット。それは違います」


 殿下の声のトーンが、一段下がっている。

 先ほどまで朗らかだった表情は、一気に温度を失くした静かな表情に変わっている。


「……それは、どういう」

「私が本当に優しい人間ならば、あのような公衆の面前で貴方にプロポーズはしませんよ」


 殿下は私に釘を刺すように、淡々と告げる。


「あの場でプロポーズしたことで、貴方にとって断りにくい状況が生まれてしまっている。……本当に貴方を想うなら、貴方が不利になる状況は作るべきではないのです」


 ――たしかに、彼は王子で、私はただの侯爵令嬢だ。

 王家からの結婚の申し入れは、基本的に受け入れるべきものである。

 アーサー殿下は私を慮って、答えを考えることを許してくれているが。


「貴方と再会できた喜びに突き動かされた、という面も少なからずあったでしょう。しかし……あの時の私には、プロポーズが貴方を囲い込む手段となることも分かっていたんです。――分かっていて、止まろうとしなかった」

「それ、は」


 殿下の手はそっと、私の肩を流れ落ちる金髪をすくいあげてその先に口づける。

 ――まるで絵画のような姿。その相手が私だなんて、あまりにも現実味のない光景だ。


「我が愛しの流星の君。私は決して、優しいだけの人間ではありません――貴方の心を奪うためなら、多少狡猾な手も使います」


 その手から、金糸が滑り落ちていく。

 殿下の水色の双眸に、私が鮮やかに映っている。


「ジュリエット。もし貴方に迷う心があるなら――私を信用しきってはいけません」


 針のように私を刺す言葉たち。

 アーサー殿下の言うことは嘘ではないのだろう。

 彼はただ私に愛を注ぐだけではなく、相応の知略をもって私を囲い込むことを厭わない。

 しかし――それでも私には、彼が優しい人だと思えて仕方がなかった。


「それでも、私は――」


 私の声に、殿下はそっと耳を傾けてくれる。


「本心を話して、私に忠告してくださる殿下は――誠実で、お優しい方だと思います」


 殿下は不意を突かれたような表情を見せる。

 そうしてすぐ、口角をあげた。


「……貴方にそう思ってもらうことすら、計算のうちだとしたら?」

「攻め入る時に戦略を立てるのは当然です。それを卑怯だとは思いません」

「……貴方は本当に、眩しい人だ」


 殿下はそうして、その水色の瞳をゆっくりと細めた。


 アーサー殿下は、ここまで私に手の内を明かしてくれた。それだけ、私のことを求めてくれているということなのだろう。

 ……殿下の元へ嫁ぐことに、抵抗があるわけではない。

 貴族の娘としては願ってもないことだろう。戸惑いはあったが、我が家のためにも断るつもりはなかった。


 しかし――いずれ嫁ぐのだとしても。

 殿下が私の中に芯を見てくれたように――私も、殿下の中の芯を見たい。

 彼の中に確かな芯を見つけることが出来たなら、きっとこの先の未来を、共に戦い抜くことが出来ると思うのだ。


 *


 一方そのころ、王宮内のある一室にて。


「……本当なの? アーサー殿下が求婚をされたというのは」

「事実でございます。エリザベス王女殿下」


 王女殿下と呼ばれた姫君は、椅子に座りひじ掛けを強く握りしめている。

 強く握りしめているからか、手は小刻みに震えている。

 従者は顔をあげなくても、姫君がどんな表情をしているか分かってしまった。


「……相手があのジュリエットだというのは間違いなくて?」

「はい! ……先日の夜会の折、ラインフィールズ侯爵家ジュリエット様に結婚の申し入れをされていたとのこと……!」

「そう……そうなの……」


 姫君は深くため息をつく。

 従者を下がらせると、姫君は強く下唇を噛みしめた。

 口の中に血の味が滲む。


「……許せないわ」


 その可憐な容姿に似合わぬ、怒りに満ちた声。


「私を差し置いて……」


 その声を聞き届ける者は、いない。


「絶対に許さない」



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