9.アレクが疫病神なんだ!
「アレクの奴がいなくなってから何もかもおかしくなった。
全部アレクのせいだ。
アレクが疫病神なんだ!」
エルベが、仲間を睨みながら怒鳴る。
酒に酔っている。
イヨ以外の仲間と自棄酒を飲んでいたのだ。
「うん、あいつが悪い」
「エルベの言うとおりだわ」
キューボックとカーラが、エルベに同意する。
ヌールは、いつものように、ヘラヘラと笑っているだけだ。
イヨは、答えることができない。
パーティーからいなくなった人が、なぜ疫病神なのか。
近くにいると害になるのが疫病神のはず。
エルベの言葉は、道理に合わない。
キューボックとカーラも同じ考えなのが不思議でならない。
酒のせいで論理的な思考もできなくなったのだろうか。
あるいは、ただのアホなのか。
「でも、アレクは、もういないのですから……」
イヨが、間違いを正そうとする。
「はあ? 口答えすんのか」
エルベが、イヨを脅しつける。
イヨは、縮み上がってしまう。
「まったく、可愛くない子ねえ。
仲間ならリーダーの意図をくみなさいよ」
イヨに軽蔑の眼差しを向けるカーラ。
自分が全てにおいてイヨより優れた女だと思っている。
何かにつけて、イヨを見下そうとする。
「はい……」
イヨは、こくりと頷く。
逆らうことができない自分を情けなく思う。
「で、どうすんのよ、これから?」
カーラが、今後のことをエルベに問う。
「金だってもうほとんどないんだぞ」
キューボックは、所持金の心配をしている。
特級冒険者パーティーなので、これまでは稼ぎが多かった。
だが、今は収入がない。
かつての儲けは、後先を考えずに浪費してしまった。
残りわずかだ。
なお、アレクとイヨは、あまり多くのお金をもらっていない。
メンバー内の序列で分け前の格差が大きいのだ。
「お前らも知ってるだろ?
ちょうどこの町にあの男が来てるんだ」
エルベは、悪そうな笑みを浮かべて答える。
「まさか、あの闇魔導師のことじゃないでしょうね?
あいつに頼るっていうの?」
カーラの顔が青ざめる。
「そのまさかだよ」
「へへっ、面白そうじゃねえか」
キューボックは、カーラとは対照的に、顔を紅潮させる。
興奮気味に話し続ける。
「俺も思ってたんだよ。
俺たちは、今まで真面目すぎた。
闇の力もあっていいんじゃないかってな」
「そう思うだろ?
俺たち憤怒の掌は、闇の力で最強の上の最強を目指すんだ」
エルベは、高らかに宣言する。
酒による高揚感がそう言わせるのか。
闇への憧れを元々持っていたからなのか。
「確かに闇の力は恐いけど、闇魔法は魅力的だわ」
青ざめていたカーラの顔に血の気が戻る。
魔導師であるカーラには、闇魔法に関する知識はある。
心の中で恐怖と魅力が拮抗していたが、魅力が勝ってしまった。
ヌールは、エルベたちの様子を、ただヘラヘラしながら眺めている。
思考の読めない男だ。
イヨは、部屋の隅で怯えている。
憤怒の掌の行く手に立ちこめる暗雲が目に見えるようだ。
なのに、自分には何もできないのがもどかしい。
それにしても、エルベたちを夢中にさせる闇魔導師とは一体何者?
ᓚᘏᗢ
「じゃあ早速交渉だ」
エルベは、闇魔導師に会うためにギルドの部屋を出る。
他のパーティーメンバーもエルベに従う。
建物の外へ出るためにギルドのラウンジを通る。
そのラウンジに目的の人物はいた。
黒いドレスを着た十歳程度の少女だ。
紫色の頭髪の間から山羊のような角が生えている。
その角は、体の一部なのか単なるアクセサリーなのか判別できない。
ラウンジのソファでくつろいでいる。
「もしかして、おぬしたち、儂にご用かの?」
憤怒の掌の存在に気づくと、自分から話しかけてきた。
自分を探す人の気を感じ取ったのだろうか。
エルベは、一瞬驚く。
すぐに、名高い闇魔導師が自分を知っていたと思い、気を良くする。
「そうなんですよ、闍羅さん。
あなたの力を俺たちに与えて欲しいんです」
いつもは尊大なエルベが、自身ができる最も丁寧な頼み方をする。
「ほお、力をじゃと?」
闍羅と呼ばれた少女の話し方は、まるで老人のようだ。
そもそも、外見は少女だが、実際の年齢はわからない。
この世界には、そんな奇妙な人間がまれにいるのだ。
「ここで話すも何じゃな。
人の少ないところへ行こうか」
憤怒の掌の全員と闍羅は、モローニョを囲む城壁の外に出た。
すでに夕方だ。
城壁のすぐそばに人気のない小さな林がある。
ここなら会話を他人に聞かれることはない。
「俺たちは、もっと強くなる必要があるんだ。
世界一の冒険者パーティーにな」
エルベが、鼻息を荒くして語る。
もう敬語ではなくなっている。
「ほお、何故世界一になる必要があるのじゃ?」
闍羅は、相手の反応を窺うように質問する。
「そんなの決まってるだろ。
世界一になれる実力があるんだから世界一になるんだよ」
「ま、儂としては、対価さえ得られればよい。
そして、おぬしたちなら対価を払えそうじゃ」
「対価って、当然お金じゃないんでしょ?」
問いかけるカーラの顔には、小娘のくせにという感情が浮かんでいる。
「当然じゃ」
「だったら何を払えばいいんだ?
まさか、命とか言うんじゃないだろうな」
キューボックの声は、少し震えている。
ここへ来て恐ろしくなってきたらしい。
「おぬしたちは、儂が求めておるものを知らぬのか。
まだ誰も話しておらぬようじゃから仕方がないか」
その時、急にその場の様子が変わった。
林だった場所が、暗く何もない空間になったのだ。
暗いが、全員の姿ははっきりとわかる。
まるで夜空に浮いているような感覚だ。
憤怒の掌の五人は、狼狽して周囲をきょろきょろと見回す。
どこにも出口らしきものは見えない。
瞬間移動ができるヌールにも脱出は不可能のようだ。
「儂がおぬしたちに求めるのは、運命じゃよ」
闍羅は、悪戯っぽく笑う。
「運命?」
エルベ、カーラ、キューボックが、声をそろえて聞き返す。
「さて、もう商談は成立じゃ。
運命をいただくぞ」
「おい、ちょっと待て」
「運命って何よ」
闍羅は、エルベたちの声には耳を貸さない。
頭から生える二本の角の先端が赤く光る。
「何勝手に話を進めて……」
キューボックが、闍羅につかみかかろうとする。
だが、磁石が反発するように弾き飛ばされてしまった。
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闍羅の角から発せられた赤い光は、五つの火の玉になった。
暗い空間をゆらゆらと漂っている。
不気味だが、人を魅了するような美しさがある。
「この陰火を自分の体に入れるのじゃ」
火の玉は、ゆっくりとエルベたちに近づいてゆく。
エルベも、ふらふらと火の玉に引き寄せられる。
カーラとキューボックも同じような状態だ。
理性を失っている。
ヌールは、いつものように、へらへら笑っている。
だが、少しずつその笑いが消えつつある。
理性を失うのも時間の問題だろう。
イヨは、火の玉に飲みこまれそうな恐怖と戦っている。
火の玉を受け入れたら破滅だと心が告げている。
しかし、逃げ場のない状況だ。
どうすればよいのか悩む。
「さあ、どうした。
恐れずに、その火をつかむのじゃ」
闍羅が、イヨを急き立てる。
火の玉は、ゆっくりとイヨに近づく。
後ずさろうとするが、恐怖のせいか足が思うように動かない。
やがて、手を伸ばせば届くほどにまで火の玉が接近。
悩む余裕すら、もはやない。
イヨのできる唯一の技を最大出力で発動する。
以前、闇属性の魔物を怯ませた聖属性のヒールだ。
「ヒール!」
手の先から強い光が放たれる。
だが、今度の相手は、単なる魔物ではない。
名高い闇魔導師だ。
虚仮威し程度の技が通じるのだろうか。
イヨ自身も全く自信はない。
ビシッ!
イヨの体に激しい電撃のような衝撃が走る。
何が起きたのか、イヨにはわからなかった。
竜巻の中にいるかのように体がぐるぐると回る。
イヨは、意識を失った。
イヨが意識を取り戻した時、すでに夜は更けていた。
星空の下、麦畑の中に倒れている。
立ち上がると、遠くに月明かりに照らされた城壁が見えた。
形からして、モローニョを囲む城壁だ。
つまり、数百メートルも飛ばされたのだ。
イヨは、憤怒の掌の仲間を探して歩き始める。
しかし、周りに自分以外に誰かがいる気配はない。
しばらく近辺を歩き回る。
結局、朝になっても、仲間は誰一人見つからなかった。
闍羅もだ。
町の正門が朝の開門時間になったのでギルドへ戻る。
ギルドにもエルベたちの姿はなかった。
憤怒の掌は、イヨ一人になってしまったらしい。
イヨは、もうエルベたちが帰ってこない気がしていた。
帰ってきたとしても、全く違った姿になっているだろう。
憤怒の掌の専用室を独占しながら、イヨは迷う。
これから私一人でどうすればいいのかしら。
私は戦闘支援型治癒魔法師。
冒険者パーティーぐらいしか仕事の場がない。
別のパーティーに入らなければならない。
都合よく私を仲間に入れてくれるパーティーがあるのか心配だわ。
人見知りの激しい私なんかを。
イヨは、丸一日、考えたり眠ったりした。
とにかくギルドの職員と頑張って話してみよう。
「今のところ、治癒師の募集はありませんねえ。
あなたほどの実力と実績があれば、臨時の募集があるかも。
しばらくここで待っていればいいと思いますよ」
ギルドの女性職員が答える。
イヨとは顔なじみで、最も質問しやすい職員だ。
ちょうど窓口にいたので、話しかけることができた。
他の職員が相手だと、会話するのも一苦労なのだ。
「そうですか」
項垂れるイヨ。
「ところで、憤怒の掌はどうなっちゃったの?
あ、別に答えたくなければ答えなくてもいいのよ」
職員は、イヨを気遣いながら尋ねる。
「あの、それが、その……」
ただでさえ説明しづらい出来事だ。
それでも、イヨは、頑張って事情を話すのだった。




