10.ゾナって名前はどう?
「うーん、なるほどね」
女性職員は、イヨの話を概ね理解した。
「闍羅の噂はこっちにも届いていたけど、堂々とギルドのラウンジに入りこんでいたなんて。
誰でも入れる場所だから、警戒が行き届かなかったのも仕方ないけど」
「どんな人なんです?」
イヨは、闍羅について尋ねる。
「知っての通り、闇魔導師なんだけど、普通じゃないのよ。
力のある冒険者の心を変えてしまうの。
何の目的でそんなことをしているのかは知らないけどね。
闍羅に心を変えられてしまうことを、人は『闇落ち』と呼ぶわ」
「闇落ち……」
イヨの顔が青ざめる。
闇落ちの実態は知らないが、その恐ろしさは想像がつく。
地獄に落ちるのと同じと言っても過言ではない。
「それにしても、イヨさんは立派だわ」
「え?」
「だって、闍羅に魅入られたのに闇落ちしなかったんだから。
闍羅の魅了を跳ね返した人の話なんて聞いたことがないわ」
「そう……」
イヨは、小さく照れ笑いをする。
「あなたは、心の強い人だわ。
自分が思っている以上にね」
職員は、イヨを励ます。
イヨは、ぽかんとした表情。
思いもしなかったことを言われ、驚いているのだ。
「あなたの仲間や闍羅のことは、情報が入ったら伝えるわ」
「はい」
「それより、今後のことなんだけど、この町を出るのはどうかしら?」
「この町を?」
「あなたには、もっと広い見聞が必要だと私は思うの。
広い世界を知れば、治癒魔法師としてのレベルも上がるはず。
よければ、あなたの実力を保証する証明書を書くけど、どう?」
「いいんですか?」
イヨは、旅支度を調え、再びギルドの窓口へ。
いろいろなものを詰めた重そうなリュックサックを背負っている。
無駄遣いせずに貯めた所持金があるので、金銭には余裕がある。
不安なのは、一人旅の経験がないことだ。
「はい、これが有能冒険者証明書。
他の都市のギルドでも有効で、優先的に仕事を紹介してもらえたり、いろいろ役に立つわ」
職員は、証明書を封筒に入れてイヨに渡す。
「ありがとうございます」
「ついでなので、試作品の試供品だけど、役に立つものを差し上げるわ。
本当は審査が必要なんだけど、後でギルド長に話しておくわ。
あなたのような人にこそ、これがふさわしいはずなのでね」
職員は、あんパンぐらいの大きさの物体を差し出す。
灰色の潰れた球体で、石とも金属ともつかない材質。
表面には、うっすらと古代の土器のような模様がある。
「とあるダンジョンで発見された古代の機械を模して作られたの」
職員は、模様の中にある二つの丸い部分をイヨに向ける。
丸い部分が開き、二つのレンズが現れた。
ちょうど目のようだ。
さらに猫の耳のようなものが目の上に飛び出す。
「これであなたをマスターと認識したわ」
猫顔の丸い物体は、職員の手を離れて宙に浮く。
イヨの顔の前へと飛ぶ。
「お前がイヨか。
よろしく頼むぞな」
物体が突然しゃべった。
びっくりしたイヨがのけぞる。
「戦闘が苦手なあなたの助けになるはずよ。
それと、他にも役に立つことがあるの。
そのリュックサックを下ろしてみて」
イヨは、言われたとおりに床にリュックを下ろす。
これから何が始まるのだろうか。
ᓚᘏᗢ
小さな猫顔の飛行物体は、大きなリュックの上から光を放つ。
すると、リュックが飛行物体の中へ吸い込まれてしまった。
「この中は、見た目より広い空間になっているの。
アイテムボックスとして重宝するわよ。
出して欲しい場合は、この子に頼めばいいの」
職員が説明する。
「あっ、この子には、特に名前はないの。
名前がないと不便なら、あなたが好きな名前をつけてあげてね」
それから、さらに細かい説明をいくつか加える。
全てを聞き終えたイヨは、深々と頭を下げる。
「こんなにまでしていただいて……」
「あなたに期待しているからよ」
イヨは、また何度もお辞儀をしてからギルドを後にした。
町をでたイヨは、郊外の道を歩いている。
目的地は、特にない。
風の向くまま気の向くままに進んでみようと思っている。
「あなたの名前は、なにがいいかしら?」
頭上の飛行物体に話しかける。
「お前の好きな名前をつけてくれればいいぞな」
しばらく考えるイヨ。
「ゾナって名前はどう?」
飛行物体の語尾を名前にしたのだ。
「ちょっと変な気もするけど、それでいいぞな」
「じゃあ、ゾナ、改めてよろしくね」
イヨは、にっこりと微笑む。
「こちらこそぞな」
ゾナには、顔に相当する部分はあるが表情はない。
それでも、結構可愛いとイヨは思った。
さらにしばらく進む。
前方の道端に柄の悪そうな男たちがたむろしているのが目に入る。
引き返すべきか。
いや、引き返せば、かえって男たちを刺戟しかねない。
何でもないような顔をして通り過ぎよう。
イヨは、男たちに目を合わせずに歩く。
「あれ? 俺たちに気づかないのかな」
男たちが、下卑た笑い声を上げる。
イヨは、無視を続ける。
ゾナは、高度を上げ、地上十メートルほどの上空を飛ぶ。
マスターに危害を加えそうな存在からあえて距離を取ったのだ。
「ねえ、お嬢ちゃん、女の一人旅とは危ないねえ」
男の一人が、イヨに近づき声をかける。
イヨは、無言で小さく頷く。
早足で男から逃れようとする。
だが、男はしつこい。
嫌らしい目つきで、にやにや笑いながらついてくる。
さらに他の男も加わる。
ついには、男たち全員に取り囲まれて歩く形になってしまった。
「あの、急ぎますので」
蚊の鳴くような声のイヨ。
結構な美少女だが、男たちに絡まれる経験をしたことがない。
憤怒の掌にいた頃は、女扱いされていなかった。
仲間内の女王の座を守りたいカーラがいたからだ。
「いいじゃねえかよ、ちょっとぐれえ」
「一人じゃ淋しいよな」
男たちの中の数人が、イヨの体に触れながら口説いてくる。
イヨは、男たちを振りほどいて逃げる。
だが、逃げられない。
すぐに周りを男たちに包囲され、身動きが取れなくなる。
一応、護身用の小刀を携帯しているが、もう抜くこともできない。
そもそも、イヨが小刀を振るったところで勝てる相手ではない。
「や、やめて……ください」
目に涙を浮かべ、必死に声を出す。
しかし、男たちの行動を変えることはできない。
乙女のピンチだ。
こんな時、ゾナは、何をしてくれるのだろうか。
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男たちが強引に押すので、イヨのいる場所が道から外れてゆく。
次第に逃げ場のない茂みの陰に追い詰められる。
イヨのお下げ髪を引っ張る奴までいる。
抵抗できない。
その時だった。
「いっ」
「うっ」
突然、男たちが、痛そうな声を出す。
「ぎゃー、何だこりゃ」
「あちっ」
光の矢のような短い光線が、男たちに降り注ぐ。
ゾナが、上空から発射しているのだ。
ぷしゅっ。
ぷしゅっ。
光線が当たったところから煙が出る。
男たちの体は、太い針で刺されたように痛む。
もだえ苦しむ男たち。
這々《ほうほう》の体でどこかへ逃走する者も。
イヨには光線が当たっていない。
ゾナが、攻撃対象をしっかり認識しているのだ。
無我夢中で逃げるイヨ。
かなりの時間、全速力で走った。
体力の弱いイヨが、今まで最も体力を使った経験となった。
誰も追ってくる気配はない。
立ち止まったイヨは、木に寄りかかって呼吸を整える。
「はあ、はあ、はあ……」
声が出せるようになるまで結構な時間がかかった。
「さっきのは?」
イヨは、ゾナに尋ねる。
「レーザー光線という古代の武器ぞな。
おいらのは小型で、しかも威力をかなり落として使ったぞな。
だから、あいつらは、死んではいないぞな」
「古代の武器……。
発掘された古代の技術が秘密裏に研究されているとは聞いていたわ。
そんなすごいものを私のために」
「お前は、体験モニターみたいなものぞな」
「モニター?」
「使い心地を試してもらうってことぞな」
「使い心地……。
使っているという気はしないけど、とにかく助けてくれてありがとう」
その後の道中は、大した事件はなかった。
スライムの群れが現れたことがあったが、ゾナが簡単に全滅させた。
スライムの急所であるコアをレーザーで的確に射貫いたのだ。
熟練した弓使いでないと難しい芸当だ。
またしても感心させられるイヨ。
頼もしい相棒とともに気ままな旅を続けるのであった。
さて、アレクとルナの話に戻ろう。
二人は、ようやくフェンスター市に到着。
長旅だったが、その間に男女の関係は進展することはなかった。
二人とも、そっち方面には疎い。
あくまでも二人だけの冒険者パーティーのままだった。
ちなみに、この世界では、冒険者を名告るのだけなら誰にでもできる。
冒険者パーティーを結成するのは自由だ。
これを一般パーティーとか野良パーティーと呼ぶ。
その上に、国や冒険者ギルドに認められた認定パーティーがある。
一般パーティーには、活動に制限がある。
認定パーティーだと、クエストの優先権などの様々な特権がある。
パーティー名を名告れるのは、特に有能なパーティーだけなのが慣例だ。
アレクがいたのは、特級冒険者パーティー「憤怒の掌」。
本来は優秀だったことがわかるだろう。
今のアレクとルナの二人組は、名もなき一般パーティーだ。
これから実績を積み信用を勝ち取らなければならない。
そのためには、ただ野山で魔物狩りをしているだけでは駄目だ。
まずこの町の冒険者ギルドに行く必要がある。
「やっぱり個人冒険者じゃ限界があるわよね、アレク。
一人じゃなかなか信用されないし、魔物の集団は恐ろしいし」
ルナは、冒険者ギルドの門前でギルドの建物を見上げる。
クリガのギルドよりも大きい。
よい仕事も多そうだ。
ルナは、アレクの手を引いてギルドに入る。
どんな仕事が待っていることやら。




