17
時は宋。
清河県、西門邸の奥深く――
豪奢な寝台の上で、西門慶レイ(193cm)は珍しく静かに眠っていた。
昼は塩が売れ、
布が売れ、
茶が売れ、
書物が売れ、
関所が円滑になり、
役所が円滑になり、
人材が補充され、
敵対者が消え、
物流が整備され、
文化事業まで成功した一日であった。
完全なる勝利の日だった。
つまり――
夢を見る条件が整っていた。
⸻
夢の中である。
西門邸の中庭が広がっていた。
月が出ていた。
風が止まっていた。
鯉が動かない。
木が揺れない。
音がない。
完全な静止。
その中央に――
一人の男が立っていた。
衣は古く、
顔は青白く、
目は濁り、
足は地面につかず、
そして首には傷があった。
⸻
それは。
本来の西門家の跡取り。
つまり。
レイの兄の幽霊であった。
⸻
幽霊は静かに言った。
「弟よ……」
声は低かった。
静かだった。
怨念があった。
当然である。
なぜなら――
殺されているからである。
⸻
だが。
次の瞬間。
空気が変わった。
⸻
「何用なのだぁ!?」
巨大な声が響いた。
幽霊が止まる。
完全停止である。
⸻
レイが現れた。
夢の中でも193cmだった。
しかも寝巻のままだった。
そして――
一切の躊躇がなかった。
⸻
「何様のつもりなのだぁ!?」
歩く。
近づく。
さらに近づく。
幽霊が後退する。
だが。
夢なので逃げられない。
⸻
「金は一銭もやらんのだぁあああ!」
首を掴んだ。
ぎゅっ
幽霊である。
意味がないはずである。
だが。
締まった。
普通に締まった。
⸻
幽霊が驚いた。
「……え?」
レイがさらに締めた。
ぎゅうううう
⸻
「この疫病神がぁ!」
揺らす。
振る。
持ち上げる。
投げる。
幽霊である。
だが普通に投げられた。
⸻
「吾輩の夢に勝手に入るななのだぁ!」
蹴る。
どすっ
幽霊が転がる。
夢なのに転がる。
⸻
幽霊が言った。
「弟よ……私は……」
レイが遮る。
「知らんのだぁ!」
さらに蹴る。
ぼすっ
⸻
「跡取りとか言うつもりなのだぁ!?」
さらに蹴る。
がすっ
⸻
「財産とか言うつもりなのだぁ!?」
さらに蹴る。
どすっ
⸻
「供養しろとか言うつもりなのだぁ!?」
さらに蹴る。
ぼすっ
⸻
幽霊が言った。
「違う……」
レイが止まる。
三秒。
五秒。
十秒。
⸻
「……本当に?」
疑っていた。
非常に疑っていた。
⸻
幽霊が言った。
「私はただ……」
言いかけた瞬間。
再び締め上げられた。
⸻
「怪しいのだぁ!」
ぎゅうううう
⸻
「絶対怪しいのだぁ!」
さらに締める。
⸻
「遺産目当てなのだぁ!」
完全に決めつけていた。
⸻
幽霊が苦しそうに言った。
「夢だぞ」
レイが止まる。
三秒。
五秒。
十秒。
⸻
そして言った。
「夢でもやらんのだぁ!」
再び締めた。
⸻
幽霊は静かになった。
完全に静かになった。
夢の中なのに気絶した。
⸻
レイは腕を組んだ。
満足そうだった。
「うむ」
深く頷く。
⸻
「幽霊対策も完璧なのだぁ」
誰も頼んでいない対策だった。
⸻
そのとき。
遠くから声がした。
「弟よ……」
別の方向からだった。
レイが振り向く。
そこにも幽霊がいた。
もう一人いた。
同じ兄だった。
夢だから増える。
⸻
レイが言った。
「増えるななのだぁ!」
走った。
再び締めた。
⸻
「分裂するななのだぁ!」
投げた。
蹴った。
叩いた。
押した。
完全制圧だった。
⸻
やがて夢が揺れ始めた。
庭が薄くなる。
月が消える。
幽霊が消える。
風が戻る。
鯉が動く。
音が戻る。
⸻
レイは目を覚ました。
寝台の上だった。
夜だった。
静かだった。
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「……のだ?」
周囲を見る。
誰もいない。
幽霊もいない。
財産も減っていない。
帳簿も安全だった。
⸻
レイは深く頷いた。
満足そうだった。
そして言った。
「守ったのだぁ」
何を守ったのかは
誰も知らなかった。




