14
時は宋。
清河県の書肆には、朝から異様な列ができていた。
商人。
士子。
役人。
町人。
遊女。
僧。
果ては関所番まで並んでいる。
全員の目的はただ一つ。
新刊の購入
その書名は――
『西門大官人昇天艶遊記』
作者はもちろん
西門慶
……ではなく、
西門慶レイ(193cm)
本人である。
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書肆の主人が震えていた。
「売れる……」
弟子が言った。
「昨日入荷した分がもうないです」
帳場が言った。
「三版目です」
印刷係が言った。
「紙が足りません」
完全に異常事態だった。
⸻
その頃。
西門邸。
帳場の奥では――
地獄が展開されていた。
机。
紙。
筆。
墨。
そして。
従業員たちの目の下にクマがあった。
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「第二巻まだか」
番頭が言う。
書記が言う。
「第三巻もです」
写字係が言う。
「第四巻もあります」
印字係が言う。
「第五巻の下書きが届きました」
沈黙。
誰も動かない。
動けない。
なぜなら。
昨日まで第一巻を書いていたからである。
⸻
そのとき障子が開いた。
巨大な影が現れた。
西門慶レイであった。
満面の笑みである。
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「うむ!」
腕を組む。
満足そうだった。
「売れればなんでもいいのだぁ!」
全員が静止した。
完全停止だった。
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番頭が言った。
「旦那様」
レイが振り向く。
「のだ?」
「第二巻の構成ですが」
レイが言った。
「もう書いたのだぁ」
帳場係が震えた。
「三巻は」
「書いたのだぁ」
写字係が震えた。
「四巻は」
「昨日なのだぁ」
印字係が座り込んだ。
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レイは紙束を置いた。
どさっ
重かった。
物理的に重かった。
精神的にも重かった。
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「今回は」
胸を張る。
誇らしげだった。
「天女が十人増えるのだぁ」
帳場係が天井を見た。
写字係が壁を見た。
印字係が地面を見た。
誰も紙を見なかった。
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番頭が恐る恐る聞いた。
「……内容は」
レイが言った。
「吾輩の日常なのだぁ」
終了である。
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さらに続けた。
「天界でも商売が成功するのだぁ」
帳場係が筆を落とした。
写字係が息を止めた。
印字係が祈った。
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「天女たちは」
レイは誇らしげだった。
「全員吾輩の顧客になるのだぁ」
番頭が言った。
「……顧客」
レイが頷く。
「優良顧客なのだぁ」
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そのとき別の使用人が走ってきた。
「旦那様!」
レイが振り向く。
「のだ?」
「第一巻が完売しました」
沈黙。
三秒。
五秒。
そして――
跳ねた。
⸻
「のだぁあああああ!!」
廊下を走る。
庭を走る
帳場を走る
厨房を走る
完全に祝祭だった。
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「素晴らしいのだぁ!」
机を叩く。
帳簿が跳ねる。
紙が舞う。
写字係が倒れる。
印字係が座り込む。
番頭が頭を抱える。
⸻
レイは言った。
「第二巻を増刷なのだぁ!」
帳場係が言った。
「まだ完成してません」
レイが言った。
「完成させるのだぁ!」
正論だった。
恐ろしいことに。
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「第三巻もなのだぁ!」
写字係が言った。
「まだ読んでません」
レイが言った。
「読む必要ないのだぁ!」
最低である。
⸻
「第四巻もなのだぁ!」
印字係が言った。
「紙がありません」
レイが言った。
「買うのだぁ!」
番頭が言った。
「もう買ってます」
完全に先回りされていた。
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そのとき書肆の主人が到着した。
汗だくである。
「大官人!」
レイが振り向く。
「のだ?」
「追加五百冊お願いします!」
沈黙。
そして。
レイが笑った。
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「千冊なのだぁ」
書肆の主人が膝をついた。
「ありがとうございます!」
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レイは満足した。
腕を組む。
深く頷く。
そして言った。
「文化事業なのだぁ」
番頭が頷く。
写字係が頷く。
印字係が頷く。
書肆の主人が頷く。
誰も信じていなかった。
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その夜。
従業員たちは灯の下で写していた。
さらさら
さらさら
さらさら
筆が止まらない。
目は赤い。
肩は重い。
腰は痛い。
だが止まれない。
⸻
障子が開いた。
レイが顔を出した。
にこにこしていた。
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「さぁ!」
両手を叩く。
「やれぇ!」
全員が筆を動かした。
理由は簡単だった。
給料がいい。
飯がうまい。
布が暖かい。
そして――
第二十巻の原稿が
すでに届いていたからである。




